『降り積もる思い①=三年後=』最終回萌え作品⑤ 天空に掛かる細い月。 朔(さく)から回復したばかりのせいだろう。 皓皓と輝く望(ぼう)、満月に比べ、見る影もなく痩せ衰え、何とも心許(こころもと)ない。 発する光も、極々、弱い。 目を凝らさなければ見逃してしまいそうな程に。 月の光が細く頼りない代わりに、全天に散りばめられた星々が宝石のように瞬(またた)く。 人も獣も、皆、寝静まる時刻、村を見下ろす高台に、独り立ち尽くす少年がいる。 イヤ、少年と呼ぶよりは、寧ろ、青年と云うべきだろうか。 身に纏う雰囲気に少年特有の柔らかさは感じられない。 真紅の童水干、身なりから云えば良家の子弟と思われる。 夜風にはためく長い白銀の髪。 闇の中にあってさえ輝きを失わない金色の獣眼。 夜目の利かない人間には、殆ど黒一色にしか見えない風景も、彼には昼間と大差なく見えている。 少年の域を脱したばかりの青年は、一見、毛色の変わった人間のように見えるが、一つだけ目に見えて大きな違いが有る。 白銀の髪からニョキッと突き出している彼の耳。 それは、明らかに人間の物ではない。 その形状と云い、高い位置と云い、紛れもなく犬の耳である。 青年は、人間と犬妖怪の間に生まれた混血、所謂(いわゆる)、『半妖』である。 人間ではないが、妖怪でもない。 と同時に人間であり、妖怪でも有る。 大妖怪の父親から与えられた名も、その出自に相応しく「犬夜叉」と云う。 凍て付く冬の寒気が緩み、早春の息吹きが野山を覆い始めている。 微(かす)かな草木の萌え出る気配が、犬夜叉の鋭敏な嗅覚を刺激する。 「春か・・・・。かごめが居ない三度目の春だな。」 「かごめ、今、どうしてる? 元気か?」 犬夜叉の脳裏に浮かぶのは、懐かしい恋人の姿。 風変わりな格好をした異国の少女だった。 そして、犬夜叉の嘗ての想い人、巫女、桔梗の生まれ変わりでもあった。 三年前、宿敵の奈落を討ち果たし、全ての元凶、四魂の玉をも滅した犬夜叉とかごめ。 奈落の謀略により、一度は、この世から消失した骨喰いの井戸は、四魂の玉が消滅すると同時に再び出現した。 其処から、かごめを元の世界、現代へ送り届けた直後に、犬夜叉は、自分の世界、戦国時代に引き戻された。 恰(あたか)も目に見えない大きな力に、有無を言わせず摑まれたかのように。 その時以来、骨喰いの井戸は、以前のような二つの世界を繋ぐ能力を失い、沈黙を続けている。 犬夜叉が、何度、試そうが、結果は同じだった。 井戸の向こう、かごめの世界へは行けない。 それでも諦めきれず、犬夜叉は、試し続けた。 この三年間、三日に一度は、骨喰いの井戸に入り続けてきた。 つい、先程も試したばかりだ。 結果は、勿論、云うまでもないだろう。 このまま、もう、二度と、かごめに逢えないのだろうか・・・・ そんな思いが頭に浮かぶ度に、犬夜叉は打ち消し続けてきた。 諦めたら、本当に、逢えなくなってしまう。 そんな気がしてならなかった。 かごめの居ない三年の間、様々な変化が、皆に等しく訪れていた。 奈落が滅され、右手の風穴が消えた弥勒は、珊瑚と村で所帯を持った。 犬夜叉は弥勒と珊瑚の夫婦に思いを馳せた。 弥勒は念願の子作りに専念した。 努力の甲斐あって、今じゃ、何と三人の子持ちだ。 計算が合わない? そりゃそうだろう、最初は、イキナリ女の双子だったからな。 あれには驚いた。 そして、つい先頃、三人目が生まれた。 今度は男だ。 あの調子だと、これからも、まだまだ増えそうだぜ。 弥勒は何人も自分の子供を持つのが長年の夢だったからな。 生計は、どうしてるかって? ハッ、決まってるだろう。 俺と組んで妖怪退治を専門に請け負ってる。 奈落が居なくなったからって、妖怪が、完全に消えた訳じゃねえからな。 相変わらず口先三寸で、金持ちどもから、ぼったくってるぜ。 此間(こないだ)なんか、御札一枚につき米が一俵だぜ。 おまけに三枚も貼ったもんだから、米三俵だ。 とんでもねえ暴利だよな。 風に乗って、犬夜叉の鼻腔に、ある人物の残り香が漂ってきた。 以前だったら、この匂いを嗅いだだけで一気に緊張感が高まった物だった。 今では、当たり前過ぎて驚きもしない。 犬夜叉の異母兄、完全なる妖怪、殺生丸の残り香である。 何故かって? あいつは、三日と空けずに村にやって来るんだよ。 りんに逢う為にな。 そんなのを、一々、気にしてられるかってんだ。 かごめの事に気を取られて・・・・最初の内は気が付かなかったけどよ。 奈落を滅した後、殺生丸の奴、りんを、楓ばばあに預けたんだ。 何でかって・・・・楓ばばあが云うには、人里に戻す訓練なんだとさ。 つまり、いずれ、りんが成長して、どっちを選んだとしても困らないようにってな。 どっちかって、決まってんだろう! 殺生丸か、人間の男かって事だよ。 ケッ、そんな事云いながら、あいつは三日と空けずに村に通ってくるんだ。 りんが喜びそうな土産を携えてな。 それも三年間、ズッとだぜ。 あいつの行動を見てると、人間の男なんぞに、りんを渡す気は、これっぽっちも無さそうだぜ。 よっぽど、りんが、大事なんだろうよ。 かごめが、俺に取って、掛け替えの無い存在であるようにな。 それにしても・・・変われば変わるもんだぜ。 あれだけ人間を嫌ってたのにな。 イヤ、殺生丸の場合、今でも人間を好いてるって事はないだろう。 りんが、特別なんだ。 りんの為に、仕方なく他の人間どもをを我慢してるってのが本音だろうな。 だが、それでも大した変わり様だ。 以前の奴なら、人間なんぞ、問答無用で抹殺だったもんな。 俺は勿論だが、かごめだって危うく殺されかけた事が二回もあるくらいだからな。 昔は、人間の血が混じってるからって、半妖の俺を『一族の恥』とまで言い切ってくれたのによ。 それが、今じゃ、親父と同じ事してやがる。 結局、殺生丸も親父の血を引いてるって事か。 不思議だな、今夜は、妙に、心が素直になってるようだ。 明日にでも、楓ばばあに、あの時の事を詳しく話してやるとするか。 何故、俺だけが、一人、戻って来たのかを。 ズッと、どういう事情か、知りたがってたみてえだからな。 つまり、やっと、俺も、三年前の事を普通に話せる心境になったってえ事か。 [8回]PR