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小説第四十作目『桔梗』

 
野辺に咲く紫の花。風に揺れる星のような花冠。
その凛とした清楚な佇まいが、かの女(ひと)を鮮やかに思い起こさせる。
儚く散った、悲しいほどに清冽な美しい女(ひと)。

 
「桔梗・・・・」

 
その花と同じ名前を持っていた女(ひと)。
そして、その花の如く毅然として美しかった。
今も、思い出す度に、少年の胸に悔恨と思慕の情を湧き起こさせる永遠の女性。
何処ぞの貴族の子弟でもあるのか、赤い童水干を纏った少年。
火鼠の毛で織ったと云う赤い衣が、一際、鮮やかに目を惹く。
大人とも子供とも云えない狭間の年頃。
白銀の髪、金の瞳は、大妖怪だった化け犬の父譲り、ピョンと突き出た犬耳は、人と妖怪との間に生れた半妖の証だろうか。
自分の出生と同時に亡くなった大妖怪の父から贈られた名前も、犬耳に相応しく『犬夜叉』と言う。
半妖の少年と美しい巫女が恋に落ちたのは五十年前の事。
巫女は、村を守ると同時に、もう一つの使命を持っていた。
四魂の玉という神秘の力を有する不思議な玉を浄めつつ守るという重大な使命が。
何故なら、その四魂の玉は、大昔の巫女と妖怪達の魂が凝って出来た物だと云う。
玉の中で巫女と妖怪達の魂は、今も、互いに相争い、正と邪の戦いを繰り広げていると伝わる。
その終わりなき果てしない戦い。
恋に落ちた巫女、桔梗の霊力は、急速に力を弱めた。
神聖な巫女は、特定の人物に心を奪われてはならない。
何物にも執着しない、拘泥(こうでい)しない心こそが、霊力の源。
澄んだ泉のような心が、一切の穢れを払うのだ。
そうした心を保てなければ、巫女は、霊力を失い、徒(ただ)の人になってしまう。
そんな巫女の状態に目を付けた妖怪どもは、巫女が、密かに洞窟に匿っていた野盗、鬼蜘蛛を甘言を以(も)って誑(たぶら)かした。
巫女に尋常ならざる執着心を抱く鬼蜘蛛は、自らの魂と肉体を、妖怪どもに差し出し、その見返りに自由な身体と四魂の玉を欲した。
全身に大火傷を負った鬼蜘蛛は、身動き一つ儘(まま)ならぬ身体であったから。
しかし、鬼蜘蛛の究極の望み、巫女を、桔梗を得る事は叶わず。
それどころか、逆に、恋焦がれた巫女を、桔梗を、自らの手で引き裂く結果となった。
そして、そのまま、鬼蜘蛛の心は、新たに誕生した妖怪、いや、半妖、奈落の精神の奥深く封印される事になったのだ。
想い人の犬夜叉に、裏切られたと思い込んだ桔梗は、重傷を負いながらも、破魔の矢で御神木に犬夜叉を封印、其処で息絶える。
そして、犬夜叉も、又、長い眠りに就く事になった。
四魂の玉の因果が巡りに巡って、五十年後に、巫女、桔梗の生まれ変わり、“かごめ”に、封印を解かれる運命の“その日”まで。
そして、皮肉な事に、死した桔梗も、仮初めの命を与えられ、この世に蘇る事になった。
鬼女、裏陶(うらすえ)の鬼術によって。
かごめは、不思議な事に体内に四魂の玉を持って生れてきた。
その為に、現代から五百年前の過去に引き寄せられ、否応無く過去世の経緯(いきさつ)を知る事になった。
桔梗と犬夜叉の悲劇的な別れの事情。
二人を引き裂く切欠になった鬼蜘蛛の桔梗に対する凄まじい執着を。
四魂の玉が、出現した事により、それを狙う妖怪どもが蠢(うごめ)き出した。
中でも最大の敵、鬼蜘蛛の魂を繋ぎに誕生した妖怪、いや、半妖、奈落との激しい戦いの日々。
そして、同じ様に奈落を仇と付け狙う仲間との出会い。
様々な紆余曲折を経て、桔梗は、此の世を去った。
奈落との死闘の果てに犬夜叉の腕の中で逝ったのだ。
それを思い出す度に、犬夜叉の心は痛む。
思い返せば、後悔ばかりだった。
・・・何故、俺は、桔梗を信じ切れなかった。
汚らわしい鬼蜘蛛の魂と身体を繋ぎにして妖怪どもが寄り集まって誕生したという奈落。
その上、事もあろうに、俺に化けて桔梗を騙しやがった。
恋しい桔梗に五十年も封印されて! 
封印を解かれてからも、俺は、桔梗に裏切られたと思い込んで怨んで怨んで・・・・。
そんな俺の前に、お前は、再び、現れた。昔のままの姿で。
漸く、あの時の真相が判った・・・・五十年も経ってから。
今更、時を戻す事は、もう誰にも出来ない。
甦ったお前は、骨と墓土で出来た体に魂を容れた死人(しびと)だった。
非業の死を遂げた、桔梗。
自ら、封印した俺の後を追うように死んだ。
そんな、お前に、俺は、何をしてやれただろうか? 
一度ならず二度までも奈落に襲われたお前。
俺は・・・・守ってやる事さえ出来なかった。
俺に出来たのは、お前の最後を看取ってやる事だけだった。
すまねえ! すまねえ! 桔梗! 
声なき慟哭と愛惜は、今も半妖の少年の胸に満ちている。
犬夜叉にとって、桔梗は生れて初めて母以外に愛した初恋の女性。
母のような姉のような恋人。
守ろうとして守り切れなかった愛しい女(ひと)。
だからこそ、かごめだけは・・・何としても失いたくない! 
桔梗の生まれ変わりでもある、かごめ。
今度こそ、今度こそ、喪わない! 
何が何でも守りきってみせる! 
そう思い立った時、犬夜叉の脚は、躊躇なく骨喰いの井戸に向かっていた。
かごめは、今、自分の世界に戻っている。
会いたい! 顔が見たい! 無事を確かめたい! 
そんな思いに突き動かされるように犬夜叉は、枯れ井戸を潜り抜け、現代に向かっていた。
四魂の玉の中から出てきた悪霊、曲霊が、奈落が、虎視眈々と、琥珀の首に埋められた最後の欠片を狙っている事すら犬夜叉の脳裏には無かった。
思うは、唯々、ひたすらに、かごめの事のみ。
この時の自分の不在が、後に、どれ程、深刻な事態を招き寄せる事になるのかも知らずに・・・。

 
 
楓の村を守っているのは、風穴を持つ弥勒と飛来骨を操る珊瑚。
曲霊に穢された四魂の欠片。
そのせいで昏々と眠り続ける琥珀を見守る珊瑚の胸中は、如何ばかりか。
奈落に、いや、四魂の玉に係わったばかりに、全滅させられるという悲惨な運命を辿った退治屋一族の生き残り。
自分だけが、此の世に取り残されたと思っていた珊瑚。
そんな彼女にとって、琥珀は、天にも地にも唯一人の、同じ親の血を受け継いだ可愛い可愛い弟。
例え、その生が、四魂の欠片で繋ぎとめられた仮初めの物だとしても、どうして、怨み重なる宿敵の奈落になど渡せよう。
父親の、仲間の、いや、殺された退治屋一族全ての仇。
眠る琥珀を静かに見守る珊瑚。
ほんの一時の平穏な安らぎ。
そんな平和な楓の村に、音も無く悪意の影が、ヒタヒタと不気味に迫りつつあった。
悪意その物の存在、悪霊、曲霊の影が・・・・

 
 
どす黒く穢れた四魂の玉の中心に暁の兆しのように輝く一片の光。
どんなに消そうとしても消えない清浄な輝き。
桔梗が死して、尚、残した霊力の光。

 
「桔梗・・・・」

 
その光が、奈落に、否応無く桔梗の事を思い出させる。
一度は、人の心を、鬼蜘蛛の魂を手放してまでも消し去りたいと思った存在。
そして、事実、一度は、葬ったと思っていたのだ。
骨と墓土で出来た紛い物の体を傷つけ壊し、瘴気の川に落とし込んだ。
此の世から、桔梗の魂を完全に消滅せしめたと。
しかし、あの女は、生きていた。
そして、又もや、性懲りも無く、この奈落を、四魂の玉ごと浄化し殲滅(せんめつ)せんと、付け狙い始めたのだ。
赤子の、魍魎丸との戦いの時が、そうだった。
記憶を取り戻した琥珀を連れて、桔梗は、ジッと機会を窺っていた。
その時、気付いたのだ。
あの女が、一体、何を狙っているのか。
琥珀の欠片は怖ろしい程に清浄な輝きを放っていた。
その欠片を使い、この奈落ごと穢れた四魂の玉を一気に浄化しようとしていたのだ。
赤子を、魍魎丸を、もう一度、取り込み、新たな力を得た儂は、今は見る影も無く崩れ落ちた白霊山の残骸が残る場所へと向かった。
その地に置き去りにした、ある物を、今一度、この身に取り込むために。
鬼蜘蛛の魂、人間の心を。
桔梗を殺す、いや、壊す為には、あの男の浅ましいまでの桔梗への執着心、嫉妬心を、利用する必要が有った。
事実、鬼蜘蛛を、人間の心を取り込んだ儂には、人の心の弱点が、いとも容易く掴めた。
蜘蛛の糸の罠を縦横に張り巡らし、後は、獲物が掛かるのを待つだけで良い。
絡め取った獲物は、ジワジワと、この手で殺してくれよう。
そう目論んでいたが、余計な奴らまで網に掛かりおった。
結局、犬夜叉とかごめ、他の仲間どもまでが駆け付けて来る結果となった。
儂の腕の中で、桔梗は、逝く筈であったのに・・・・。
蜘蛛の糸を通して伝わってきた、桔梗が、この奈落に抱く感情。
強い憎しみ、軽蔑、あの半妖、犬夜叉に対する恋慕の感情とは、天と地ほどにも違う。
それ程までに儂を厭(いと)うか・・・ならば、その骨と墓土で出来た紛い物の体を壊し、お前の魂を、あの世に送り返してくれよう! 
今生では、二度と、犬夜叉に会う事も、抱き合う事も出来ないようにしてやる! 
この奈落の思いのままに出来ぬのならば他の誰の物にもさせん! 
激しい戦いだった。
力量から云えば、殆ど五分と五分。
桔梗の霊力が込められた破魔の矢が、儂の懐の四魂の玉に突き刺さり、玉の内部で、霊気と邪気が、激しく鬩(せめ)ぎ合いぶつかり合う。
結果的には、僅かながら、儂の力が上回り、桔梗は、敗れた。
紛(まが)い物の体は、もう修復不可能なまでに壊しておいた。
桔梗の魂を、最早、此の世に留め置けないまでに。
かごめとやらに、どれ程の霊力が有ったとしても無理な話だろう。
儂は、そのまま戦いの場を後にした。
程なくして桔梗の気配は消えた。
あの世に魂が舞い戻ったのだろう。
桔梗は、死んだ。
あの女の魂は此の世から消え失せた。
・・・・なのに、穢れた黒い四魂の玉の中心に楔のように打ち込まれた光が、今も、儂を苦しめる。
おのれ、死して、尚、この奈落に歯向うか、桔梗。
何処までも思い通りにならない嫌な女だな。
儂の中の鬼蜘蛛の心が、喜びと悲しみを同時に感じている。
もう、此の世に桔梗が居ない悲しみ、それと同様に、二度と恋仇の犬夜叉に桔梗を奪われる事のない昏(くら)い昏(くら)い喜びを。
鬼蜘蛛が、儂の中で叫んでいる。
怨讐(おんしゅう)と恋着(れんちゃく)が綯(な)い交ぜになった、ドロドロに溶けた熱い溶岩のように滾(たぎ)る想い。
これが執着と云うものなのだろうか。
・・・桔梗・・・桔梗・・・桔梗!
                              了
 
 
《第四十作目『桔梗』についてのコメント》
“殺りん至上主義者”の私が、何故、こんな作品を?と思いながら書き上げました今回の作品。
この作品を書いた動機、強(し)いて云うならば、原作で犬夜叉が取った行動について、悪し様に罵った事に対して、犬夜叉自身が、私の潜在意識に訴えてきたと云う処でしょうか?
「俺には、俺の言い分が、チャンとあるんでぇ!」こんな風に直接抗議してきた感じです。
それもあって、今回の作品は、桔梗に対する二人(?)の男の心情について書いてます。
桔梗を語ろうと思えば、どうしても、犬夜叉と奈落を抜きにする事は出来ません。
どういう訳か、出生状況こそ違いますが、二人供に半妖。
これは、何を意味するのでしょうか?
恐らくは、犬夜叉も奈落(=鬼蜘蛛)も、半妖であるが故に桔梗に恋したのではないか?と思えるのです。
人間にも妖怪にもなれない中途半端な存在、半妖。
だからこそ、完璧な存在である巫女の桔梗に恋焦がれたのでは?と思えてなりません。
        
        2007.10/18(木)◆◆猫目石
                  

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