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『愚息行状観察日記(38)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


「一鼓(いっこ)、伝送を頼む」
 

「きゅいっ」
 

権佐の言葉に右肩の一鼓が応じる。
それまで伏せられていた長いびしょ濡れの耳がピンと立った。
雫(しずく)が飛び散る。
激しく降りつける雨に権佐も全身ずぶ濡れである。
川に落ちたりんは言わずもがなである。
 

「聞こえますか、御方さま」
 

「ああ、多少、雨音が煩(うるさ)いがチャンと聞こえるぞ」
 

権佐の問いかけに僅かな時間差をおいて狗姫(いぬき)の声が返ってくる。
二鼓(にこ)が送り返してきたものだ。
見事な送信と受信である。
二匹の天鼓の連携能力の賜物(たまもの)であった。
 

「りんさまを発見しました。御命に別状はないものの、かなり弱っておられます。至急、そちらに転送を願います」
 

「相判った。今直ぐこちらへ引き戻そう。アモーガ オン アボキャ シッディ アク “神点” 終波!」
 

先程、権佐を人界へと送り出した強烈な光が権佐とりんを包み込んだ。
眩(まぶ)しいと感じた次の瞬間、権佐はりんを腕に抱いたまま元の場所に戻っていた。
天空の城の中にある狗姫の私室に。
 

「りんっ!」 「りんさまっ!」
 

権佐が抱きかかえたりんに狗姫と松尾が駆け寄る。
りんの衰弱した容態を見た狗姫が即座に指示を出す。
 

「松尾、如庵を!判っておろうな。くれぐれも、今回の事は他言無用ぞ!」
 

「心得ております、御方さま」
 

筆頭女房の松尾は同時に狗姫の乳母(めのと)でもある。
謂(い)わば狗姫の育ての親である。
だからこそ阿吽の呼吸で松尾は狗姫の云わんとする事を察した。
話に出てきた『如庵』とは妖界きっての名医と名高い西国の御典医である。
その如庵を極秘に招請せよとの示唆なのだ。
大っぴらに御典医を呼んだりしては、りんの殺害を企(たくら)んだ者どもに、りんが生きている事が露見する恐れがある。
その危険を回避する為には、極力、りんの事を伏せておく必要があった。
松尾の采配の元、信用の置ける数名の女房が呼ばれ、りんを別室に運んだ。
その様子を見届けてから、狗姫は、ずぶ濡れの権佐に向き直り、今回の探索の労をねぎらった。
二匹の天鼓は用済みとばかりに既に姿を消している。
 

「ご苦労だったな、権佐。ゆっくり休んでくれ。それにしても、あの大水の中、よくぞ、りんを見つけてくれた。礼を云うぞ」
 

「御方さま、実は・・・」
 

権佐は狗姫にりんを助け出すに到った不思議な経過を詳しく報告した。
 

「そして、これが、りんさまを救った桜の扇にございます」
 

権佐は懐(ふところ)から小さな扇を取り出し狗姫に手渡した。
 

「これは・・・桜神老(おうじんろう)の物ではないか。この匂い、間違いない。そうか、桜の御老公が、りんを」
 

狗姫は手渡された小さな扇を鼻に近づけクンと嗅(か)いでみた。
雅(みやび)な桜の匂いに交(ま)じって、少々、不快な泥水の匂いがした。
そして、その中に、極々、微かながら血の匂いが雑(ま)じっている。
 

「りんの血の匂いがウッスラとするな。丸太に傷つけられた時のものだろう。ということは・・・血の盟約か!?」
 

「桜神老さまが、りんさまと血の盟約を!?」
 

ハッと権佐が驚いて狗姫に問い質(ただ)す。
 

「ああ、この血の匂いが証(あかし)だ。紛(まぎ)れもなく盟約は交(か)わされたな。今後、この桜の扇は、如何なる危難からも、りんを守ろうとするだろう」
 

そのまま扇を手に狗姫が桜神老に思いを馳(は)せようとした時、慌しく松尾が駆け込んできた。
 

「御方さま、りんさまがっ!」
 

「りんが如何した、松尾!?」
 

「急に激しく震えだされ熱がっ!」
 

「松尾、如庵が、ここに着くまでに、どれほど掛かる?」
 

「少なくとも一刻(約二時間)は掛かろうかと」
 

切迫した雰囲気の狗姫と松尾の話に権佐が割り込んできた。
 

「御方さま、某(それがし)に如庵殿を迎えに行かせて下さい」
 

「そなたがか。しかし、権佐、お主は、人界でのりんの探索で疲れておろうに」
 

「これしきの疲れ、何程の事でもございません。それに私の速足なれば如庵殿を半時(約一時間)でお連れ出来ます」
 

寸時(すんじ)、目を瞑(つむ)って思案に耽(ふけ)った狗姫が顔を上げた。
 

「よし、判った。権佐、如庵を迎えに急行してくれ。頼むぞ。恐らく、りんは毒蛾の毒に侵されている。すぐさま如庵に診せる必要がある」
 

「御意!」
 

云うが早いか、権佐は旋風(はやて))のように姿を消した。
 

「御方さま、りんさまが毒に侵されてるとは?」
 

「松尾、そなたも見ておっただろう。あの毒蛾男めが、りんを鞭打ったのを。多分、あ奴の鞭には毒が仕込んであったのだ。それも即効性ではなく遅効性の毒がな。仮に川に落ちたりんが運良く助かったとしても、今度はジワジワと毒が回り確実に命を奪う。全く、二重・三重の罠とは、この事だな」


※『愚息行状観察日記(39)=御母堂さま=』に続く
 

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