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殺生丸とりんが劇的な再会を果たしてから半月が過ぎた。
豺牙一門の処罰は殆どおわった。
多少の混乱はあったが国内は一応の平穏を取りもどした。
漆黒の夜空に浮かぶ巨大な白亜の城。
いつもなら天然の煙幕、白雲に隠された城が今宵は全貌を明らかにしている。
その理由は目を下に向ければわかる。
眼下は黒々とした闇一色に染まる海だ。
月光に輝く白い波飛沫のみが海水のうねりを伝える。
城の周囲十里(※一里=約4キロメートル)四方には人っこ一人いない。
今宵、中天にかかるのは上弦の月、半月だ。
満月ほどではないが、中々に明るい。
狗姫(いぬき)は脇息によりかかって月を眺めながら呟いた。
「さて、忙しくなるな」
絶世の美姫が白銀の長い髪をクルクルと指で玩(もてあそ)びながら洩らした意味深な言葉。
頭の中で何を思い描いているのか金色の双眸が面白そうに煌めいている。
白皙の頬に一筋はしる鮮やかな朱の妖線が艶やかな美貌を更に引き立てている。
主が発した言葉の意味を逸早(いちはや)く察したのだろう。
嘗ての乳母(めのと)にして狗姫(いぬき)の腹心の女房、松尾がよどみなく応える。
こちらも銀灰色の髪に緑の眸と中々の美女である。
「若様とりん様の婚礼の儀にございますか?」
「うむ、殺生丸のことだ。あの様子では、直ぐにも、りんと婚儀を挙げたいと申すだろうな。愚息め、豺牙一門への沙汰を下したかと思えば、その後は何やかやと理由をつけてここに入り浸(びた)りおってからに。松尾もあれの駄々こねは覚えておろうが」
「はい、どれだけ西国から矢の催促が来ようが根が生えたように動かれませんでしたな」
「まあ、無理もないか。三年も、りんに逢えなかったのだからな。二年間は生死さえ不明だったのだから」
「実(まこと)に。あの頃の殺生丸様は荒れておられました。連日連夜、西国城下の遊郭へ通いつめておられたそうで。若様の苦衷(くちゅう)が偲(しの)ばれます」
「ふむ、あ奴め、相当に追い詰められておったようだ。だからこそ、方斎を使って反魂香で、それとなく、りんの生存を教えてやったのだが」
「あれは実に見事な方策にございましたな。誰にも御方さまの示唆とは覚(さと)られず。されど、りん様の無事は若様に伝わる仕儀。上々の首尾にございました」
「くくっ、松尾よ、そなたに褒められるなら上出来だな。今回の件で西国内に巣喰っていた鼠どもの掃除は粗方すんだ。次は国外の曲者(くせもの)どもが相手ぞ」
「若様との縁組を狙っていた者どもにございますな」
「殺生丸は、長年、鉄砕牙を求めて人界を彷徨っておったからな。如何に縁を結びたくとも肝心要のあれが西国におらんでは話の進めようがあるまい。人界におった間、女狂いの噂も聞かなんだ。まあ、多少の摘み喰い程度はあったのだろうが。愚息は父親とは違いえらく不精(ぶしょう)な性質(たち)のようだ。いや、不精ではないな。あ奴の場合、単に面倒臭いだけであろうよ。りんに対しては少しの手間も惜しまんのだから。マメでなければ女にはもてん。我が息子ながら惚れた女にはトコトン甘い。その点は父親にそっくりだな」
狗姫は脳裏に今は亡き夫の面影を思い起こした。
西国の先代、闘牙王、殺生丸の父親である。
狗姫にとって夫は父方の従兄であり生まれた時からの許婚(いいなずけ)でもあった。
血が近い従兄妹同士なだけにお互いの容貌は良く似ていた。
端麗な美貌と長い白銀の髪。
だが狗姫が妍姿艶質な美姫なら闘牙王は颯爽たる美丈夫だった。
それに狗姫の頬の妖線が朱色なのに対し闘牙王の妖線が青という点でも異なる。
狗姫が白銀の髪を二つにまとめるのに対し闘牙王は元結でひとつにまとめていた。
それは如何にも武将らしいスッキリとした姿だった。
闘牙王の容貌をひと言でいうなら『威風堂々』だろう。
ゆったりと構えた、その癖、隙のない威容が王者の誇りを感じさせる男だった。
「若様が人界にいた頃、小耳に入ってきた話ですが、気に障った者は女であろうと容赦なく毒華爪で消されていたそうにございます。その若様がああまで執着されているのです。りん様への思いは本物にございますな」
「さればこそよ、何としても、りんを護らねばならんのだ」
「今は若様がピタリとりん様に寄り添って護っておられますな」
「政務も何もかも放り出してな。業を煮やした尾洲と万丈が、直接、連れ戻しにこなければ、まだここに留まっておったに違いない。まったく我が息子ながら何と堪(こら)え性のない。りんは未だ月のものさえ来ておらん子供だというに。ともかく、あれが、どれほどせっつこうが、りんに初潮が来るまでは輿入れなどさせぬ。りんの養母たる妾(わらわ)が断じて許さん。かといって、これ以上、りんと殺生丸を引き離しておく訳にもいかん。とりあえず婚約だけでも公表して周(まわ)りを牽制しておかんとな。西国王の妃の座を狙うのは何も豺牙のように国内の者ばかりではない。周辺諸国は疎(おろ)か遙か遠方の国々まで虎視眈々と機会を窺う者ばかりだ。りんが脆弱な人間と知れば、ここぞとばかりに魔手を伸ばしてくるだろう。今後、りんの素性を探ろうと他国の者の出入りが激しくなるだろうことは必至。松尾よ、権佐に連絡をとって更なる警備の強化を申し付けておいてくれ。努々(ゆめゆめ)余所者(よそもの)に遅れを取ること罷(まか)り為らぬとな」
「承知いたしました。ほんに御方さまの仰る通りにございますな。若様との縁組を露骨に迫ってきた者どもにはこれまで以上に厳重な警戒が必要となりましょう」
【妍姿艶質(けんしえんしつ)】:美女の形容。「妍」は顔かたちが美しいこと。「艶」はあでやか、なまめかしいこと。
※『愚息行状観察日記(43)』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
ピィ-------ピピピピ・・・・
青空に小鳥の囀(さえず)りが響き渡る。
とは云っても、ここは地上ではない。
下界を遥か下に見下(みお)ろす雲の上に浮かぶ巨大な城。
その中庭に細波(さざなみ)のような笑い声が湧き起こる。
笑い声の中心は、まだ幼さが色濃く残る少女。
数名の女房衆に傅(かしず)かれ少女は楽しそうに笑っている。
鈴を転がすような声は軽(かろ)やかで柔らかい。
甘い声に相応しく少女の容姿は何とも愛らしい。
小さな顔を縁取る髪は艶(つや)やかな烏(からす)の濡れ羽色、白桃のような肌、絶妙に配置された小ぶりの鼻、花の蕾のような唇、なだらかな山を描く眉。
そして、何より素晴らしいのは闇に瞬(またた)く星を思わせる大きな瞳、長い睫毛が、それを更に強く印象付けている。
少女は大好きな養母を見つけると素早く打ち掛けをたくし上げ小走りに駆け寄った。
「お母さま!」
養母が溺愛する愛娘(まなむすめ)に目を細める。
養女が花のように愛くるしい美少女なら、こちらは絶世の美女である。
光を弾いて輝く白銀の髪を頭頂近くで二つに分けて結び背に流す特徴的な髪型、白磁の肌、柳の眉、金の瞳、頬に走る一筋の妖線が宝玉のような美貌を更に引き立てている。
美女は妖界でも最大の領土を誇る西国の前王妃にして当代国主、殺生丸の生母、王太后の狗姫(いぬき)である。
傍(かたわ)らの美少女は、三年前の或(あ)る日、突然、何処(どこ)からともなく現われ養女に迎えられたりん、人間である。
とはいえ、りんの存在は、ある理由から極秘にされている。
知っているのは、この城でも狗姫と筆頭女房の松尾、それに、りんの身の回りの世話をする松尾配下の口の堅い女房衆、数名のみである。
そして、残る一名は西国お庭番の頭領を務める権佐(ごんざ)であった。
「りん、そんなに走るな。転んで怪我(けが)でもしたら、どうする」
口調は厳しくとも、狗姫は養女に甘い。
いつものように娘の黒髪を愛おしげに撫でてやりながら、御転婆(おてんば)気味の行動を嗜(たしな)める。
「は~い、気を付けます、お母さま」
筆頭女房の松尾が習い事の時間を告げる。
「さあさあ、りんさま、お勉強の時間にございますよ。今日は和歌にございます。準備をなされませ」
遊び時間の終わりに、少女がプッと頬を膨(ふく)らませる。
「エ~~~っ、もう、そんな時間なの。もっと皆(みんな)と遊んでいたいのに・・・」
そんな少女の気を惹くように松尾が言葉を連(つら)ねる。
「お勉強が終わったら、“おやつ”に致しましょう。美味しい金平糖がございますよ。つい先程、権佐殿が、お土産に持って来てくれたのです」
「本当、嬉しい!」
それを聞いた途端、少女はニッコリ微笑み勉強用に割り当てられた部屋へチョコチョコと速足で歩いていった。
側仕えの女房衆もゾロゾロとりんに付いて移動する。
少女と入れ替わりに大柄な男が入って来た。
身体は人型、頭部は犬、先程の話に出てきた西国お庭番の頭領を務める権佐である。
毛皮に、黄、黒、焦げ茶色が雑(ま)じりあっている処から“斑(まだら)の権佐”という通り名を持つ。
妖界では三本の指に数えられる凄腕の妖忍である。
早速、狗姫が権佐に声をかけた。
「久し振りだな、権佐。その後、彼奴(きゃつ)らに目立った動きはないか」
その件について報告する為に伺候(しこう)してきた権佐は女主に一礼すると挨拶もソコソコに本題に入った。
「ハッ、御方さまにはご機嫌麗しゅう。ご報告いたします。流石に痺れを切らしたようにございます。この三年、当代様から色好い返事を貰(もら)えなかったせいでございましょうか。殆どゴリ押しの形で大掛かりな紅葉狩(もみじが)りを催す次第に漕ぎつけました。紅葉の鑑賞とは口実、実際の処は体(てい)の良い花嫁選びにございましょうな」
狗姫のいう彼奴らとは、娘や姪、または孫など、己の血筋に連なる者に、狗姫の息子、西国王、殺生丸の花嫁の座を射止めさせようと暗躍する古狸(ふるだぬき)どものことである。
中でも殺生丸の父、先代、闘牙王の母方の従兄弟に当たる遠戚(えんせき)の豺牙(さいが)が、その最たる者であった。
「そうか、では、そろそろ潮時だな、こちらも動くとするか」
狗姫が筆頭女房の松尾と顔を見合わせニヤリと笑った。
松尾は狗姫の乳母(めのと)、即(すなわ)ち育ての親、腹心中の腹心である。
狗姫が何を思い考えるのか口にせずとも察することが出来る。
思慮深い緑の瞳が主に『諾(だく)』と頷(うなづ)く。
それまで、どことなく物憂げだった金の瞳が不意に強い光を放つ。
口許に反し狗姫の目は全く笑っていない。
それは、この三年間、泳がし続けた獲物を仕留める瞬間を計る捕食者の笑みだった。
以前、りんは人界で暮らしていた。
六年前、西国に帰還する直前、殺生丸が犬夜叉に所縁(ゆかり)のある隻眼の巫女にりんを預けたのだ。
人界は未だ戦国の世だったが、巫女の村は平和で穏やかな暮らしが三年続いた。
それが崩れたのは三年前、未だ嘗(かつ)てない大雨が人界に降った日のことだった。
西国王の殺生丸が寵愛する人間の少女、その存在を嗅ぎ付けた何者かが、りんの暗殺を企てたのだ。
りんは毒蛾妖怪の手で川の側へ誘(おび)き出され大雨で増水する川に落とされた。
もう少しで危うく“溺死”に見せかけ殺されるところだった。
それを辛くも救ったのが狗姫と権佐だった。
狗姫は“遠見の鏡”を通して次元透過の大技『神点』を使い権佐を妖界から人界へと送り込み川に落ちたりんを救った。
気絶したりんを抱きかかえたまま、権佐は、狗姫の『神点』で天空の城に戻ってきた。
しかし、城に連れて来られたりんは毒蛾妖怪の猛毒に中(あた)り高熱を出し、意識のないまま、三日、寝込んだ。
四日目に、やっと意識を取り戻した時、りんは何も覚えていなかった。
【りん】という自分の名前以外、全てを忘れていた。
これまでの生((お)い立ちは勿論、殺生丸のことさえも。
それ以後、三年間、記憶を喪失したりんを狗姫は秘かに匿(かくま)い、己の養女として、それはそれは大切に育ててきたのだった。
三年も親子として暮らし思いを掛け続ければ情も湧(わ)く。
況(ま)して、りんは、狗姫を母として、心底、慕っているのだ。
どうして可愛いと思わずにいられるだろう。
溺愛する養女の敵(かたき)を討つべく決意を固めた美女は、妖艶な笑みを、一層、深くした。
【紅葉狩(もみじが)り】::山野に紅葉を鑑賞に行くこと。
【伺候(しこう)】::①高貴な人の側近くに仕えること。②目上の人の処に参上してご機嫌伺いをすること。
※『愚息行状観察日記(42)=御母堂さま=』に続く