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『湯煙情話(ゆけむりじょうわ)①』最終回萌え作品⑥

我が物顔に夏の空に陣取っていた入道雲が、何時の間にか姿を消した。
代わりに鰯雲(いわしぐも)が頻繁に上空に現れるようになっていた。
灼けるような夏の日差しが和らぎ、吹く風の清涼さに秋を色濃く感じるようになった頃、二十四節季で云えば白露に相当するだろう。
そんな初秋の陽気の中、ノンビリと行楽を楽しむ珍妙な一行が居た。
一行の顔触れは、年齢も恰好も、見事なまでに完全にバラバラである。
その中でも、パッと真っ先に目に付くのが、真紅の童水干を着た白銀の髪の若者である。
唯でさえ強烈な真紅の童水干を、一段と、惹き立てる白銀の長い髪。
その対照的なまでに鮮やかな色彩の妙。
一見、普通の人間のように見えるが、彼は人間と犬妖怪との間に生まれた半妖である。
その証拠に白銀の髪からヒョイと犬耳が飛び出している。
勿論、犬妖怪の例に漏れず、その嗅覚も犬並みの精度である。
手の爪も長く鋭いし、牙も有る。
目の色も他の者とは明らかに違う。
強い光を放つ金色の獣眼は、並みの人間には、到底、敵わないような夜目と視野の広さを誇る。
この青年の持つ色彩の全てが、他者とは明らかに違う存在だと声高(こわだか)に主張するかのようである。
大妖怪の父から貰った名前も、その出自に相応しく『犬夜叉』と云う。
実際、青年の体力は凄まじく、半妖とは云え、並みの妖怪では、到底、歯が立たない程である。
その上、大妖怪の亡き父から受け継いだ希代の名刀、鉄砕牙をも所持している。
この大刀で数多の妖怪を薙ぎ倒してきた。
積年の宿敵、奈落を討ち果たした今、敵は、殆ど無いに等しい。
その犬夜叉の傍らを歩くのは、巫女姿のかごめ。
形(なり)から判るように巫女を生業(なりわい)としている。
肩には矢筒、手には何時も手離さない破魔の弓を携えている。
今年の春に結婚したばかりの犬夜叉の新妻である。
そのせいだろうか。
二人の間に漂う雰囲気は、何処か初々しく、微笑ましくもあった。
その少し後ろを行くのは、弥勒と珊瑚。
墨染めの衣を纏う弥勒は法師である。
珊瑚の方は、極、普通の村人の格好で背に赤ん坊を背負っている。
彼らも、又、夫婦である。
尤も、新婚の犬夜叉達と違い、弥勒と珊瑚が醸(かも)し出すシットリと落ち着いた雰囲気は夫婦としての年季の長さを物語っている。
こちらは、結婚して既に三年が過ぎ、子供も三人居る。
多少、計算が合わないのは、最初に生まれたのが女の双子だった為である。
そして今年の早春に三人目の男の子が生まれた。
双子達は、嬉しそうに父と母の周りを駆け回っている。
生まれて半年の男の子は珊瑚の背に負ぶわれてスヤスヤと眠っている。
一方、弥勒の肩には、子狐妖怪の七宝が乗っている。
狐特有の麦わらのような髪を青い布でチョコンと纏めている七宝。
瞳の色も布と同じように青い。
髪の色と同じフサフサした尻尾とチャンチャンコが狐らしい。
しかし、コロッとした小柄な外見のせいか、何時もタヌキに間違われる。
犬夜叉達と初めて出会った頃に比べ、狐妖術は上達したが、妖怪の為、三年前に比べ、七宝の外見は、さして変化していない。
本当は、大好きなかごめの側に行きたい七宝なのだが、敢えて新婚の二人を慮(おもんぱか)ったのであった。
その後ろには馬に乗った巫女姿の老婆と横を歩く孫らしき少女の姿。
楓とりんである。
りんは、実際の処、楓の孫ではない。
楓に預けられた養い仔である。
それも、預け主は、単なる人間ではない。
戦国最強と噂される大妖怪、殺生丸。
犬夜叉の腹違いの兄である。
こちらは、半妖の犬夜叉と違い、純粋な妖怪である。
りんが、楓に預けられ人里で暮らすようになってから、かれこれ三年の月日が経っている。
それまで、りんは、殺生丸と従者の邪見、それに騎乗用の妖獣、双頭竜の阿吽と共に旅から旅の生活をしていた。
途中、成り行きで殺生丸に拾われた珊瑚の弟、琥珀も一緒だった。
三年前、宿敵の奈落が滅された後、琥珀は、強い退治屋になる為、諸国を巡る修行の旅に出た。
そして、りんも、殺生丸の意向により村を守る老いた巫女、楓に預けられたのだった。
そんな一行が目指しているのは、山中に湧き出る秘湯である。
事の始まりは、狐妖術試験から戻った七宝の一言。

「オラ、新しい温泉を見つけたぞ。」

この七宝の言葉に、すぐさま、かごめが反応した。
かごめは、本来、この時代の人間ではない。
四魂の玉の因果により、骨喰いの井戸を通って、遥か五百年後の現代社会から戦乱の続く戦国時代に引き寄せられたのである。
戦国時代から見れば、遥かに便利な世界から、かごめはやって来た。
この時代の大抵の不便な事には慣れっこのかごめであるが、風呂が無い事だけは大いに不満だった。
綺麗好きのかごめは、湯に浸かる事を特に好み、温泉が大好きなのである。

「七宝ちゃん、それ、本当なの!?」

「本当じゃ。ここから山ひとつ越えた辺りに出湯(いでゆ)が有るんじゃ。オラ、妖術試験の帰りに入ってきた。良い湯加減じゃったぞ。」

途端、かごめの目がキラ——ンと輝いた。
視線の向かう先は、新米亭主の犬夜叉。

「ねえ~~犬夜叉ぁ~~」

新妻の色っぽい声と視線に思わずドギマギする犬夜叉。
男らしさを自認する犬夜叉だが、恋女房のかごめには、からっきし弱い。
それに奈落を滅した後、骨喰いの井戸が、全くの不通になり、三年もの間、かごめと離れ離れになっていた経緯(いきさつ)が有る。
元々、かごめベッタリの傾向が強かった犬夜叉であるが、そうした事情も手伝ってか、かごめが、コッチの世界に戻ってきて以来、用が有る時以外は、片時も、かごめの側から離れようとしない。

「なっ、何だよ、かごめ。」

「その温泉に行きたいの。お・願・い・連・れ・てっ・て!」

「そんなに行きたいのか?」

「うん、凄~~く凄~~~く行きたいの。ネッ、良いでしょ。」

「オッ、オウッ、おっ、おめえが、そんなに行きたい・・・のなら。」

「ワッ、嬉しいぃ~~~有難う、犬夜叉!」

新妻のかごめに抱きつかれ、ポワ~~ンと頭の中に夫婦二人っきりでの温泉を思い描き、内心、鼻の下を長くする犬夜叉であった。
しかし、恋女房の次の台詞に、新米亭主の桃色の妄想は、霞の如く儚くも消え去った。

「早速、珊瑚ちゃんを誘わなくっちゃ! 懐かしいわね。 以前は旅の途中、温泉を見つけては、珊瑚ちゃんや七宝ちゃんと一緒に入った物だったけど。 そうだ、楓ばあちゃんとりんちゃんも誘おうっと。 楓ばあちゃん、この頃、神経痛に悩まされてるようだから、丁度、良かった。 きっと、温泉にユックリ浸かったら、具合も良くなるに違いないわ。」

「オラも行くぞ、かごめ。」

「勿論よ、七宝ちゃんには案内してもらわなきゃ。」

斯くして珍妙な旅の一行が出来上がった次第である。
弥勒と珊瑚の間に出来た可愛らしい双子の片割れが、道の脇に咲いている可憐な花を見つけ、父の弥勒に、何という名か、尋ねた。
法師という職業柄、アチコチ旅してきた弥勒は、知識が豊富な上に話も上手い。
必然的に好奇心旺盛な双子達の疑問に答える事になる。

「「父さま、父さま、このお花、何て云うの?」」

流石に双子である。
質問まで完全にハモっている。
弥勒が目を遣れば、それは、淡黄色の花を付けた茜(あかね)であった。

「ハハッ、この花は茜(あかね)と云うのです。茜が茜を見つけるとは面白いですね。」

「エッ、父さま、このお花、本当に茜(あかね)って云うの!?」

「ハイ、そうですよ。」

「じゃっ、じゃあ、紅(くれない)の花は?」

双子の片割れが息せき切って聞いてきた。

「紅(くれない)の花は、もっと早く咲くんです。そうですね、夏の暑い頃に。」

「フ~~ン、そうなの。」

弥勒と珊瑚の間に生まれた女の双子は茜(あかね)と紅(くれない)と名付けられていた。
共に赤の染料になる花の名である。
母である珊瑚の名前は血のように赤い高価な血赤(ちあか)珊瑚に由来している。
珊瑚は、仏教で云う処の七種の宝物、七珍(しっちん)の一つに数えられる宝石である。
法師である弥勒は、その事から、双子の名前も、赤に纏(まつ)わる名前にしたのであった。
女たらしの助兵衛法師であった弥勒だが、珊瑚と所帯を持ち、三人の子持ちになった現在は、スッカリ子煩悩な父親と化している。
女好きは相変わらずだが、やはり娘達や妻の手前も有るのだろう。
目に余るような振る舞いは影を潜めている。
ユッタリと歩を進める一行が目的の温泉に辿り着いたのは、暮れなずむ夕日が地平線に落ちかかる頃。
『秋の釣瓶(つるべ)落とし』とは良く云ったもので、流石に夏に比べて日が暮れるのが早い。
真っ赤な夕日を背景に夕餉の支度を始めようとした矢先、椿事(ちんじ)は起こった。

「ギャ~~~~たっ、助けて~~~~!」

大声で助けを求める七宝の声。
何事かと声のする方に目をやれば、子熊ほどもある大型の猪が、鼻息も荒く七宝の後方から追いかけてくるではないか。
ドドッ、ドドッ、ドドドォ~~~~
『猪突猛進』、諺(ことわざ)にも云われる猪の猛進。
物凄い迫力である。
脇目もふらずに七宝を追いかける猪の前に、ズイと進み出たのは、御存知、犬夜叉。
慌てる事なく無造作に爪をかざす。 バキッ・・・
通常の刃物よりも強く鋭い爪が空中で一閃(いっせん)する。

「散魂鉄爪!」

ザッ! ドサッ!
アッサリと猪は犬夜叉に倒された。
のみならずボタン鍋の材料となり、旅の夕餉を飾る事となった。

「イヤ~~それにしても、このボタン鍋は美味いですな。思わぬ儲け物です。村の衆への土産まで出来ました。七宝と犬夜叉に感謝せねば。」

弥勒が、美味なボタン鍋にホクホクと舌鼓を打ちつつ、感想を述べる。

「ハッ、どうって事ないぜ。」

内心、褒められて悪い気はしないのだろう。
犬夜叉が得意気に鼻を蠢(うごめ)かす。

「みんな猪を見つけたオラのおかげだな。」

七宝が、よせば良いのに偉そうな口を叩く。

「ケッ、よく云うぜ。 おめえは『助けて~~~っ』とか喚きながら逃げて来ただけじゃねえか。」

犬夜叉が、いつものように七宝をやり込める。

「あっ、あれはだな、おっ、お前の方に猪を誘導してきてやったんじゃ。」

七宝も負けじと言い返す。

「ホオ~~~にしちゃ、涙がチョチョ切れてたぜ。」

泣きながら猪から逃げてきた七宝の様子を論(あげつら)う犬夜叉。

「そっ、それは・・・・むっ、武者震いじゃっ!」

負けず嫌いな七宝は、ついつい向きになってやり返す。

「ハイハイ、判ったから、二人とも、もう、それくらいにして。」

かごめが、意地っ張りな犬夜叉と七宝の双方を宥めるように言葉を掛けた。
この二人は、放っておくと、最後は、業を煮やした犬夜叉が、口の減らない七宝を殴りつけるに決まっている。
泣かされた七宝は七宝で、かごめに泣きつくのが関の山なのだ。
そうなったらなったで、目に余る時は、かごめの伝家の宝刀、『おすわり』が飛び出す。
結果、犬夜叉は、強制的に地面に叩き臥せられる事になるのだった。

「それじゃ、あたし達、女衆が、先に、温泉に入らせてもらうから。犬夜叉と弥勒さまは見張り番をよろしくね。」

かごめが、女衆を代表して犬夜叉に声を掛ける。

「オウッ、任せとけ。」

「旅の疲れをユックリ癒して下さい。」

犬夜叉と弥勒が気安く請合う。
ゾロゾロと温泉に向かう女達の一団を見て、七宝も、一緒に入ろうと後を追おうとした矢先、グイと首根っこを犬夜叉に掴まえられた。

「オット、七宝、おめえは駄目だ。後で俺達と一緒に入るんだ。」

「なっ、何でじゃ!? 前は一緒に入っても何も云わんかったではないか!」

抗議する七宝に犬夜叉が云い返す。

「前はな。だが、これからは、そうはいかねえ。三年前に比べれば、おめえもチッとは成長した。もう子供じゃねえ。外見は、大して変わってねえみてえだがな。まず、第一に、かごめは俺の女房だ。自分の女房の裸を、餓鬼とは云え、余所の男に見せる訳にゃいかねえな。」

「そうですね。私も犬夜叉と同意見です、七宝。珊瑚の一糸纏わぬ姿を見る権利は、亭主たる私だけに許された特権です。それに娘達の裸まで、お前に見せる訳には行きません。」

弥勒も息子をあやしつつ、訳知り顔で犬夜叉に加勢する。

「それに、まだ有る。七宝、おめえ、りんの裸を見て只で済むと思ってんのか? 殺されるぞ。」

犬夜叉の極め付けの台詞に七宝も合点がいったらしい。
口籠もりながら恐る恐る答える。

「もっ・・・もしかして・・・殺生丸か?」

「その通りだ。あいつのこった。何やらかすか判ったもんじゃねえぞ。何てったって、りんは、殺生丸の嫁になる予定の娘だからな。」

弥勒も口を挟んできた。

「そうですよ、七宝。それに思い出してごらんなさい。以前、かごめ様が、鋼牙に攫われた時の事を。お前も一緒に攫われたから良く覚えているでしょう。攫われただけなら、まだしも、鋼牙の奴、かごめ様に惚れて『俺の女』などと大っぴらに宣言しましたからな。あの時の犬夜叉の怒りようは実に凄まじかった。本気で鋼牙を殺しかねない勢いでした。それ以後、鋼牙が、かごめ様にチョッカイ出してくる度に、犬夜叉の怒る事、怒る事。そんな犬夜叉を見ていれば自(おの)ずと判るように、どうも、犬一族は、事、自分の女に関しては嫉妬心と独占欲が並外れているようです。」

「・・・オイ、弥勒、何で俺に話を振るんだ。」

「お前の兄の話だからです。半妖のお前でさえ、あれ程、かごめ様に対する独占欲が激しいのです。まして、完全なる妖怪の兄上の事です。りんの裸を七宝が見たと知ったら、どうなるか?それこそ想像を絶する怒りを発揮するでしょうな。」

ここ数年の殺生丸のりんに対する尋常ならざる執着。
それを具(つぶさ)に見てきた者達にとって、その認識は、既に衆目の一致する処だった。
男どもが、そんな話をしているとも知らず、女達は、ワイワイ、キャラキャラと遠出の秘湯を楽しんでいた。
既に子供を三人産んでいる珊瑚は、以前に比べ、母親らしく身体がフックラと丸みを帯び、ふくよかさが増している。
特に授乳している関係も有って乳房は大きく乳輪も濃くなっている。
母となった者が持つシットリと落ち着いた大人の色香が、湯煙の中、フンワリと漂う。
そんな珊瑚に比べると、まだ子供を産んでいない新妻のかごめは、娘らしく身体付きが初々しい。
犬夜叉の妻となり、漸く咲き綻んだ花のような艶やかさが零れるように眩しい。
そうした美女二人に比べると、流石に、りんは、まだまだ子供っぽい。
年齢的に、まだ初潮が来ないせいもあり、どうしても女らしさには欠ける。
それでも、肌理の細かい白い肌に漆黒の黒髪が映えて、可憐な蕾の風情が愛らしい。
元々、大きな切れ長の瞳は、近頃、とみに光を増し、それを飾る長い睫毛が煙るように美しい。
形の良い眉、低い訳ではないが、チョコンとした小ぶりの鼻、薄紅色の花の蕾のような唇、成長すれば、どれほど艶やかな花となる事か。
見る目のある者になら,天性の美質が即座に見抜けるだろう。
茜と紅、双子達に対しては、唯、もう、只管に子供らしい可愛さが溢れている。
楓に関しては・・・・何も云うまい。
唯、若い頃は、美人で評判だった桔梗の妹だけあって、かなりの美形だったろうと朧(おぼろ)に推測させるのみである。
そんな老いも若きも一緒くたの女達が、久方振りの温泉を心ゆくまで味わっていた。

「かごめ、何時、犬夜叉に教えてやる積りだ?」

口火を切ったのは、老いた賢い巫女、楓であった。

「エッ、そっ、それは・・・・。 楓ばあちゃん、知ってたの?」

かごめが、驚いて祖母同然の老いた巫女を見る。

「わしは村の子供達の殆どを取り上げてきたのだぞ。女が子を孕んだ時の兆候についても熟知しておる。最近のお前の様子を見ていれば一目瞭然。嫌でも判る。」

「かごめちゃん、やっぱり、そうだったの?」

「珊瑚ちゃんも気付いてたの?」

「ウン、あたしも二回、経験してるからね。見てて何となく、そうじゃないかって思ってさ。此間(こないだ)なんか、川の側で吐いてたろ。妊婦特有の悪阻(つわり)だよね。」

「かごめさま、身籠ったんですか?」

「ウ~~ン、みたいなの、りんちゃん。自分でも、何となく・・・そうじゃないかって思ってたんだけど。でも、楓ばあちゃんや珊瑚ちゃんまで、そう云うんなら間違いないわよね。」

「おめでとうございます! 犬夜叉さまが、きっと大喜びされると思います。」

「有難う、りんちゃん。そうかな?犬夜叉、喜んでくれるかな?」

「何云ってんの、かごめちゃん。犬夜叉の事だもん。そこら中、走り回って喜ぶんじゃないかな?」

「珊瑚ちゃん、珊瑚ちゃんが初めて身籠った時、弥勒さまは、どうだったの?」

「エッ・・・・」

かごめに、そう訊かれて、その時の事を思い出したのだろう。
珊瑚が、ポッと頬を赤らめた。
弥勒は、奈落の呪いによって祖父・父・自身と三代に亘(わた)って右手に風穴を穿たれてきた身である。
祖父も父も最後は大きくなった自らの風穴に呑み込まれ命を落としている。
弥勒に取って、子を成す事は最大の望みであった。
同時に、それは、また、風穴の呪いを解かない限り、絶対に叶えてはならぬ望みでもあった。
子々孫々にまで及ぶ忌まわしい風穴の呪い。
三年前に奈落が滅され、漸く風穴の呪いから開放された弥勒。
そんな弥勒が、最愛の妻、珊瑚が身籠ったと知った時の感動は如何ばかりであったろうか。
余人には、到底、窺い知れぬ深く激しい喜びが存在しただろう。
人前で一度も涙を見せた事のなかった弥勒が、過酷な運命を驚くほど強靭な精神で耐え抜いた弥勒が、珊瑚の腹を優しく撫でつつ、静かに流した熱い熱い涙。
それは今も思い出す度、珊瑚の心を熱くする情景だった。

「喜んでた・・・よ。」

口籠もりながら答える珊瑚を見て楓が言葉を言い添えた。

「法師殿に取って何より嬉しい贈り物だったろう。」

長い年月を生きてきた経験豊富な楓には弥勒の喜びようが手に取るように理解できた。
楓自身、最愛の姉、桔梗を目の前で喪うという悲劇を経験している。
悲痛な思いを経験してたきたからこそ、楓は、生きている者達が限りなく愛おしい。
慈母のように見守ってきた犬夜叉とかごめ、そして弥勒と珊瑚。
そして、今、また、新たに、もう一組。
不思議な縁(えにし)で己の許に預けられたりんと預けた殺生丸。
りんの幼さ故に、未だ、番(つが)いとは云えないが、近い将来、間違いなくそうなるだろう殺生丸とりん。
この三組の行く末を見定める事が、老い先短い己の使命のように感じている楓だった。
空に月が掛かった。
昨日は厚い雲に阻まれ、生憎、月の姿を拝む事は叶わなかった。
その憾(うら)みを晴らすかのように見事な真円の月が。
楓が、娘と孫のように感じている三人に声を掛けた。

「見ろ、かごめ、珊瑚、りん。」

「ワアッ!」 「満月だ!」「まん丸のお月さま、綺麗!」

三者三様に月の美しさに感嘆して声を出す。
その声に双子達も空を振り仰ぎ、満月を見て叫ぶ。

「「おっきな月!」」

「そう云えば、今日は“中秋の名月で”あったな。今宵の月は、一年の内、最も大きく明るいと云う。まるで、かごめの妊娠を月も祝っているようではないか。」

楓の言葉に呼応するように、大粒の真珠のような月が天空に眩しく輝き、神秘的な光で地上を優しく包んでいた。

                                               【『満月情話』に続く】
 

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