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小説第三十五作目『雲隠れ』

         
【雲隠れ】とは月などが雲に隠れる事。
又は、人が行方をくらます事、急に姿を隠す事を意味している。
西国城から城主、殺生丸の姿が消えた。
避暑の為に訪れた山の別荘から戻るなり忽然と行方をくらましたのである。
元々、放浪癖のある御仁である。
先頃、帰還されるまで二百年も人界をほっつき歩いておられた。
そうした前歴が有るせいか家臣達も当初は二・三日もすれば戻ってこられるだろうと高を括っていた。
だが、今日でもう二週間もお戻りになっていない。
妖力甚大な御方故、拉致されるなどと云う事は、到底、考えられないのだが、流石にザワザワと騒ぎ出す者が出てきた。
何しろ失踪の理由がサッパリ判らないのである。
中でも放浪時代からのお側付きの邪見が一番煩い。
いつもならば何処へでも御供させられる筈なのに今回に限って主に置き去りにされたのである。
そして、りん、大好きな殺生丸が城に居ないので日に日に元気を無くしている。
その余りの意気消沈ぶりを心配した相模が養母の“狗姫の御方”に使いを出した程である。
天空の城に使いを出して三日後、御母堂様が直々に西国城に御出ましになられた。
いつものように大勢の女官連中を引き連れ天女の如く上空から舞い降りてこられた。
勿論、筆頭女房の松尾がお側に控えている。
相模が、早速、王母に挨拶をしようと出迎えた。


「御方様、ようこそお越し下さいました」


「挨拶は良い。相模、そなたからの書状によると、殺生丸が、行方をくらましたそうだな」


「はい、もう、かれこれ二週間になろうかと」


「フム・・・して、その理由が皆目、見当もつかぬとな」


「はい、お供の邪見殿を始めとして、側仕えの木賊殿、藍生殿、守役の尾洲様、万丈様、皆様方にお訊ねしたので御座いますが、どなたも判らぬと申されまして・・・」


「りんは、どうしておる?」


「りん様は、殺生丸様が、失踪されて以来、すっかり元気を無くされて部屋に閉じ籠もっておられます。今では、お庭にさえ出ようとされません」


「あい判った。ともかく、りんの様子を見舞おう。相模、案内してくれ」


「はい、先導、失礼致しま。」


広大な西国城、その豪壮華麗な偉容を誇る巨城の懐深くに奥御殿は位置している。
殺生丸が張り巡らせた最高強度の結界に護られ、ごく少数の許された者以外、立ち入る事を許されない男子禁制の場所である。
贅を尽くした建築様式の奥御殿は殺生丸が西国に帰還した際に、りんの為に改築させ、最近になって漸く完成したばかりであった。
真新しい木の香が清々しい。
その奥御殿の更に奥まった庭に面した一角に、りんの部屋がある。
初秋に入ったとは云え、まだまだ残暑は厳しい。
日差しを遮る為に下ろされた御簾を透かして記帳が見える。
夏仕様の正絹に花鳥の文様が施された記帳の影に、りんが居た。
西国に来たばかりの頃は肩に付くか付かないかの長さしか無かった髪は今では腰に余る程に伸び夜の滝を思わせる艶やかさで涼しげな水色の絽の打ち掛けの上に流れている。
手許には、以前、邪見から貰った鈴虫の入った虫籠が。
肌理の細かい白玉のような肌に形の良いなだらかな眉、可愛らしい小さな鼻、何よりも印象的なのは長い睫毛に覆われた澄んだ大きな瞳。
常ならば微笑みを絶やさない愛らしい蕾のような口元から笑みが失われている。
憂いに満ちた花のような美少女が其処に居た。


「りん様、御方様がいらっしゃいましたよ」


相模の声に、りんが視線を遣れば逢いたくて堪らない人と同じ顔、同じ月の徴、頬の妖線。


「おっ・・・お母さま!」


今まで堪えに堪えてきたのだろう。
遂に、りんの大きな瞳から涙がポロポロと溢れ出した。


「りん!」

“狗姫の御方”が駆け寄り、りんの小さな身体を抱き締めてやった。


「おっ・・お母さま、せっ、殺生丸さまが、どっ・・何処かに・・いっ・行っちゃった・・あ」


泣きじゃくりながら、りんが切れ切れに訴える。
りんの髪を優しく撫でてやりながら御母堂様がホウッと軽く溜め息を吐いた。
西国城に来て見て大方の事情の予想が付いた。


「心配せずとも良い。りん、殺生丸は近い内に必ず戻って来る」


「ほっ・・・本当に?」


「ああ、本当だとも。この母が保証しよう。そうさな、多分、後、十日以内には戻ってこよう。安堵致せ。そのように打ち萎れた花のように嘆いてばかりおっては身体に障るぞ。」


養母に慰められ落ち着いたせいか、りんは、そのまま寝入ってしまった。
この処の心痛で夜も、碌々、寝られない状態が続いていたのだ。
安心したのだろう。
褥に寝かせてもピクリとも起きない。


「全く・・・あ奴にも困った物だ。一言くらい書置きでも残しておけば良い物を」


「御方様、今回の殺生丸様の雲隠れの理由がお判りなのですか?」


「まあな、そなた達は余りにも身近に居すぎて判らなかったのであろうが」


「一体、何が、理由なので御座いましょうか?」


相模の問いに、松尾が答えた。


「時期が来たので御座いますよ」


「時期?」


「りん様が、大人になられる日が近付いたのです」


ハッと相模が、その言葉の意味する処に気付いた。


「若様、殺生丸様は、その日まで、りん様から離れようとなさったので御座いましょう。今日、此方に参って感じましたが、これ程に甘く馨しい匂いが立ち籠めていて、どうして殺生丸様に耐えられましょう。昔から、お世辞にも気が長いとは云えない御方でした。そんな御気性の若君が、もう、何年もズッと辛抱強く、りん様の成長を待ち焦がれておられたのです。逸る御気持ちを鎮める為にも、今、暫くはりん様と距離を置く必要があったので御座いましょう」


「左様でございますか・・・迂闊でございました。毎日、りん様に接しておりましたので匂いに慣れてしまい、些か鈍くなっておりました。云われてみれば・・・確かに」


「それにしても、殺生丸の奴、何処へ行きおったのか?」


「私共も心当たりの有る場所には全て問い合わせたので御座いますが・・・」


「相模、相馬の処には?」


「郡代の相馬様ですか。真っ先に、お訊ね申し上げたのですが殺生丸様はいらっしゃってないと仰せになりまして・・・」


「其処だな。相馬は昔から殺生丸に甘い」


「でも・・・御方様、あんなにキッパリと否定されましたのに」


「その時点では本当に居なかったのだろうさ。多分、そなたが問い合わせた後にでも転がり込んだのであろうよ」


そんな会話の最中にドタドタと廊下を走ってくる音が。
見れば、邪見が息せき切って駆け込んでくるではないか。
「御母堂様ぁ~~~」と喚きながら。
そうこうする内に短い脚がもつれて見事に素っ転んだ。
と同時に、手に持っていた人頭杖が空中で一回転してポカリと烏帽子頭を直撃した。
「フギャッ!」と一声、上げたかと思いきや目を回している。
イヤハヤ、騒々しい。


「大丈夫でございますか? 邪見殿」


流石に気の毒だと思ったのか、相模が声を掛けて抱き起こしてやった。


「か・・かたじけない。相模殿」


何とか気を取り戻した邪見が弱々しく答える。
遠くから、更に物々しい足音が聞こえてきた。
内殿から奥御殿に続く渡り廊下の方に目を遣れば邪見と同じように駆け付けてくる者達の姿が。
木賊と万丈、藍生と尾洲、二組の親子を先頭に西国城の重臣達が雁首そろえて馳せ参じて来る。
尾洲が、皆を代表して王母に声を掛けた。


「御方様!」


「皆まで云わずとも良い。尾洲、相模から書状を貰い事の仔細は、粗方、承知しておる。今回の殺生丸の出奔に関しては案ずるに及ばぬ。まあ、仮にこのまま放っておいても十日もすれば戻ってこよう程に」


「それは誠でございますか。我ら臣下一同、此度の大殿の突然の失踪に狼狽する余り、このまま戻っていらっしゃらないのでは?と疑心暗鬼に陥りかけておりました」


「そうか、済まない。皆の者、あの馬鹿息子に代わって妾が謝っておく」


「そっ、そんな・・滅相もございません。御方様に謝って頂くなど」


「いや、今回のような考え無しの雲隠れ一国の王にあるまじき所業じゃ。戻って来たら、お灸を据えてやる必要があるな」


それを聞いた臣下一同、巨大な化け犬二頭が壮絶な親子喧嘩を繰り広げている様相を脳裏に思い浮かべゾゾッとした。
もし、そんな事態に陥ったら、この西国城その物が完全に破壊されてしまう可能性が高い。
尾洲が、それを慮(おもんぱか)ってか少しばかり及び腰で応答する。


「いっ・・いえ、それは、結構でございます」


「何だ、尾洲。殺生丸に、灸は据えんでも良いのか?」


「はっ、はい、軽く諌めて頂ければ、それで、もう・・・」


「万丈、そなたは,どうなのだ?」


「・・・・・・身共(みども)も尾洲と同様に御座る」


大兵(だいひょう)の万丈も、そうなった場合の惨状がアリアリと思い浮かぶのか、些か青ざめて答える。


「ホォ~~~、そうか、甘いのう、この城の者達は」


西国城で、そんな遣り取りが、なされているとも知らず、殺生丸は直轄領の郡代を務める相馬の屋敷に居候を決め込んでいた。
尤も、主君であるから居候というよりは賓客と言い換えるべきなのであろうが。
二年前、りんと邪見を連れて竜桜山へ花見に訪れた際、宿代わりにした屋敷である。
相模からの問い合わせの直後の殺生丸の急な来訪に相馬は驚きもせず、にこやかに迎え入れ、連日、相手をしている。
老練な相馬には一言も説明が無くとも今回の殺生丸の出奔の理由が手に取るように推察できた。
折に触れ西国城から聞こえてくる風聞と以前の訪問の際に殺生丸が見せた幼い人間の養い仔への尋常ならざる執着。
その二つを考え合わせれば自ずと答えは出て来ようと云う物。
相馬は独りごちる。
人間の成長は、我々、妖怪と違い恐ろしく早い。
あの、りんと云う童女も、そろそろ大人への階段を昇る頃。それを思えば、若が何処と無くソワソワと落ち着きが無いのも道理か。
我ら犬妖の嗅覚の鋭さが今回は仇(あだ)となっている訳だな。
若も、妖怪としては、まだまだ若輩者。
多分、側に居たら正気が、保てなくなると判断されたのであろう。
フフッ、若い、若い、羨ましいのう。
一方、今回の出奔騒動の当事者である西国王、殺生丸はと云えば庭に面した縁側に腰を下ろし酒を嗜んでいた。
昼下がりの何処か気怠げな日差しに映し出される完璧な造作の秀麗な顔立ち。
大妖の表情は、一見、人形のように何の感情も窺わせない。
が、その実、内面の鬱屈した感情を持て余すかのように、しきりに盃を呷っていた。
目の前の肴に手も付けず、ひたすら酒ばかり飲み続ける姿は、些か自棄になっている心境を図らずも露呈していた。年
若い主君の遣る瀬無い心情を思いやり、相馬が、声を掛ける。


「若、そのように酒ばかり聞し召されていては身体に毒ですぞ」


「・・・・・」


「当方においでになって、もう半月余り、流石に西国城の家臣達が心配しておりましょう。ソロソロお戻りになられては如何ですか?」


「・・・・・」


「若も、逢いたいのでは御座いませんか? かの小さき姫に」


返事の代わりに殺生丸は盃を乾す。
相馬に云われるまでもなく、りんに逢いたい気持ちは山々だった。
しかし、山の別荘から戻って以来、りんの身内から発する甘く馨しい匂いは日に日に強まり殺生丸の理性を惑乱させ続けていた。
そして、それは取りも直さず、間もなくりんに初潮が訪れる前兆を告げていた。
あのまま城に居て平静を保てる自信は、皆目、無かった。
況して、りんの顔など見よう物なら尚更だった。
だから、何も云わず出てくるしか無かったのだ。
殺生丸が苔むす枯山水の庭を見るともなく視線を泳がしていると背後から声が掛かった。


「殿! 郡代様! 西国城から火急の知らせがっ!」


「何、火急の知らせとな?」


「はい、隼(はやぶさ)の使いで御座います。脚に書状が括りつけられておりました」


「見せてみよ」


家臣から折りたたまれた書状を受け取った相馬が開いて内容を確かめる。
それを読んだ途端、相馬が殺生丸の方を見て表情を引き締めた。


「若、至急、西国城に戻られよ。りん様が、倒れられたそうじゃ」


「―――――何!?!」


「この書状には、詳しい経過が記されておらぬが、ともかく、急ぎ戻られたが良い・・と・・・」


相馬が、そう言葉を継ぐ前に殺生丸の姿は既に風のように掻き消えていた。
今頃は矢のように西国城を目指している事だろう。


「・・・・何と素早い。さもありなん。あの若が、あれ程、人間嫌いで知られた殺生丸様が、真実、愛して止まぬ姫の事。当然と云えば当然かも知れぬな。それにしてもこの書状に纏わる匂い。フム、相模殿の他に、あの御方の匂いも仄かに。・・・若、どうやら御母堂様は今回の件、何もかも、お見通しのようで御座いますぞ」


やはり、殺生丸に比べれば、まだまだ一枚も二枚も上手の“狗姫の御方”を思い浮かべ軽く溜め息を吐く相馬であった。
本能に翻弄される息子の心理状態など、とっくの昔に予見しておいでであったか。
おまけにその動向までも手に取るように判っておられた訳だ。
流石は母君様じゃ。
ともかく御方様にお任せしておけば悪い様にはなさらんだろう。
まあ、若干、御子息で遊ばれる傾向が有る事は否めまいが。
つい、先程まで殺生丸が居た場所に座り込み新しい盃に注いだ酒をユルユルと乾す相馬であった。   
     了

                                          2007.7/1(日)作成


【正絹(すずし)】生糸で織った織物。


【絽(ろ)】一定の間隔に隙間のある薄い絹織物。夏物の和服用。

 

《第三十五作目『雲隠れ』についてのコメント》

この作品は、第三十三作目『春嵐』、第三十四作目『百花の王(金牡丹)』から二年後の状況で、第十七作目『これは、りんの虫、リンと鳴く―――鈴虫』から続いてます。
間も無く初潮を迎える年頃(数え年12歳)になったりんちゃん。
りんちゃんが大人になる日を待ち焦がれつつも、それに伴い、手が出したくても出せない状態にイライラが嵩じる殺生丸。
遂に、その精神的ストレスに耐え切れず西国城を出奔する殺生丸と突然の城主の失踪に理由が判らず大慌てする家臣一同。
そんな中、逸早く、その原因に気付く御母堂様と相馬。
丁度、ブログ休止期間中で“動くに動けない”管理人の【どうしようもない】又は【手も足も出ない】心理状態とピッタリ、(sympathize)同調したせいでしょうか。
苦悩する兄上の内面が手に取るように実感出来ました。

                                        2007.7/3(火) ◆◆猫目石
 

 

 


  
 

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