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『竜宮綺談』③和修吉竜王

「オオッ! これが、音に聞く竜宮でございますか。
何と・・・煌(きら)びやかな。」

豪奢な竜宮の威容に驚嘆して邪見が言葉を詰まらせる。
無理もない。淡い水色の中に浮かび上がるのは黄金の瓦を葺(ふ)いた眩いばかりの城郭。屋根を支える何本もの太い支柱は、血のような赤さが珍重される極上の血紅(ちあか)珊瑚から作られている。金や銀、珊瑚に真珠が、ふんだんに使用された財宝尽くしの海中の宮殿。
そして、劉亀に案内された壮麗な大広間で待ち受けていたのは、誰あろう、この竜宮の主、和修吉(わしゅきつ)竜王。
人型を取ってはいるが、多頭の竜王らしく頭上には九匹の竜が頭をもたげている。黙っていても滲み出てくる周囲を圧する重厚な存在感。
殺生丸とて妖力や存在感において決して人後に落ちる者ではない。しかし、流石に王としての年季が違いすぎる。
王座に就いて、高々、数年の殺生丸に対し、和修吉竜王の在位は間もなく千年の極みに達そうとしている。
貫禄の違いは如何ともしがたい。
殺生丸が、ズイと前に進み出て挨拶を申し述べる。西国王たる者、僅かでも、ここで臆した素振りを見せる訳にはいかない。
邪見は和修吉竜王の持つ只ならぬ雰囲気に呑まれたのか、いつもの軽口を慎み、主の後ろで神妙に控えている。

「突然の訪問の非礼をお許しいただき、感謝致します。和修吉竜王。」

「何の、何の、水臭い事を、殺生丸殿。以前、闘牙殿と一緒に、この竜宮へ参られた時の貴殿は、確か、元服前であったな。あの頃は、まだまだ幼い感じが否めなんだが、今や、立派に父君の跡を継がれたと聞いておる。即位式の際には祝いの使者を送ったが、ここで改めて儂からも御祝い申し上げる。誠に祝着至極。これで西国の民草も安堵いたすであろう。」

「・・・有難うございます。」

「さて、挨拶は、このくらいにして本題に入ると致そう。今回の貴殿の突然の訪問は、此処でなければ手に入れられない或る物を入手される為でござろう、殺生丸殿。」

「・・・お見通しでございましたか。」

「西国に戻られる際、人間の、しかも童女を伴われたそうだな。当時は、この竜宮でも、その噂で、暫く持ちきりであったわ。その後、西国で起こった妖猿族の襲撃、それに関連した一連の御落胤騒動、全て、この年寄りの耳に届いておる。そして、此度、遂に、その人間の娘御と正式に婚約されたとの由。儂の許に届いた招待状によると、婚儀は来春との事。となれば、何故、多忙を極めるこの時期、西国王である貴殿が、この竜宮に直々に足を運んだか。その理由も自(おの)ずと推察できようと云う物。」

「・・・達見(たっけん)、恐れ入ります。」

「やはり、血は争えぬものだな、殺生丸殿。実に父君と良く似ておられる。嘗て、闘牙殿も、貴殿と同じ事を、頼みに来られた。」

「・・・父が?」

「そう、あれは今から二百年ほど前になろうかな。闘牙殿が、長年の宿敵、竜骨精と雌雄を決する戦いをされる少し前の頃だったと記憶しておる。突然、この竜宮に、儂を訪ねて参られた。殺生丸殿、貴殿と同じ物を求めてな。」

「・・・・」

「竜骨精との戦いで深手を負った闘牙殿は、それにも拘わらず、自分の子を身ごもった人間の女性(にょしょう)を救う為に駆けつけ、その結果、命を落とされた。儂への頼み事も、貴殿同様、その女性(にょしょう)の為であったがな。」

「では・・・父も人魚の肉を。」

「ウム、人界では“不老不死”として知られる奇跡の妙薬を求められた。実際の処、不死は有り得んがな。不老については、かなりの効果が望めよう。そのままでは、非常に儚い人間の身を何百年と生き長らえさせる事が可能になる。
人間の目から見れば、それは不老不死に等しい。恐らく、闘牙殿は、その女性(にょしょう)の腹の中に居た半妖の我が子の今後を思って、母の命を延命させようとしたのであろうな。半妖とは云え、その寿命は我らとそう大差ない。況して、あの闘牙殿の血を受け継いだ御子だ。並みの妖怪など、到底、足許にも及ばぬ程の妖力を持って生れて来る事は、ほぼ必定。事実、人界に居た頃の貴殿と半妖の弟御との凄まじい確執。この竜宮にまで遥々(はるばる)伝わってまいった程よ。」

「・・・・」

「その左腕、以前、半妖の弟御に鉄砕牙で斬り落とされた。
左様であろう。」

「・・・如何にも。今となっては・・汗顔の至りです。」

「恥じる必要はない。結局、貴殿は、天生牙を使いこなし、尚且つ、最終的に爆砕牙を手に入れられた。それと同時に左腕も再生した。全くもって尋常の執念では成し遂げられぬ困難極まる所業。よくぞ、此処まで見事に成長された物よ。闘牙殿も、さぞかし、あの世で喜んでおられる事だろうて。」

「・・・・」

「さて、昔話は、これくらいにして。今回、貴殿が、この竜宮を訪問された目的、ご所望の物を取りに行かせるとしよう。劉亀よ、あれを。」

和修吉竜王が、腹心の部下、家宰の劉亀に向かい命を下した。

「ハハッ、畏(かしこ)まりました、我が君。暫し、お待ちを。」

ほどなくして、劉亀が、銀色の小箱を携えて戻って来た。

「お待たせしました。この箱の中に収められております物が、二百年前に、闘牙王様が、ご所望されました人魚の肉でございます。」

劉亀が、その銀の小箱を、恭(うやうや)しく殺生丸に差し出す。

「・・・何とっ! 二百年前とは。」

流石に、殺生丸が、僅かに顔をしかめた。

「実はな、殺生丸殿、人魚の肉は、これが“最後”なのだ。」

和修吉竜王が、済まなそうに、殺生丸に言葉を掛けた。

「・・・最後とは、一体、どういう意味なのでしょうか、和修吉竜王。」

殺生丸が、和修吉竜王の言葉に疑問を感じて、鋭く言葉を返した。

「人魚が死に絶えた。いや、そうではないな。一匹残らず居なくなったと云うべきであろうか。」

「・・・居なくなった?」

「そうだ。それには、まず、人魚について説明する必要がある。殺生丸殿、貴殿は、人魚について詳しく御存知か?」

「・・・いえ、唯、竜王の眷属としか。」

「フム、確かに。人魚は、我が眷属として、天界、妖界、人界に遍(あまね)く知れ渡っておる。しかしな、それは事実ではない。実際の処、あれらは、元々、この世界の者ですらないのだ。」

「・・・この世界の者ではない。では、人魚は、何処から来たのです。」

「異界、外宇宙(そと)の世界から。」

「なっ・・・!?!」

 滅多に感情を表に出さない殺生丸が、驚愕を、まざまざと明らかにした。呆気に取られる殺生丸を尻目に、和修吉竜王は、そのまま話を続ける。

「人魚は、或る日、突然、降って湧いたように、この極海に現れたのだ。我が眷属どもと同じように水に住まう者ゆえ、そのまま、我が配下として認めたのだが。人間どもが不老不死と信じる人魚の肉の不思議な効能も、この世界の者とは根本的に違う異界の生物なればこその物。あれら人魚の一匹一匹が持つ力は、極々、弱いのだが、不思議な能力を持っておってな。人魚が一族の総力を挙げて思念を結集すれば、瞬時に異界へと移動する事が可能なのだ。人魚どもが、初めて、この極海に出現した時も、その力を使っての事よ。そして、今から五十年ほど前の或る日、一体、どんな理由が有ったのか知らんが、その不思議な力を再び使って、人魚が、文字通り、一匹残さず、この極海から忽然と消え失せたのだ。それ以後、一匹たりと戻って来た報告は受けておらん。とまあ、そんな訳でな、今の処、儂の手許に残っている人魚の肉は、二百年前、貴殿の父君、闘牙殿に頼まれて確保した、その“不蝕(ふしょく)の箱”の中に入っている分だけなのだ。」

「不蝕(ふしょく)・・・の箱?」

聞き慣れない言葉に、殺生丸が、反応する。

「“不蝕、”つまり、蝕(むしば)まれぬと云う意味よ。この箱に入れておけば、喩え、生ものと云えど、まず百年は腐らずに保管できる。その謂(いわ)れから“不蝕の箱”と呼ばれておる。されど、今回は、ざっと通常の保存年数の倍、二百年。これほどに長い時間が経過しておっては、如何に“不蝕の箱”と云えど、果たして人魚の肉に何の変化も来たしておらぬのか、正直、儂とて、心許ない。それ故、有り体(てい)に一切を包み隠さず、貴殿に、事情を話しておるのだ。」

「・・・・」

 とにかく、結果が、どうあれ小箱の中身を確かめてみるしかない。殺生丸が、金と紫の錦の組紐を解いた。
シュルリ・・・ソッと慎重に蓋を開けてみれば、中から現れたのは、不思議な虹の光沢を放つ肉片。腐敗臭は・・ない。しかし、次の瞬間、その肉片は、ほぼ二百年ぶりに外気に触れたせいだろうか。ファサ・・・殺生丸の目の前で、微かな音を発して、人魚の肉は、脆くも崩れ、霞のように煙となって消え失せてしまった。後には、ほんの僅かな残滓さえ残っていなかった。

「!!!」

「やはり・・・駄目であったか。」

「・・・・」

「イヤ、全くもって申し訳ない、殺生丸殿。」

和修吉竜王が、面目なさそうに謝る。

「・・・仕方ありませぬ。」

 隠そうとしても隠しきれぬ落胆が、いつもは無表情な殺生丸の顔に滲(にじ)み出ている。

「・・・和修吉竜王、それでは、これにて、お暇(いとま)させて頂きます。」

 もう、用は無いとばかりに、そのまま踵を返そうとした殺生丸を、和修吉竜王が、慌てて声を掛けて引き止めた。

「待たれよ、殺生丸殿。」

「・・・何か?」

「このまま、何のお持て成しもせずに、西国王たる貴殿を、お帰ししたとあっては、この竜宮の、イヤイヤ、この和修吉の名折れ。どうか、今、暫く、留まって頂きたい。」

「・・・・」

「それに、他の不老延命の方法についても、お話し致そう。」

「・・・他にも有るとおっしゃるのか? 人魚の肉に代わるような方法が。」

「有る。儂が知る限りの方法を、お教えしよう。」

 和修吉竜王、殺生丸が今も敬愛する亡き父、闘牙王が、誰よりも信頼していた友人。王としては、若輩者の殺生丸に比べ、千年もの間、不動の王座を占めてきた先達でもある。それに、殺生丸が、喉から手が出るほど知りたい、人間を、イヤ、りんを不老延命させる方法、それを教えてくれると云う。そうまで云われては、さしも頑固な性分の殺生丸も、己の帰参の意向を引っ込めざるを得なかった。引き返してきた殺生丸を見て、和修吉竜王が、我が意を得たりとばかりに、早速、宴の準備を、劉亀以下、主だった家臣達に申し付けた。
殺生丸は、勿論、知る由もなかったであろうが、和修吉竜王は、見たところ、すこぶる付きの強面(こわもて)のせいで如何にも怖ろしげであるが、その実、無類の話好きで内外に知られた御方なのである。実際、竜宮を訪れた者は、誰彼構わず、竜王のお側近くに呼び寄せられ、アレコレと話を聞かれるのが常であった。
ましてや、殺生丸は、実に三百年ぶりに、この竜宮を訪れた嘗ての友人、闘牙王の遺児。おまけに、人界では、半妖の異母弟、犬夜叉と、大層、華々しい兄弟喧嘩を繰り広げた当事者でもある。その件だけでも、どれほど興味深い話が聞けようか。それ以外にも、この珍客から聞き出したい事は、山のように有るのだ。
いずれ、人魚の肉絡みで、必ずや、この竜宮にやって来るだろうと踏んで、手ぐすね引いて待ち構えていた矢先の殺生丸の訪問であった。そんな和修吉竜王である。みすみす珍客中の珍客をアッサリと手離す筈もなかった。

 

 

 

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