珊瑚の出産① ※この画像は『妖ノ恋』さまの了解を得て公開しております。 吹く風が冷たくなった。 季節が秋から冬へと変わろうとしている。 紅葉は今が盛りだ。 赤、橙(だいだい)、黄、黄緑、緑、鮮やかな色彩が山野を彩る。 カサッ カサッ カサカサ・・・ 落ち葉を踏みしめ老婆と幼女が道を急ぐ。 日暮村を守る巫女の楓と養い仔のりんである。 隻眼の楓は刀の鍔(つば)を眼帯代わりにしている。 りん:「楓さま、急いでっ! 赤ちゃんが生まれちゃうぅ」 楓:「そう慌てんでも大丈夫だ、りん。初産(ういざん)は時間がかかるものと昔から決まっておる」 りん:「本当?」 楓:「ああ、本当だとも。まだ産道が開いてないからな」 りん:「産道って?」 楓:「赤ん坊が通って生まれてくる道のことだよ。女は皆、体内に道を持っておる」 りん:「りんにもある?」 楓:「勿論あるとも。いつか、りんが子供を産むとき道が開くだろう」 ザザッ・ザッザッ・・ザッザザッ・・ザザッ・・・ 落ち葉を蹴散らす勢いで墨染めの衣をまとった若い男が現れた。 珊瑚の夫、赤子の父親である法師の弥勒だ。 ザシュッ! 勢いよく手にもつ錫杖(しゃくじょう)を地面に突き刺し大きく喘(あえ)ぐ。 先日、妖怪退治を請け負って犬夜叉とともに村を離れていたはず。 それが、今、ここにいるということは・・・ 弥勒:「ハアッ・ハア・ハッ・・ハッ・・七宝が・・さっ・珊瑚が産気づいたと・・知らせてくれ・・駆けつけ・・てまいりました。ハアッ・・ハアッ・・後は・犬夜叉に・・まかせてきました」 よほど急いで走って来たのだろう。 髪は汗で頬に張り付き息が乱れている。 いつも泰然と事に対する弥勒にしては珍しく焦っている。 流石に初めての我が子の誕生に平静ではいられないらしい。 弥勒:「楓さまっ!」 楓:「落ち着きなされ、法師殿。産気づいたからといって、そうそう簡単に赤子は生まれんぞ。特に初めてのお産はな」 弥勒:「そっ、それでも、珊瑚がっ! 珊瑚が・・ひどく・・痛がっているのです。見ているこちらは・・生きた心地がいたしません。楓さま、お願いですっ! 何とかしてやってくださいっ!」 楓:「そうはいってもなあ、こればっかりは自然にまかせるしかないのだ」 弥勒:「ともかく急ぎましょうっ!」 そう云うなり弥勒はやにわに楓を引っ担ぎ走り出した。 楓:「こっ、これ、法師殿!」 弥勒:「りん、私達は先に行きます。後からゆっくり追ってきなさい」 すぐさま弥勒と楓の姿は見えなくなった。 あっという間の出来事だった。 りん:「・・・置いてかれちゃった」 ヒュルルル~~~~~~~ りんは晩秋の田舎道にひとりポツンと置き去りにされてしまった。 落ち葉が風に吹かれてカサカサと舞い散る。 すると近くの木立ちからガサガサと物音がするではないか。 狸か? 狐か? このところ、野盗や追剥(おいはぎ)という類(たぐい)の話は聞かない。 だが、万が一ということもある。 りんは警戒しつつ藪を見つめた。 ※『珊瑚の出産②』に続く [5回]PR