『降り積もる思い(22)=巫蠱(ふこ)=』 巫蠱(ふこ)の術・・・・か、今、思い返しても胸くそが悪くなるような代物だぜ。 傷の癒えた珊瑚と地念児の薬草で瘴気から回復した雲母(きらら)を連れて旅を再会した俺たち。 勿論、目的は四魂の欠片と奈落の探索だ。 とは云っても、これといった当てが有る訳じゃねえ。 とりあえず、四魂の欠片を捜しつつ怪しげな処を片っ端から虱(しらみ)潰しに潰していく。 そうすれば、その内、否(いや)でも奈落にぶち当たるだろうって算段だ。 奈落は四魂の欠片を欲しがってたからな。 偶然、通りかかった村でのことだった。 その村では、空から妖怪の残骸が降ってきて大いに難儀していた。 何せ、残骸とはいえ、邪気の塊りみてえな代物だからな。 そのせいで、年寄りや子供、弱い者からバタバタ倒れてるって話だった。 困りきった村人たちは、法師の弥勒を見て、もっけの幸いとばかりに妖怪退治を頼んだって訳だ。 そんな頼み事、無視する積もりが、弥勒の野郎、チャッカリ御礼の銭まで貰ってやがった。 いっ、何時の間に・・・・。 仕方がねえ、サッサと邪気の素を始末して先に進もうと思ってたら・・・・。 珊瑚が、気になることを云い出した。 それ程、強い邪気を発する妖怪が奈落の他にいるのか?ってな。 そう云われてみると、確かにそうだ。 もしかすると、それも奈落のせいかも知れねえ。 とにかく、周辺で瘴気を発してる場所を探して取り除く必要があった。 俺の鼻を頼りに邪気の元を探っていくと、瘴気の源は険しい山の中にあった。 辺りは、草木一本、生えてない。 瘴気のせいだな。 山の中腹に作られた大掛かりな巫蠱(ふこ)の檻(おり)。 奈落を追い求める俺たちは、思いがけなくも奴の仕掛けた罠に踏み込んでいた。 尤も、奈落自身も、俺たちを引き込む気は全く無かったみたいだけどな。 物識りの弥勒から聞いた話じゃ、巫蠱(ふこ)の術ってのは、まず、一つの器の中に毒虫や蜥蜴(とかげ)、蛙(かえる)や動物を入れて殺し合わせる。 そして、最後に残った者が蠱毒という生き物になるっていうトンデモナイ呪術だ。 奈落の奴、それを、妖怪相手に仕掛けやがった。 あれは如何にも怪しげな雰囲気を発する穴の入り口だったな。 入り口周辺は組み込まれた丸太で出来てる。 明らかに人の手で作られた物だ。 たかが妖怪退治に全員が雁首(がんくび)揃えて行くこともねえ。 俺と弥勒、男二人で充分だ。 そう思って、かごめと珊瑚は入り口で待機させといた。 中に入ってみると、くり抜かれた坑道が続いてる。 どうやら、此処は何かの廃坑の跡みてえだ。 武蔵の国は製鉄が盛んだからな。 かごめの持ってた、エ~~と、『カイチュウデントウ』とかいう道具で周囲を照らしてみる。 ンッ、弥勒が、へたり込んで今にも戻しそうじゃねえか。 邪気に当てられたらしい。 チッ、だらしねえな。 俺には、この程度の瘴気、どうってことねえが、弥勒の奴は、そうもいかねえらしい。 ズウウウウウン・・・ 物音がする。 何かいる、それも一匹じゃねえ。 弥勒を背負って音のする方へ直行してみた。 近付くに従い、微かに光が見えてきた。 それは、巨大な空洞への入り口だった。 天井部分に穴が開いていて光は其処から漏れている。 ゴ~~~ゴボゴボ・・・・ゴボボボ・・・・ 水の音がする。 目を凝らしてみれば下の方に溜まっているのは妖怪の残骸じゃねえか。 ザザザザザ————— その残骸が、見る間に合体して二匹の妖怪が水面から起き上がった。 そして、闘い始めた。 異様な眺めだったぜ。 そいつらの体は明らかに他の妖怪どもの寄せ集めだった。 勝敗は、あっけなく付いた。 すると負けた奴の体が勝った方の体に混ざっていくじゃねえか。 アイツら、なっ、何なんだ?! 勝ち残った最後の一匹が、俺達の気配に気付いた。 ギロッとコチラを睨んで喚きやがった。 「そこに、まだ一匹いるな!!」 ヘッ、気付かれたか。 確かにな、俺も、半分、妖怪だからな。 まあ良い、相手してやるぜ。 こいつが邪気の素だ。 つまり、こいつを、やっつけちまえば用は片付く。 鉄砕牙を抜き放ち斬り付けた。 だが、流石に最後まで生き残っただけあるぜ。 躱(かわ)しやがった。 チッ、しぶといぜ。 中々、簡単には仕留められねえ。 弥勒が叫んでやがる。 アア? 何だって? 『刀をひけ』だあ、馬鹿云ってんじゃねえ! 闘わなけりゃ殺されちまうぜ。 そしたら、弥勒が、俺を説得するために巫蠱(ふこ)の術についてを説明し始めたんだ。 この巨大な空洞が何百という妖怪どもを闘わせる器だってことをな。 殺して殺し合って最後に残った一匹が蠱毒(こどく)って生き物になるらしい。 もし、コイツと闘って勝ったとしても、俺の身体と奴が融合しちまうんだとよ。 クッ・・・だからって他に手はない。 逃げ場は、何処にもないんだ。 その時だ。 ごちゃ混ぜの妖怪と俺が闘ってる最中に桔梗が現われたんだ。 何故、桔梗が此処に?! ブワッ・・・・桔梗の中から死魂(しにだま)が抜け出した。 死魂が、奴の、ごちゃ混ぜ妖怪の中に吸収されていく。 引き寄せられるように桔梗が空洞に落ちてくる。 「桔梗!」 桔梗に気を取られた一瞬の隙を衝いて、ごちゃ混ぜ野郎が、俺を弾き飛ばした。 クソッ、油断した。 野郎、桔梗を取り込もうとしてやがる。 させるか! 鉄砕牙で奴の右腕を斬り落とした。 なのに、野郎、斬り落とした部分から新たに腕を! 違う、腕じゃない! あれは、百足(むかで)だ。 百足(むかで)の胴体部分。 あの野郎から桔梗を守らなくちゃならねえ。 弥勒が叫んでる。 熱くなるな、だと。 そんな事、気にしてられるか! 弥勒の方に目をやれば、側に、かごめが。 かっ、かごめ、居たのか。 ・・・・畜生、今は闘うしかねえんだ! ギャン、ドガッ! ごちゃ混ぜ妖怪の触手から、かごめが桔梗を庇った。 何時の間にか、かごめが、穴の中に降りてきて桔梗を助けようとしてたんだ。 この野郎、桔梗に加え、かごめまで。 許さねえ! 斬り殺してやる積りで鉄砕牙を振り下ろした。 ごちゃ混ぜ野郎は相当な打撃を蒙(こうむ)ったようだった。 更に、もう一撃と振りかぶった鉄砕牙に破魔の矢が! 桔梗だ。 鉄砕牙の変化が解ける。 シュ———・・・ 破魔の矢は、そのまま、天井に向かい、穴に施された封印を突き破った。 ゴォ~~~~充満してた邪気が消えていく。 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・ザザザザ・・・・ゴォ~~~~~ 空洞の中に留められていた何もかも、ごちゃ混ぜ妖怪が、殺された妖怪の残骸が、外部に吸い出されていく。 クソッ、こっちまで一緒に引っ張られてるぜ。 かごめは側にいたから抱きかかえた。 だが、桔梗は!? それに何処に向かっているんだ?! ごちゃ混ぜ妖怪の向かう先は・・・・。 一人の男が見えてきた。 あれは・・・・・ 奈落?! だが、奈落は、かごめの破魔の矢で体を破壊された筈。 バキッ! ごちゃ混ぜ野郎が、奈落を引き裂いた。 だが、体に見えた部分は傀儡(くぐつ)。 本体は、やはり、かごめに破壊され、頭部と胴体の上部のみ。 そんな状態で何をする気だ?! シュルルル~~~バシッ! 奈落が僅かに残った上体部分から触手を伸ばし、ごちゃ混ぜ妖怪を捉えた。 すると、見る間に、ごちゃ混ぜ野郎を取り込み始めたんだ。 ミシッ!バキバキバキッ! ザワ・・・・奈落の髪が不気味に揺らめく。 ザザザザザ・・・・バキバキバキッ! 目の前で、ごちゃ混ぜ妖怪が、一緒に付いてきた妖怪どもの残骸が、吸収され一人の男の体に収束していく。 何てこった。 奈落の野郎、こうやって自分の新しい体を作ってたんだ。 カッ!バチバチッ! 咄嗟に鉄砕牙を抜き放ち斬り付けたが阻まれた。 畜生、結界を張ってやがる。 ゴオオォォォ~~~~・・・・・シュ———— 憎んでも憎みきれない仇が、其処にいた。 目の前で見ていなければ信じられない。 あんな大量の妖怪が、一人の男の体に成り代わったなどと。 「!?」 桔梗が、奈落の側に倒れていた。 あろう事か、奴が、奈落が、桔梗に触れた! 抑え切れない憤怒が湧き上がる。 「てめえ、薄汚ねえ手で桔梗にさわるな!」 闇雲な怒りに駆られ俺は桔梗を取り戻そうとした。 だが、奈落め、大量の瘴気を放出して桔梗を連れ去っちまった。 「桔梗————っ!」 クソッ、為す術(すべ)もなく奴が桔梗を連れて飛び去るのを見送るしかなかった。 雲母(きらら)は側に居なかったし、俺に飛行能力は無いからな。 あの時ほど自分が飛べないのが恨めしいと思った事は無いぜ。 了 [0回]PR