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『降り積もる思い⑳=琥珀=』

弥勒と珊瑚の話が続いたな。
そんじゃ、琥珀のことについて話すとするか。
琥珀は珊瑚の弟だ。
今は強い退治屋になる為、諸国へ修行の旅に出てる。
考えてみりゃ、アイツら姉弟も、随分、辛い思いをしてきたんだよな。
奈落のせいで滅ぼされた退治屋一族の生き残り。
琥珀の場合は、桔梗の光のおかげで生き返るまで生き残りとさえ云えなかったな。
アイツは死人(しびと)だった。
ぶっちゃけて云うと白霊山での七人隊と同じ状態にあった。
七人隊の奴らも琥珀も四魂の欠片で命を繋いでたからな。
謂わば“生きた死人”ってとこだな。
四魂の欠片を取っちまえば、即、死体に逆戻りするって訳だ。
奈落が初めて四魂の欠片で生かした死人第一号、それが琥珀だ。
城の若殿に成りすました奈落の策略で呼び寄せられた退治屋たち。
珊瑚の話によると里でも指折りの手練ればかりだったらしい。
琥珀も頭領の跡継ぎ息子として初めて実戦に参加してた。
勿論、退治屋としての技量はミッチリ叩き込まれてたんだろうが、実際の妖怪退治には一度も参加したことが無かったらしい。
姉の珊瑚を始めとして頭領の父親、百戦錬磨の猛者どもに交じっての初めての戦闘だ。
謂わば初陣だったんだよな。
色々と経験を積ませようって父親の親心だったんだろうぜ。
何でもそうだが、初心者ってのは浮き足立つもんだ。
そんなガチガチに緊張した琥珀の心の隙に奈落が付け込んだ。
奈落の蜘蛛の糸に操られた琥珀は、父親を、仲間を次々と殺し、姉の珊瑚まで手に掛けたんだ。
挙句の果て、城の者たちに虫けらみたいに殺されちまった。
普通は、其処で話が終わるんだが・・・・。
奈落の野郎、琥珀を四魂の欠片で甦らせちまった。
然も、生前の記憶は封印したままでな。
おかげで、話が、随分、ややこしくなっちまったんだ。
珊瑚にとっちゃ、たった一人の可愛い弟だ。
何でも母親が早くに亡くなったせいで五つ年上の姉の珊瑚が母親代わりに育てたらしい。
珊瑚にしてみたら弟とは云っても息子みたいな存在だったんだろうな。
それを、奈落の奴、利用しやがった。
記憶のない琥珀を使って何の罪もない人里を襲わせたんだ。
妖怪退治屋として仕込まれてきた琥珀だ。
何の武術の心得もない村人じゃ一溜まりもなかっただろうぜ。
鋭利な妖怪退治用の鎖鎌で、アッという間に村人を一人残さず皆殺しにしちまった琥珀。
奈落の野郎、以前、蠱壺虫を使って、育ての親、夢心(むしん)を操り弥勒を葬ろうとしたが失敗してるからな。
今度は生かしておくと色々と面倒な珊瑚を、琥珀を利用して誘(おび)き寄せ片付けておこうってんだろう。
村人の全員殺害は、その為の撒(ま)き餌(え)だ。
ついでに鉄砕牙を奪った珊瑚を俺達が追いかけてくる事も計算済みだったろうぜ。
そうやって芋づる式に誘き寄せといて俺達全員の抹殺も図る。
一つの罠が更なる罠を誘発するって図式だ。
悪辣な奈落の考えそうなこった。
退治屋の里が滅ぼされ、今や、珊瑚に残された身内は琥珀しか居ない。
その、たった一人の弟が、憎んでも憎みきれない仇の奈落に操られ命じられるままに人を殺してる。
例え、それが、四魂の欠片で繋いだ仮初(かりそ)めの命だとしても、珊瑚が琥珀を取り戻したいと考えるのも当然だろうな。
奈落め、そんな珊瑚の肉親としての情を利用しやがった。
琥珀を餌に珊瑚に鉄砕牙を盗ませたんだ。
そうやって、まず俺から武器を奪った。
弥勒は手術したばかりで暫く風穴を使えない状態だし頼みにしてた珊瑚まで居ない。
殆ど丸腰に近い俺達を自分の城に誘い込み一気に始末しようって腹だ。
チッ、奈落め、全く汚い手ばかり使いやがる!
息せき切って現場に駆け付けてみれば、珊瑚は血塗れじゃねえか。
奈落の野郎、選(よ)りにも選(よ)って弟の琥珀を使って珊瑚を殺させる積もりだったんだ。
畜生、何処までも卑劣な野郎だ!
本気の本気で俺達を殺す気だったんだろう。
奈落の奴、初めて俺達の前に面を見せやがった。
その姿にしても、大方、誰かを乗っ取って奪ったもんだろうがな。
見た処、若い男、それも百姓や町人風情じゃねえ。
武家風の立派な衣装から推察するに、この城の若殿って感じだったな。
後で珊瑚に聞いてみたら、ヤッパリ、そうだった。
以前、退治屋一族が罠に嵌った城の跡取りらしい。
尤も、俺達が誘い込まれた城自体、“まやかし”だったがな。
怒り心頭に発するってのは、あのことだよな。
激怒した俺が奴に掴みかかろうとすれば、奈落め、長い黒髪を蛇のようにうねらせて俺を絡め取ろうとしやがった。
バキッ!
俺の一撃は奴の座っていた場所を破壊しただけだった。
そうこうする内に奴の髪は、そこらじゅうを覆い尽くし更に変化した。
髪が・・・そうだな、まるで、のたうつ蛇みてえな触手に変わったんだ。
襲い掛かってきた触手を爪で引き裂けば・・・・。
ジュッ! 瘴気だ!
腕に瘴気の跡が。
クソッ、半妖の俺でさえ、この有様だ。
こんな瘴気にやられちゃ人間のかごめや七宝、況して、ズタズタにされた珊瑚は一溜まりもない。
咄嗟に火鼠の上衣を脱いで、かごめと珊瑚、七宝に掛ける。
弥勒は法師だから、ある程度、自分で瘴気を防げるだろう。
一斉に襲い掛かってくる触手。
薙ぎ払えば薙ぎ払うほど、瘴気が撒き散らされる。
クソッ、切りがない。

「グッ!」「ガハッ!」「ゴホッ・・」「ゲホッ・・・」

こうした事態を見て弥勒の奴、手術したばかりの風穴を開こうとしやがった。
馬鹿野郎、自殺行為じゃねえか!
どうせ云っても聞かねえだろうから、手っ取り早く鳩尾(みぞおち)に一発喰らわせて黙らせといた。
奈落の奴、そんな俺達の様子を見て良いように嘲(あざけ)りやがって・・・。
そうした奈落の俺への嘲りに、遂に、かごめが、ぶち切れた。
激しい怒りとともに、かごめが矢を放った。
驚いたぜ、あん時は。
今迄、見たこともないような凄まじい破魔の矢の威力だった。
壱の矢は土蔵の中に隠れていた奈落の右腕を吹き飛ばし、周囲に立ち込めた瘴気まで浄化したんだ。
続いて、かごめが放った弐の矢は、頭部と僅かに胸部を残して奈落の体を完全に破壊。
正直、奴を仕留めたと思ったんだが・・・。
畜生、何処までもしぶとい野郎だぜ。
奈落め、大量の瘴気を放出して逃亡を図りやがった。
吹き付ける瘴気と強風、俺は、かごめを庇うのが精一杯だった。
珊瑚と七宝、それに弥勒は火鼠の衣を被(かぶ)ってたのが幸いした。
フ~~ッ、何とか、全員、無事だったぜ。
瘴気が消えた後、周囲の様子は一変してた。
城は跡形もなく消え失せ、俺達は廃墟と化した屋敷跡にいた。
何もかも、まやかしだったんだ。
奈落め、よっぽど逃げるのに必死だったらしい。
鉄砕牙を残していったのが、その証拠だ。
荒れ果てた廃墟の中、ポツンと鉄砕牙が地面に突き刺さってた。
それにしても、あん時は照れ臭かったな。
・・・・かごめの台詞。
俺を奈落が馬鹿にするから頭に来た・・・なんてな。
今迄、そんなことを云ってくれた奴は誰も居なかった。
何とも・・・・尻こそばゆいっつうか、その癖、内心、嬉しいっつうか。
不思議に心がポウッと暖かくなる心地だったぜ。
あいつ、何時も、そんな風に俺を大事に思ってくれてたんだな。
・・・・・かごめ・・・・・逢いてえ。

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