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『満月情話②』最終回萌え作品⑦

刻々と遠ざかる不快な臭い。
今、こうしている間にも距離が大きく開きつつあるのが判る。
殺生丸は、途中から察知した狼の臭いを引き続き意識の上で追尾していた。
並外れて感度の高い殺生丸の嗅覚感知能力である。
この程度の事、何の造作もない。
普通の狼の臭いなら気にも留めなかっただろう。
だが、それは忘れようにも忘れられない記憶を刺激する臭いだった。
りんを噛み殺した妖狼族の狼の臭い。
あの時は、まだ、りんが自分に取って、どれ程、大切な存在か自覚していなかった。
だから、りんを噛み殺し貪(むさぼ)り喰う狼どもを威嚇するだけに止(とど)めた。
だが、今、あの狼どもが目の前に現れたなら容赦なく引き裂いてくれよう。
ギリッ・・・・噛み締めた唇に血が滲む。
口中に広がる鉄錆のような匂いと味。
りんが味わったであろう凄まじい苦痛と恐怖。
それを思えば、どうして奴らを生かしておけようか。
引き裂かれた小さな身体、噛み砕かれた細い喉、飛び散った鮮血は血溜まりとなって広がりジワジワと地面に沁み込んでいた。
光を失った虚ろな目、声なき断末魔は、私を呼んだのだろうか。
思い出す度、肺腑を抉(えぐ)られるような気がする。
二度と、あのような目には遭わせぬ!
何者にも傷つけさせはせぬ!
もう天生牙でさえ、お前を蘇らせる事はできないのだから!
不意に臭いが途切れた。
狼どもは、殺生丸の捕捉できる限界領域から飛び出したらしい。
今回は見逃してやる。
どうも、妖狼族の狼どもを逃がすのに犬夜叉が手を貸した節(ふし)があるようだしな。
だが、今後、りんの周囲に、あの不快な臭いを、極、僅かでも感知したら・・・・。
その時は、一切、容赦はせん。
即刻、この手で葬り去ってくれようぞ。
強力無比な爪を鳴らす。バキバキッ!
殺生丸は酷薄な笑みを口の端に浮かべる。
それを見ていた邪見は、ゾゾ~~ッと戦慄が背筋に走るのを抑えられなかった。
(ヒィ~~~こっ、怖い! せっ、殺生丸様が笑ってらっしゃる!)
口許は笑っていながら、殺生丸の目は、笑っていなかった。
獲物を狙う猛禽のような剣呑なまでに鋭い光を宿していた。
カサッ、微かな物音。
嗅覚が鋭いとはお世辞にも云えない邪見にも感じ取れる柔らかな甘い匂い。
温泉に浸かって、充分、温まったせいだろう。
りんの体臭が、今宵は、一際、艶(あで)やかに匂う。
つい先程まで、あれほど強く吹いていた風が、ピタリと止んだ。
何時も月の輝きを邪魔する雲が折からの強風で綺麗に吹き払われている。
遮る物のない明澄な月明かりに浮かび上がるりんの姿。
それを目にした途端、殺生丸から殺気が消えた。
りんは、以前、殺生丸が贈った小袖を身に付けていた。
若草色の小袖に散らされた可愛らしい手毬紋様。
西国の女官長、相模が見立てた手毬尽くしの紋様。
大小様々な手毬が小袖全体に配された紋様が、まだ大人にならない少女の愛らしさに、この上なく相応しい。
踊るような手毬は、りんの軽やかな所作を思わせる。
相模が、この紋様を選んだのは、殺生丸の心中を察しての事だろう。
紋様に籠められたりんの健やかな成長を願う思い。
そして、微かに混じる焦(じ)れったさ。
未だ幼い少女に対して成長を急(せ)かしたくなる殺生丸の気持ち。
それを見透かした相模が、この紋様を選んだのであった。

「殺生丸さま」

「・・・・りん」

満月の光に映し出された少女の姿は、シットリと露に濡れた笹百合のような艶を放っていた。
そんなりんに殺生丸は目を瞠(みは)る思いがした。
(気付かなかった。子供子供しているとばかり思っていたのに・・・何時の間に)
横から響いてきた濁声(だみごえ)が、一挙に艶(つや)やかな雰囲気を台無しにした。
得意気に、邪見が籠に山盛りの秋の味覚を、りんに差し出す。

「ホ~~レ、りん、お前が大好きな栗に茸、山葡萄じゃぞ!」

「ワア~~美味しそう! 有難う、殺生丸さま、邪見さま」

りんが大喜びで邪見から籠を受け取る。

「・・・・邪見」

「はい?」

主の方に振り向いた従者を力任せの足蹴りが襲う。

「ア”~~~~~~~~ッ! なっ、何でぇ~~~~~~っ?!」

月の兎の仲間入りをするように見事な弧を描いて邪見が飛んでいく。
そのまま邪見の姿は中秋の名月に吸い込まれるように消えていった。


                            『満月情話③』に続く




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