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『月の面影①』




※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


夜の静寂(しじま)の中、巨大な城が音もなく滑るように天空を移動する。
きらめく星空を背景に雲の中にそびえ立つ荘厳な城。
それは西国王の生母、王太后、狗姫(いぬき)の御方の居城である。
月の光を受け皓々と輝く白亜の城は幻想的なまでに美しい。
その光景を見れば誰もが天人の住まいかとおもうだろう。
だが、一歩、城の中に踏み込めば、そこでは生と死の戦いが繰りひろげられていた。
小さな人間の少女が苦しい息の中、迫り来る死と必死に戦っている。
少女は毒におかされていた。
予断を許さぬ少女の容態に周囲の誰もが憂慮している。


小さな人間の少女の名は【りん】。
今は西国王となった殺生丸が旅の途中でひろいいあげ、以後、手許に置きつづけた幼子だ。
殺生丸が極度の『人間嫌い』であることは妖界では広く知られている。
にもかかわらず大妖は少女を捨てるどころか手厚く庇護しつづけた。
それは、以前の冷酷非情な殺生丸を知る者からすれば驚天動地にもひとしい事実だった。
三年前、宿敵の奈落を滅した殺生丸は西国に帰還することになった。
その際、殺生丸は【りん】を半妖の異母弟、犬夜叉に縁(ゆかり)のある隻眼の巫女に託した。
当初、誰もが、これで大妖と少女の縁は切れるだろうと予測した。
だが、予想に反して殺生丸は西国に帰還してからも、寵愛する少女“りん”に逢う為、三日おきの人界への訪問を欠かさなかった。
その事実を鑑(かんが)みるだけで如何に大妖の少女に対する寵愛が深いかを窺(うかが)い知ることができるだろう。
それほどまでに西国王が愛する少女、【りん】が、なぜ、天空の城にいるのか。


【りん】は西国王の生母、王太后の狗姫(いぬき)に保護されたのだ。
人界で【りん】は妖怪に襲われた。
突然、人界で降りだした未曾有の大雨による洪水の発生。
それに乗じて【りん】は毒蛾妖怪に襲われた。
大雨で増水した川に落ちた【りん】を救出したのが権佐だった。
命じたのは狗姫である。
権佐は西国お庭番の頭領を務める妖忍である。


“遠見の鏡”で【りん襲撃】を知った狗姫は即座に【りん救出】を権佐に命じた。
普通に考えれば、まず実行不可能な用命だった。
そもそも天空の狗姫の城と【りん】が溺れている人界との間には遠大な距離が存在している。
どれほど権佐が速足であろうと物理的に間にあうはずがない。
だが、その難問を“遠見の鏡”と狗姫の術が解決した。
狗姫は滅多に使わぬ、いや、実際には使えない大技の中の大技、次元透過の術“神点(しんてん)”を“遠見の鏡”を介して発動させたのだ。
“神点”、それは次元を透過して遠く離れた場所へ瞬時に物体を移動させる術である。
発動させるだけで膨大な妖力を要する技である。。
大妖怪の狗姫といえども、ひとたび、“神点”の走波(移送)と終波(回収)を連続で行えば妖力の回復に少なくとも三日はかかる。
まして大した妖力もない者が使えば即死は間違いない。
それほどに危険な技なのである。
禁術といってもいい。
そんな途方もない大技“神点”を使えるのは、現在、狗姫のみである。


天空の城から人界へと送り込まれた権佐は即座に【りん】の捜索を開始した。
桜神老の加護もあいまって首尾よく【りん】を見つけ保護した権佐は天空の城に帰還した。
これでもう大丈夫と皆が安堵しかけたが、【りん】は毒に侵されていた。
遅効性の毒だったせいで発見が遅れたのである。
急遽(きゅうきょ)、当代きっての名医として名高い如庵が呼び出された。
如庵は西国の御典医である。
そして、今、全力で【りん】の治療に当たっている。


西国王、殺生丸は独身である。
美貌にして且(か)つ絶大なる妖力を誇る王は自国は勿論、他国からの縁談がひきもきらない。
しかし、その周囲には女性(にょしょう)の影がない。
恋人も愛人もいない。
もちろん、愛妾など影も形もない。
王の側近はすべて男性でかためられ、唯一の例外が殺生丸の乳母(めのと)だった女官長の相模である。
巷(ちまた)では『西国王は男色では?』という噂が真(まこと)しやかに囁(ささや)かれているほどである。
そんな浮いた噂ひとつない殺生丸が寵愛する存在の判明。
いや、【りん】の場合は寵愛というよりも溺愛に近い。
俄然、周囲は色めきたった。
まして少女は殺生丸の生母である王太后の狗姫が保護しているのだ。
いうならば、この時点で、少女、【りん】は西国王の寵姫として公認されたも同然なのである。


以前から事情を知り、そう思ってきた松尾と権佐は勿論のこと、今回、秘密を打ち明けられた御典医の如庵も、その事実を肝にめいじて少女の治療にあたっている。
松尾が【りん】の看病のため選び出した少数の女房衆も同じである。
少女は西国王が寵愛する唯ひとりの“寵姫”である。
何としても救わねばならない。
依然として【りん】の容態は安定しない。
高熱がつづき意識は朦朧(もうろう)としている。
夢とも現(うつつ)ともつかぬ意識の間(はざま)をさまよい続ける小さな人間の少女。
如庵を始めとして女房衆は、まんじりともせず熱にうかされる少女を見守りつづけた。


※『月の面影②』に続く

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