最後の回答(Final answer) フゥ~~~この処、散々、頭を悩ませてきました。 四魂の玉の 『正しい願い』なる物について。 正直云って、自分の考えが正解だなんぞとは、全然、自惚れてません。 それどころか、全くの不正解かも知れないとさえ思ってます。 唯、この『正しい願い』は、個々の【我欲】から遠く離れた物だろうと云う事だけは判ります。 まず、皆さま、思い出して下さい。 四魂の玉が、どのような経緯で珊瑚の実家の退治屋の里に辿り着いたのかを。(コミックス10巻参照) この世に出現して以来、四魂の玉は、何百年も持ち主を転々としてきました。何人もの人間や妖怪達が手中にしてきたのです。 そして、珊瑚の祖父の代になって、四魂の玉は、退治屋の里に戻って来ました。 最後の所有者は妖怪でした。 恐らく、我欲に塗(まみ)れていたのでしょう。 そのせいで、四魂の玉は、酷く汚(けが)れていました。 その汚れを浄化する為に、四魂の玉は、桔梗に預けられたのです。 四魂の玉を所有する者は、全て、非業の死を遂げてきました。 (例外は、ひとつも無いはずです。) 理由は、四魂の玉に、己の【我欲】に満ちた願いを聞き届けてもらおうとしたからです。 これは、桔梗でさえも例外では有りません。 桔梗の、半妖である犬夜叉を人間にすると云う願いは、一見、正しいように見えます。 しかし、突き詰めていけば、それは、恋人である犬夜叉と自分が一緒になりたいが為の願いです。 即ち、桔梗の【我欲】に他なりません。 弥勒を救わんが為に、何の罪も無い、りんちゃんを犠牲にしようとした珊瑚と全く同じレベルです。 酷な言い方になりますが・・・・。 そうした願い故に、桔梗は、あのような非業の死を遂げたと云えるのかも知れません。 では、『正しい願い』とは何か 管理人の考えでは、それは、四魂の玉の所有者の願いではないと思えるのです。 つまり、四魂の玉自身の願いを叶えてやる事ではないのかと思うのですが。 四魂の玉の中で何百年と繰り広げられてきた翠子と妖怪たちの虚しい終わりの無い戦い。 それを終らせてやる事こそ『正しい願い』ではないのかと考えるのですが、どうでしょうか 言い換えるなら、四魂の玉から翠子と妖怪の魂を開放してやる事、これこそが、『正しい願い』ではないのかと管理人は推測致します。 [0回]PR