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『濁流①=豪雨=』


 雨が降り続いている。
小糠雨(こぬかあめ)や霧雨のような少量の雨ではない。
雨粒の一つ一つが大きい。
天から大粒の雨粒が休む間もなく叩きつけるように降り注ぐ。
豪雨だ。
昼頃から降りだした雨。
止(や)む気配は一向にない。
大量の雨水が集中して河川に流れ込む。
しかし、量が多過ぎて排水が間に合わない。
見る間に水路から溢れ出す水、水、水。
決壊する堰(せき)、逆流する水。
氾濫する水が押し寄せてくる。
水の浸入が速すぎる。
逃げる時間さえ無い。
村でも低い位置に建てられた家々は、あっという間に濁った水に呑み込まれ見えなくなった。
荒れ狂う濁流に為す術もなく村人の命が失われていく。
助けに行こうにも、ここは農村であって漁村ではない。
肝心の船がないのだ。
そうする内にも水位はドンドン上がり高台にある楓の家にまで迫りつつある。
間の悪いことに犬夜叉も弥勒もいない。
妖怪退治を依頼され朝から家を留守にしているのだ。
この雨で何処かで足止めでもされているのだろう。
猫又の雲母(きらら)がいてくれれば空を飛んで戻ることも出来ただろうが、今は、生憎、琥珀と共に武者修行の旅に出て、ここ数年、戻ってない。
更に悪いことに七宝までもが妖術修行に出掛けていなかった。
せめて七宝だけでも居てくれれば狐妖術の風船球変化で助けられる村人もいただろうに。
楓は、最近、寄る年波に足腰がメッキリ弱り以前のようには動けない。
代わりに、かごめと珊瑚が中心になって走り回り村の衆に楓の家への避難を指図している。
篠突く雨に雨具など何の役にも立たない。
二人ともびしょ濡れになりながら陣頭指揮を取っている。
楓が、かごめに訊ねた。
 

「かごめ、りんを知らないか?」
 

「りんちゃん? 朝、顔を見たきりだけど」
 

珊瑚が口を出してきた。
顔色が真っ青になっている。
 

「家の双子と遊んでたんだ。でも、蝶を追いかけていって川の方へ・・・。その後、姿を見てない」
 

大水からの避難で誰も彼もが騒然としている。
そんな雰囲気の中、衝撃的な事実が判明した。
りんが何処にもいないのだ。
 


ヒラヒラと蝶が飛ぶ。
りんは見たこともない綺麗な蝶を夢中で追いかけていた。
鮮やかな朱色の四枚の羽根には上下に目のような模様がある。
朱色と黒が交じり合う上羽根の目は黄白色の縁取り。
黒の中に鮮やかな水色の斑点が散る下羽根の目は褐色の縁取り。
朱色、水色、黄色、白、褐色、そこに黒が入り、一層、鮮やかさを際立たせている。
かと思うと蝶が羽根をたたんだ瞬間、そこに現われるのは黒褐色の裏羽根。
よくよく見ると細(こま)かい縞が羽根一面に走っている。
まるで最上級の黒のお召しを纏((まと)う貴婦人のようだ。
正(まさ)しく豪奢と洗練の極み。
蝶が舞うごとに、緋色の羽根が、羽根を飾る目の模様が、ユラユラと揺れて催眠効果を発揮する。
四つの瞳にジッと見詰められている。
そんな錯覚さえ抱(いだ)かせる。
誰もが幻惑されそうになる。
蠱惑的な魅力を放つ妖美な蝶。
蝶の名は孔雀蝶。
華麗な姿に何と似つかわしいことか。
命名の由来は孔雀の羽根のような目を持つことに起因している。
本来、孔雀蝶は、高い山地に生息する。
そんな蝶が、何故、こんな人里に?
りんは孔雀蝶に誘われるままにフラフラと川の方へと誘導されていた。
ポツリ、水滴が頬を打つ。
ハッと、りんは正気に返った。
 

「あっ、あれ?」
 

周囲を見回してみた。
蝶は、もう何処にも見えなかった。
りんは、何時の間にか、珊瑚の家から、随分、遠ざかった場所に来ていた。
目の前には川が流れている。
ポツ・・・ポツ・・・ポツ・・・
最初は疎(まば)らに大地を打っていた雨が、急に、天水桶を引っくり返したような土砂降りに切り換わった。
アッという間もなく、りんはズブ濡れになっていた。
容赦なく降り注ぐ雨に新調の小袖が濡れて肌に張り付く。
髪から小袖からポタポタと雫が滴(したた)り落ちる。
 

「かっ、帰らなきゃ。楓さまが心配しちゃう!」
 

りんが慌(あわ)てて走り出そうとした瞬間、目の前に大きな影が立ちはだかった。
 


※『濁流②=暗躍=』に続く

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