「りんちゃん、夜も大分、更けてきたわ。そろそろ、寝る用意をした方が良いんじゃない?」
タップリ、美味しい情報を聞かせてもらった、かごめが、モゴモゴと抵抗する邪見の口を塞いだまま、りんに眠るように促した。同時に、必死に、珊瑚に、目配せをする。
「そっ、そうだね・・・りっ、りんも七宝も、今日は、色々とあったから疲れただろう。子供は、もう寝る時間だよ。」
かごめの意図する処を察した珊瑚が、少し、棒読み口調で、同調する。
「おら、まだ、眠くないぞ。」
余計な事を云う七宝を、かごめが、ピシャリと黙らせる。
「七宝ちゃん、早く寝ないと、お土産のお菓子は“無し”よ。」
「そっ、それは、嫌じゃ~~。 寝るっ、おら、直ぐ寝るからっ!」
楓も、かごめの援護射撃に廻る。
「さあさあ、掛け布を出してやるから、皆、お休み。」
「楓婆ちゃん、あたし、今からアッチへ帰るわ。犬夜叉、井戸まで送ってくれない?」
かごめが、明日の予定を繰り上げて、今晩の内に、アチラへ帰る意向を伝える。
「オッ、オウ!」
「今からかい? かごめ、明日、帰る予定じゃなかったのか?」
「ウン、本当は、明日にしようかと思ってたんだけど、今は、少しでも早く帰って受験勉強しておかなくっちゃ。」
「そうか、学問も大事だが、身体にも気を付けてな。」
「ウン、楓婆ちゃんも風邪ひかないようにね。」
楓の家から少し歩いた場所にある骨喰いの井戸の前で、かごめが立ち止まり、犬夜叉に話し掛ける。今宵は、半月、上弦の月が、空に掛かっている。満月ほどの明るさはないが、それでも、相手の顔を見分けるには充分な光力だった。
「ネエ、犬夜叉、さっきの話を聞いて、どう思った?」
「アン? 邪見が、殺生丸に折檻されまくった話か。」
「それもそうだけど、殺生丸が、りんちゃんを、どう思ってるかって事。」
「どうって、そりゃ、まあ、結構、大事にしてるんだなって思ったが。」
「結構なんて、そんな生やさしい物じゃないわよ。とっても、とっても大事にしてるわ。邪見の話を聞いて判ったでしょ。もし、りんちゃんに何かあったら、本当に、それこそ、唯じゃ済まないわよ。冗談抜きに殺生丸に殺されるわ。」
「邪見が、云った事を本気にしてんのかよ。いつもの冗談だろ。あいつの話は大げさだから。」
「冗談で、あんな話が出来ると思う? 冥界での事と云い、白霊山での事と云い、ウウン、最初の奈落の城ででも、そうだった。殺生丸は、何時も、必ず、りんちゃんを助けに来た。前は、あんなに人間を嫌ってた筈の殺生丸が、りんちゃんだけは、絶対に守ろうとしてるのよ。犬夜叉、あんただって覚えてるでしょ。殺生丸が、以前、二度も、あたしを殺そうとした時の事を。もし、最初の時、鉄砕牙を持ってなかったら、間違いなく、あたしは死んでた。
二度目の時だってそう。相手が女だろうが、一切、お構いなし。それ程、徹底した人間嫌いだったのよ。そんな殺生丸が、人間の女の子を、りんちゃんを守ってる、これって、凄い事なんじゃない?」
「マア、確かに、あの話を聞いた時は、俺も、内心、吃驚したけどな。まさか、ずっと連れ歩いてたなんてな。あいつの事だから、どうせ、直ぐに適当な人里にでも、りんを捨てたんだろうと、思ってたぜ。」
「あの二人は、この先、どうなると思う?」
「どうなるって、何がだよ。」
「あのね、りんちゃんに対する殺生丸の気持ちは、今の処、保護者としての意識が大部分を占めてるだろうと思うの。でも、その中には、確実に、異性に対する気持ちが、僅かながら混じってると思えるのよ。今は、まだ、りんちゃんが幼いから、直ぐに、どうこうするって事はないだろうけど、もう数年もしたら、りんちゃんだって、お年頃になるわ。そしたら、あの二人は、きっとカップルになる。アッ、犬夜叉には、カップルって言葉、判んないか。エ~~と、そうね、犬流に、うんと判りやすく云うと番(つがい)になるって事よ。」
「なっ、何だとっ! りんと殺生丸が、引っ付くってのかよ!?!」
「マア、ぶっちゃけて云うと、そうなるわね。(・・・相変わらず鈍い)」
「りんは、人間なんだぞっ!」
「そうよ、それが、どうかしたの?」
「どうかって・・・あいつは、殺生丸は、トンデモナイ人間嫌いで。」
「確かに、前は、そうだったわね。でも、今は、前ほど、人間を嫌ってないみたいじゃない。」
「だからって、殺生丸が、りんを、人間を相手になんぞする訳が・・・無いんだっ!それに、もし、もしもだぞ、仮に、そうなったとしても、生れて来る子は、半妖なんだぞっ! それだけじゃないっ! りんは、人間だ。妖怪に比べれば、怖ろしく寿命が短い。一緒になったって幸せになんか・・・絶対、なれっこないんだっ!」
自分の母親の事を思い出したのだろう。犬夜叉が、激昂して吐き出すように叫ぶ。そんな犬夜叉の波立つ気持ちを、宥(なだ)めるように、諭(さと)すように、かごめが、優しく話し掛ける。
「・・・犬夜叉、これは、あたしの勘でしかないんだけど、多分、殺生丸は、とっくに、そうした事に折り合いを付けてると思うの。それにね、あの殺生丸が、りんちゃんの寿命が尽きていくのを、唯、黙って見てると思う? 絶対、何か、手立てを講じる筈よ。第一、あの、鉄砕牙を探し出した執念深さを思い出してよ。生半可な執着じゃなかったわ。あんた達のお父さんが亡くなったのって、大体、二百年くらい前よね。その間、ズ~~ッと殺生丸は、諦めずに鉄砕牙を探し続けてたのよ。呆れるくらいの執念だわ。それと同じくらい、ウウン、もっと、もっと、必死に、りんちゃんの寿命を延ばす方法を探すと思う。あの性格だもん。必ず、そうするだろうし、そして、きっと、見つけ出すと思う。鉄砕牙を見つけ出したようにね。今は、まだ、りんちゃんが、幼いから、殺生丸も、其処まで考えてないだろうけど。でも、数年後、りんちゃんが成長したら、行動を起こすんじゃないかしら? 種族の差を越えて“一緒に生きていく”為にね。」
かごめの話に衝撃を受けたのだろうか、押し黙って、そっぽを向く犬夜叉だった。
そんな犬夜叉の背に向かって、かごめが、少し、悪戯っぽく言葉を掛ける。
「だからね、そうなってもショックを受けないように、今から心の準備をしておいた方が良いわよ。数年後には、年下のお義姉さんが出来るかも知れないって。」
犬夜叉が、言い返そうと思って、井戸の方に向き直った時には、かごめの姿は、もう、井戸の中に消えて見えなかった。かごめの心地よい残り香が、風に乗って、フワリと、鋭敏な犬夜叉の鼻腔に、忍び込む。微かな早春の息吹が、風と共に漂い始め、新しい季節の始まりを告げていた。
了
《第四十四作目『四方山話=炉端談義=』についてのコメント》
この作品は、七万打の御祝い作品であると共に、八万打の御祝い作品でもあります。着手し始めたのが、一月の中旬だったのですが、今迄にない超大作(32,500字台)のせいで、矢鱈、時間が掛かりました。(まさか・・・こんなに長くなるなんて思いもしませんでした。でも、考えてみたら、そもそも、この題名自体、長くしようと思えば、ドンドン、膨らませる事が可能な代物でした。)
漸く完成したのが、ギリギリ二月の終わり。こんなに長い作品も初めてなら、執筆時間(40日弱)の長さも初めてでした。何もかも『初めて尽くし』の作品となりました。今回の作品で、長編の公開の仕方も固定しましたので、次回以降は、長編は、全て、この方式で公開していきます。短編に関しては、今まで通り、一回で公開していきます。
今回の作品は、(犬一行の『殺りん認定』は、如何にして為されたか?)を焦点に絞って展開させました。どうでしたでしょうか? 皆様、満足して頂けましたでしょうか? 管理人の持てる限りの妄想と【殺りん】への愛を大爆裂させて仕上げました。こんな長い作品を、十日間、最後まで飽きずに読み切って下さって有難うございました。心より御礼申し上げます。
2008.3/9.(日) ★★★猫目石
[7回]
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