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『愚息行状観察日記(39)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


明言通りに権佐(ごんざ)は半時(約一時間)で如庵を連れ帰った。
権佐の背に負ぶわれた如庵は小柄で、その容貌は如何にも好々爺然(こうこうやぜん)としていた。
フサフサした金茶色の顎鬚(あごひげ)と長く伸びた眉毛が如何にも優しげで見る者に安心感を与える。
道々、権佐から事情を聞かされてきたのだろう。
到着するなり、如庵は、挨拶もそこそこに、りんが寝かされている部屋へと急いだ。
りんの容態を目にした如庵は、早速、りんが襲われた際の詳細を狗姫(いぬき)から聞き出した。
 

「御方さま、毒蛾妖怪の毒と伺いましたが、そ奴の風体(ふうてい)は、どのような感じでしたかな」
 

「そうだな、一見、女と勘違いしそうな男だった。顔に何ともケバケバシイ化粧を施しておってな。それがまた、赤、青、黄、緑と、きつ過ぎる原色の紋様だった。異様なまでに毒々しかったぞ」
 

「成る程、それは、ちと厄介ですな。その種族の使う毒は極めて毒性が高い。ともかく善処いたしましょう」
 

「済まぬな、如庵、何としても、りんを助けてくれ」
 

「それにしても、御方さまが、それ程までに気に掛けられるとは・・・。一体、この人間の少女は何者なのですかな?」
 

「如庵、それを聞いたら、そなたも我らと一蓮托生、此度(こたび)の事に関して、今後、一切の他言無用を誓ってもらう必要があるのだが、覚悟は良いか?」
 

「何を今更、有無(うむ)を言わせず、この城に連れてこられた時点で、もう、既に、そうなっておりますぞ」
 

「フム、それもそうだな。よし、そなたには話しても良かろう。りんはな、如庵、殺生丸の許婚(いいなづけ)なのだ」
 

狗姫の言葉に、それまで医師らしく落ち着いた物腰だった如庵が目を見張った。
権佐から毒に侵された人間の治療を要請され、ここまで来はしたものの、内情までは知らされていなかったのだ。
 

「なっ、何と!? それは真(まこと)にございますか」
 

「こんな事で嘘を言ってどうする」
 

「しっ、しかし・・・殺生丸さまは極めつけの人間嫌いのはずでは!?」
 

「確かに、数年前まではな。だが、今は、そうとは言い切れんのだ」
 

優れた医師は往々にして洞察力に長(た)けている。
況(ま)して如庵は妖界きっての名医と謳(うた)われる医師である。
わずかな言葉のやり取りから如庵は凡(おおよ)その事を推察した。
 

「成る程、だからでございますか。わざわざ妖界から刺客が送られたのは。殺生丸さまが寵愛する人間の少女を亡き者にしようと」
 

「フッ、流石に察しが良いな、如庵」
 

如庵は、つと居住いを正(ただ)し真剣な表情で狗姫に向かい頭(こうべ)を垂れた。
それは西国城に仕える御典医としての如庵の顔だった。
 

「恐れ入ります。では、この如庵、医師として当代さまの御寵姫(ごちょうき)、りんさまの治療に全力で当たらせて頂きます」
 

「頼んだぞ」
 

「はっ!」
 

如庵の懸命な治療の甲斐あって、三日後、りんの熱は下がった。
話は前後する。
りんが生死の境を彷徨っていた頃、桜の精が、この世を去ろうとしていた。
神とまで称えられた桜の長老、二千年の樹齢を誇る神代櫻の樹仙、桜神老(おうじんろう)である。
今回の雨は、桜神老の長い膨大な記憶をもってしても前例のない未曾有の大雨だった。
大量の雨水はアッという間に水路から溢れ出し陸地を侵略し始めた。
地面に溢れ出した水は泥を溶かし黄土色の水魔へと変化する。
水、水、水、視界を覆いつくす濁った泥水が強大な水魔となって桜の大木に襲いかかってくる。
その様を桜神老は樹上から見下ろしていた。
立烏帽子(たてえぼし)、狩衣(かりぎぬ)、髪も髭も全てが淡い薄紅色の老人である。
スラリと丈高い容姿は高雅で侵しがたい気品がある。
なにもかも全てが、以前、桜神老の予知したままだった。
この大水を予知した段階で水の流れを意図的に迂回させることは可能だった。
そうすれば桜神老の寿命は少なくとも、後二・三百年は延びただろう。
だが、水の流れを変えた場合、予知した以上の人命が犠牲になるだろうことは間違いなかった。
何より、りんと殺生丸の運命に許容量を超えた大幅な干渉をすることになる。
過去から現在、そして未来に向けて張り巡らされた因果の糸、それは精妙にして複雑な重なり具合で縒(よ)り合わされている。
それを極わずかでも違(たが)えることを桜神老は畏(おそ)れた。
何故なら、ほんの些細な要因で未来は全く異なる様相を見せることが多々あるのだ。
だからこそ、桜の老公は己の運命を甘んじて受け入れた。
りんに扇を渡す以外、何もせず、静かに最期(さいご)の時を待っていた。
大量の泥水が、神代櫻の内部に隠された洞(うろ)を直撃した。
限界を超える水圧が、遂に巨木の生命を断ち切った。
押し寄せる激流に耐え切れず、桜の大木は極太の幹の根元から折れた。
バキッ!バキバキッ!バキッ!バキ・・バキ・・・
ズズ・・・ン・・・ドド・・・・ン・・・・バシャバシャ・・・・バシャ-----------ンッ!
 

「皆の者・・・さらばだ」
 

薄紅色の老人の姿が次第に霞んでいく。
最後は大気に溶けこむように完全に消え失せた。
ひとひらの桜の花弁が風に乗ってヒラヒラと飛んでいく。
桜の花弁は辿り着く先を知っているかのように空高く上(のぼ)っていく。
ひらりひらひら・・・ひらひらひらり・・・ひらり・・・ひらり・・・
気流に乗り桜の花弁は飛ぶ。
天空に浮かぶ巨大な城の中の一室に眠る人間の少女の許へと。
その枕元に置かれた小さな桜の扇。
桜の花弁は扇に描かれた桜の中にスッと吸い込まれるように消えた。
神代櫻の樹仙、桜神老が授けた扇、『惜春(せきしゅん)』は、これ以後、数々の危難からりんを守ることになる。
『惜春』、それは風に舞う桜から着想を得た桜神老が、自(みずか)ら、扇につけた銘であった。

 


※『愚息行状観察日記(40)=御母堂さま=』に続く

 

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