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第二十八作目『雛騒動(その弐)内裏雛』

 
雛人形は、宮中の殿上人(てんじょうびと)の貴族の装束を模している。
“内裏雛”とは、本来、男雛(おびな)と女雛(めびな)の一対を指している。
男雛は天皇を、女雛は皇后を表す。
随人の人形は、随身、右大臣と左大臣であり、同時に衛士(えじ)でもある。
仕丁(しちょう)は、従者を、官女は、巫女(三人官女)を表す。
五人囃子(ごにんばやし)は、お囃子を奏でる楽人を表し、それぞれ「太鼓」「大皮」「小鼓」「笛」「謡」である。
三人官女以下の、その他大勢の随身、従者人形を「供揃い」と言う。
 
遥か上空を往く艶やかな一行がある。
集団の先頭を駆けるのは絶世の美貌を誇る先の西国王妃にして当代の王の生母、『狗姫(いぬき)の御方』、後に従うのは、彼女に仕える女官連中である。
早春の風を物ともせずに二つ結びにした白銀の髪を靡(なび)かせ思うままに空を往く姿は、さながら一幅の名画を思わせる程に優雅にして艶麗な風情。
もし、この場に絵師が居たら感激の余り泣いて喜んだ事であろう。
天女も、かくやと思わせるような麗容、しかし、彼の女(ひと)は人に非ず。
その本性は、犬の大妖怪。
一度(ひとたび)変化すれば小山ほどもの大きさの白銀の犬に成り代わる。
額を飾る月の紋様、頬に流れる一筋の妖線、その全てが絶大な妖力の証。
一行が目指すのは天空に構えられた王母の城、息子である西国王を訪問した帰路の途上にある。

 
「御方様、宜しいので御座いますか?」

 
一行の中でも最年長の古参女房が、ついと女主人に近寄り、声を掛けた。


「何がだ、松尾。」

 
松尾と呼ばれた女官は、西国王、殺生丸の側近、木賊(とくさ)の祖母に当たる。
木賊(とくさ)は、母方の祖母である松尾から銀灰色(ぎんかいしょく)の髪と緑色の瞳を受け継いでいる。
沈毅(ちんき)な性格も、そっくりそのまま祖母譲りである。

 
「あの内裏雛で御座います。当初、御方様が人形師の夢有斎(むうさい)殿に出された注文とは明らかに違っております。このままにしておいて良いので御座いますか?」

 
「フフッ・・・やはり気付いたか、流石に目敏いな、松尾。何、ちと、殺生丸を突付いてやろうと思ってな。後から別な注文を夢有斎(むうさい)に出しておいたのよ。」

 
「本(ほん)に御方様も人(=妖)が悪い。きっと、若様が、今頃、カッカしておられますよ。」


「それが、狙いよ。ごくごく幼い頃から、あれは、禄に感情を表に出さん可愛気のない子供だった。こいつは、本当に、あの闘牙と妾(わらわ)の子供だろうか?と思うた程にな。そんな殺生丸が、二百年振りに我が城を尋ねてきたのが天生牙に関しての事だ。父親のせいで極度の人間嫌いであった筈の殺生丸が、二匹も人の仔を連れてな。その内の片割れが、あの、りんじゃ。そなたも覚えておろう。もう一匹は・・・ン~~それ、何と言ったかな?・・退治屋の格好をした年少の男の子(おのこ)、確か、宝石の名だったと思うのだが・・・。」

 
「・・・琥珀とか申すのでは。」

 
「そう、そう、それよ、琥珀! あ奴の様子から、一体、これは、どういう事か?と推測しようにも、どうにもこうにも訳が判らず首を捻ったものよ。りんについては、冥道の拡大の過程で殺生丸の感情の所在も掴めたのだが、あの・・琥珀については、どうも従者のような物らしいと見当が付いたものの、何となく、その存在自体、渋々と認めているような感があってな。それで今回、あのような事で試してみたのだ。どうも、琥珀は殺生丸の恋敵のように思えてな。」

 
「・・・藪(やぶ)を突付いて蛇を出すような真似(まね)をなさいますな。」

 
「クスクスッ・・・心配致すな、松尾。あの朴念仁には、あれ位せんと堪えん。さて、我が愛しき息子殿は如何なる反応をしてくれようか? 楽しみな事よのう、そうではないか?」

 
「御方様・・・・」

 
松尾は呆れたようにホウッと溜め息交じりの息を一つ吐いた。

 
  処は変わって、此方は、西国城の奥御殿である。
いつもなら、幼子の笑いさざめく声が庭の其処彼処(そこかしこ)に響いている筈が昨日からピタリと静まり返っている。
聞こえて来るのは小鳥の囀(さえず)りと池の魚が、時折、パシャリと飛び跳ねる音のみ。
愛用の鞠(まり)さえもポツンと庭に置き去りにされている。
りんの部屋は、奥御殿の中でも特に日当たりの良い庭に面した位置にある。
障子の開け放たれた部屋の中央には、御母堂様から贈られた美々しい雛人形が麗々しく飾られ弥(いや)が上にも華やかな雰囲気を醸し出している。
昨日以来、りんは、暇さえ有れば、その雛人形の前に座り飽きもせずにウットリと眺めているのであった。

 
  シュッ・・シュッ・・ペタッ・・ぺタペタッ・・シュッ・・シュッ・・ペタペタッ・・
廊下に響く衣擦れの音に重なる平坦な足音が、りんの部屋の前で止まった。
相模の手には、お茶とお菓子が用意された膳が載っている。
丁度、“おやつ”の時間になったらしい。

 
「まあ、りん様、又、雛人形をご覧になっていらっしゃったのですか」

 
「まぁ~~ったく! よくも飽きんもんじゃのう。昨日から矯(た)めつ眇(すが)めつ人形ばっかり眺めて。何が、そんなに楽しいんじゃ」

 
「相模さまに邪見さま! だぁって、りん、こんなに綺麗なお人形を見た事なかったんだもん。それに、おっ、お母さまが、りんのお人形だって下さったんだもん。嬉しくて嬉しくて、何遍、見てても飽きないよ」

 
「フン・・・まあ、確かに見栄えのする人形ではあるな。流石は、御母堂様の御見立てだけの事はある。これほどの物は、西国広しと言えども、まず、有るまい」

 
「本当に見事な細工で御座いますね。何でも、高名な人形師の夢有斎(むうさい)殿に特注なさったとか。何でも、夢有斎(むうさい)殿という人形師は、怖ろしく気難しく自分が気に入らない客の注文は、決して受けないと聞き及んでおります。きっと、御方様に口説き落とされたので御座いましょう」

 
「相模さま、その夢有斎さんって人(=妖)、そんなに気難しいの?」

 
「はい、以前、大金持ちの妖怪商人(ようかいあきんど)が千金を積んでも首を縦に振らなかったそうです。
それでも夢有斎殿の創る人形は、まるで生きているかのように素晴らしく注文は国内、国外を問わず引きも切らないそうで御座います」

 
「フムッ・・・夢有斎の評判は、儂(わし)も聞いた事が有る。特に、注文した者の人相を映して創った人形は、まるで当人を目の当たりにするかのように生き写しだそうな」

 
「そう言えば、この内裏雛、特に女雛(めびな)は、りん様に“そっくり”で御座いますね。多分、御方様が水鏡を使って夢有斎殿にりん様の容姿をお見せになったので御座いましょう」

 
「えっ! そうなの? 」

 
「とすると、この男雛(おびな)は、一体、誰なんじゃ? 殺生丸様とは似ても似つかんぞ!」

 
可愛らしい女雛(めびな)と対になっている男雛(おびな)は、まるで少年のような顔立ちで、髪の色も漆黒、西国王の白銀色の髪とは天と地ほども違う。
一体、誰に似せて創った物か・・・。

 
「ウ~~~ン・・・あれっ! ねぇ、邪見さま、この男のお雛様って・・琥珀に似てない?」

 
「何っ! ウムムッ・・・そう言われてみると・・・確かに。」

 
  りんにそっくりな女雛(めびな)の横に、以前、一緒に旅をしていた退治屋の少年に良く似た男雛(おびな)が鎮座坐(ちんざま)しましているではないか。
不味い!・・・これは、凄~~~く不味い! 
もし! もしもだ! 殺生丸様が、この事を知ったらどうなるか?
・・・想像するだに怖ろしい! 
秀麗極まりない主の顔に・・うっすらと微笑みが刷(は)かれる様子が、ありありと邪見の脳裏に浮かんできた。
ゾオォ~~~冷や汗が、つつぅ~~~と背筋を流れて行くのが判る。
邪見が、必死になって、この、とんでもない事実を、どうやって主から隠そうかと思案をグルグル巡らしていた・・・正に、その時、間が悪い事に、殺生丸が、渡り廊下を渡ってやって来た。

 
「・・・りん。」

 
「ハワッ! せっ・・殺生丸様っ!」

 
  おもむろに部屋に入って来た主を見て、邪見の焦る事、焦る事、タラ~~タラ~~ッと流れる脂汗。
そんな邪見の気持ちも知らず、りんが無邪気に雛人形の話題を・・・。

 
「ねえ、ねえ、殺生丸さま。この女のお雛さまは、“りん”なんだって。それでね、男のお雛さまは“琥珀”に似せて創られたみたいなんだって。」

 
  ヒィ~~~~~~~何ちゅう事をっ! 
アアッ!・・・案の定、殺生丸様の眉間に皺がぁぁぁぁぁぁ・・・・
どっ・・どうしよう・・・ドンドン機嫌が悪くなっておられるのが手に取るように判るぅぅぅぅ。
  儂(わし)・・・もう気絶したい。
ウ~~~ン・・・本当に目が回り出した・・・バタッ!

 
 あら、あら、邪見殿ったら、気絶されてしまったの?
 それにしても・・・何と、気の小さい事。
 呆れた。こんなんで良くも、まあ、あんなに長い間、殺生丸様に付き従ってこられた物だわ。
 松尾は内心、独りごちた。

 
「アレッ! 邪見さま! 邪見さまっ! 気絶しちゃった、どうしよう? 相模さま」

 
「りん・・・構わん、放っておけ。」
 

殺生丸の表情は、苦虫を噛み潰したかのように苦り切っている。
己の目の前で都合良く意識を手放した従者を一瞥して冷たく言葉を吐き捨てる。
その金色の双眸に映るのは、己の母が、りんに与えた雛飾りの人形一式。
それは、何段もの飾りを連ねた豪華な造りで、御所車や長持ち(衣装などをしまう長方形の木の箱)、和琴に貝合わせの道具など、やんごとなき姫君の日常生活に必要な細々した物が、寸分違わず縮小されて再現されている。
名工の手になる贅を尽くした見事な細工の数々が衆目の目を惹く特注品。
恐らくは作者の夢有斎(むうさい)にとっても最高傑作の一つだろう。

 
しかし、西国王が先程からひたと双眼に捉えて離さないのは、そうした付属品ではなく、最上段の御殿造りの寝殿に飾られた内裏雛である。
りんをそっくり映し取ったかのような愛らしい女雛の横に据えられたお揃いの男雛。
その面差しは、以前、旅の道中に渋々、加えた退治屋の少年に良く似ている。
いや、似ている所ではない! 
酷似していると云っても良い! 
これは、明らかに母の己に対する嫌がらせだ! 
断言しても構わぬ!
この殺生丸が激怒するであろう事を見越しての挑発行為・・・己のりんに寄せる想いを重々、承知していながら・・・よくも、よくも、このような見え透いた事をっ!
この見るからに忌々しい人形、即刻、握り潰すか、毒華爪で溶かし尽くすかしてしまいたい処だが、りんの見ている手前、そうも出来ぬ。
どうすれば、あの男雛を手っ取り早く自然に排除できようか?
・・・それも絶対に己が手を下したと判らぬように。その為の手段を早くも考慮し始めた殺生丸であった。

深夜、お庭番の権佐(ごんざ)を通して命令が秘かに下された。
後日、大鷹が、雛人形を飾ってある部屋に飛び込み、りんや邪見、相模の見ている前で男雛をサッと咥えると、アッと言う間に遥か彼方へ飛び去ってしまった。
動揺して泣きじゃくる傷心のりんを何喰わぬ顔で慰めながら、その実、殺生丸が、内心、大いに溜飲を下げたのは云うまでも無い。

計画の次第は、ごく単純である。
邪見に生肉をこっそり男雛の中に仕込むように命じた上で、子飼いの鷹(たかじょう)に鷹を使って、それを奪うよう指示しておいたのである。
共犯である邪見は、勿論、犬妖である相模は部屋の中に残った匂いから、薄々、事の真相を察しているだろうが構う物か! 
りんにさえ、ばれなければ何ら問題は無い。
大鷹に攫われた男雛は、どうなったか? 
無惨にもズタズタに引き裂かれて、その残骸は獣さえ滅多に近寄らない深い山の谷間に放り出された。
げに怖ろしき物は、男の嫉妬。
“男雛紛失”の報が齎(もたら)された数日後、御母堂様から、代わりの男雛が届けられた。
今度の男雛は最初の物とは打って変わって白銀の髪、秀麗な青年の容貌の即ち西国王に瓜二つの作品であった。

                                                                                                                           『雛騒動(その参)』に続く
 

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