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『愚息行状観察日記(42)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


殺生丸とりんが劇的な再会を果たしてから半月が過ぎた。
豺牙一門の処罰は殆どおわった。
多少の混乱はあったが国内は一応の平穏を取りもどした。


漆黒の夜空に浮かぶ巨大な白亜の城。
いつもなら天然の煙幕、白雲に隠された城が今宵は全貌を明らかにしている。
その理由は目を下に向ければわかる。
眼下は黒々とした闇一色に染まる海だ。
月光に輝く白い波飛沫のみが海水のうねりを伝える。
城の周囲十里(※一里=約4キロメートル)四方には人っこ一人いない。


今宵、中天にかかるのは上弦の月、半月だ。
満月ほどではないが、中々に明るい。
狗姫(いぬき)は脇息によりかかって月を眺めながら呟いた。


「さて、忙しくなるな」


絶世の美姫が白銀の長い髪をクルクルと指で玩(もてあそ)びながら洩らした意味深な言葉。
頭の中で何を思い描いているのか金色の双眸が面白そうに煌めいている。
白皙の頬に一筋はしる鮮やかな朱の妖線が艶やかな美貌を更に引き立てている。
主が発した言葉の意味を逸早(いちはや)く察したのだろう。
嘗ての乳母(めのと)にして狗姫(いぬき)の腹心の女房、松尾がよどみなく応える。
こちらも銀灰色の髪に緑の眸と中々の美女である。


「若様とりん様の婚礼の儀にございますか?」

「うむ、殺生丸のことだ。あの様子では、直ぐにも、りんと婚儀を挙げたいと申すだろうな。愚息め、豺牙一門への沙汰を下したかと思えば、その後は何やかやと理由をつけてここに入り浸(びた)りおってからに。松尾もあれの駄々こねは覚えておろうが」

「はい、どれだけ西国から矢の催促が来ようが根が生えたように動かれませんでしたな」

「まあ、無理もないか。三年も、りんに逢えなかったのだからな。二年間は生死さえ不明だったのだから」

「実(まこと)に。あの頃の殺生丸様は荒れておられました。連日連夜、西国城下の遊郭へ通いつめておられたそうで。若様の苦衷(くちゅう)が偲(しの)ばれます」

「ふむ、あ奴め、相当に追い詰められておったようだ。だからこそ、方斎を使って反魂香で、それとなく、りんの生存を教えてやったのだが」

「あれは実に見事な方策にございましたな。誰にも御方さまの示唆とは覚(さと)られず。されど、りん様の無事は若様に伝わる仕儀。上々の首尾にございました」

「くくっ、松尾よ、そなたに褒められるなら上出来だな。今回の件で西国内に巣喰っていた鼠どもの掃除は粗方すんだ。次は国外の曲者(くせもの)どもが相手ぞ」

「若様との縁組を狙っていた者どもにございますな」

「殺生丸は、長年、鉄砕牙を求めて人界を彷徨っておったからな。如何に縁を結びたくとも肝心要のあれが西国におらんでは話の進めようがあるまい。人界におった間、女狂いの噂も聞かなんだ。まあ、多少の摘み喰い程度はあったのだろうが。愚息は父親とは違いえらく不精(ぶしょう)な性質(たち)のようだ。いや、不精ではないな。あ奴の場合、単に面倒臭いだけであろうよ。りんに対しては少しの手間も惜しまんのだから。マメでなければ女にはもてん。我が息子ながら惚れた女にはトコトン甘い。その点は父親にそっくりだな」


狗姫は脳裏に今は亡き夫の面影を思い起こした。
西国の先代、闘牙王、殺生丸の父親である。
狗姫にとって夫は父方の従兄であり生まれた時からの許婚(いいなずけ)でもあった。
血が近い従兄妹同士なだけにお互いの容貌は良く似ていた。
端麗な美貌と長い白銀の髪。


だが狗姫が妍姿艶質な美姫なら闘牙王は颯爽たる美丈夫だった。
それに狗姫の頬の妖線が朱色なのに対し闘牙王の妖線が青という点でも異なる。
狗姫が白銀の髪を二つにまとめるのに対し闘牙王は元結でひとつにまとめていた。
それは如何にも武将らしいスッキリとした姿だった。
闘牙王の容貌をひと言でいうなら『威風堂々』だろう。
ゆったりと構えた、その癖、隙のない威容が王者の誇りを感じさせる男だった。


「若様が人界にいた頃、小耳に入ってきた話ですが、気に障った者は女であろうと容赦なく毒華爪で消されていたそうにございます。その若様がああまで執着されているのです。りん様への思いは本物にございますな」

「さればこそよ、何としても、りんを護らねばならんのだ」

「今は若様がピタリとりん様に寄り添って護っておられますな」

「政務も何もかも放り出してな。業を煮やした尾洲と万丈が、直接、連れ戻しにこなければ、まだここに留まっておったに違いない。まったく我が息子ながら何と堪(こら)え性のない。りんは未だ月のものさえ来ておらん子供だというに。ともかく、あれが、どれほどせっつこうが、りんに初潮が来るまでは輿入れなどさせぬ。りんの養母たる妾(わらわ)が断じて許さん。かといって、これ以上、りんと殺生丸を引き離しておく訳にもいかん。とりあえず婚約だけでも公表して周(まわ)りを牽制しておかんとな。西国王の妃の座を狙うのは何も豺牙のように国内の者ばかりではない。周辺諸国は疎(おろ)か遙か遠方の国々まで虎視眈々と機会を窺う者ばかりだ。りんが脆弱な人間と知れば、ここぞとばかりに魔手を伸ばしてくるだろう。今後、りんの素性を探ろうと他国の者の出入りが激しくなるだろうことは必至。松尾よ、権佐に連絡をとって更なる警備の強化を申し付けておいてくれ。努々(ゆめゆめ)余所者(よそもの)に遅れを取ること罷(まか)り為らぬとな」

「承知いたしました。ほんに御方さまの仰る通りにございますな。若様との縁組を露骨に迫ってきた者どもにはこれまで以上に厳重な警戒が必要となりましょう」


【妍姿艶質(けんしえんしつ)】:美女の形容。「妍」は顔かたちが美しいこと。「艶」はあでやか、なまめかしいこと。

 

※『愚息行状観察日記(43)』に続く

 

 


 

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