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実家の母から電話がきた。
訃報だった。
母方の最年長の従兄の死だった。
ガンだとは聞いていた。
大腸ガンから最後は肺ガンへと転移して手の施しようがなかったという。
最初に発症したのが5年ほど前だから、頑張った方だと思う。
従兄とはいっても母方は男ばかりで女は最年少の私ひとり。
それもあってか小さな頃に母の実家にいった頃の思い出しかない。
唯、故人になった従兄は、細身の癖にやたら声が野太くてアクの強い性格だったことは覚えている。
それから絵が上手かった。
油絵が得意で母の実家に飾ってあった。
葬式の祭壇の横にも従兄が描いたものだろう。
油絵が二点、置かれていた。
告別式が終わってから親しい親族のみで火葬場に向う。
私の両親と兄、私も付いていった。
兄と私は故人から数えれば四親等だから割合に近いほうだと思う。
他の従兄弟どもも一人を除いて全員付き添った。
その一人は通夜に参列したらしい。
それにしても従兄弟どもと顔を会わせるのは何十年ぶりだった。
子供の頃の面影が微かに残っている。
従兄弟とはいっても殆ど他人だ。
これで一人でも女の従姉妹なりいたら話は違っていただろうに。
何ともつまらない。
火葬場で最後の別れをして、一旦、休憩場で遺体が焼き上がるのを待つ。
その間、随分と会っていなかった親戚と話を交わす。
午後1時、再度、火葬場へ。
焼けて骨だけとなった遺体が出てきた。
正直、ショックだった。
五歳の時、母方の祖父が亡くなって母や親戚が骨を拾っていた記憶がある。
祖父は高齢だったせいか骨がもろくなったいたのだろう。
余り骨が残っていなかった。
それに反して従兄は骨がシッカリ残っていた。
頭蓋骨も判別できた。
よくテレビドラマでやる殺人の現場検証で骨だけになった遺体もこんな風なのだろうか。
享年66歳、実年齢は65歳、平均寿命からいっても15年は早いせいだろう。
そういえば母方は骨太の家系だった。
私の母も手首が凄く太い。
父方に似たせいか、私の手首は細い。
体型はデブだが骨は細いのだ。
故人の骨拾いは遠慮した。
怖くて出来なかった。
兄も遠慮した。
母は故人の叔母にあたるので骨を拾った。
結婚する前は甥っ子として可愛がっていたらしい。
伯母(母の姉)と一緒に泣いていた。
やはり感情的に拘ってきた人間は悲しいのだろう。
従兄弟とはいえ、殆ど関わりのなかった兄や私は悲しいというよりも寂寥の思いが強い。
四親等とはいえ血の繋がりのある人間が、もう、この世にいないという事実。
従兄よりも遙かに年寄りな伯父や伯母が、まだまだ多数存命なのに。
(80過ぎが何人もゴロゴロしてる)
どうにも不条理だなあと感じてしまう。
兄が従兄の骨を見て『無常を感じる』といった。
私も同じように感じた。
それと同時に未だ直系で死んだ者がいない幸運に感謝した。
もし、父が、母が、兄が、夫が、子供が死んだら、どれほどの衝撃を受けるだろう。
想像がつかない。
思わず父に母に兄に『死んでくれるな』と頼んでしまった。
何度も何度も繰り返し言葉にした。
心からの願いだった。