忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

第三十作目『桜騒動(その弐 御落胤【ごらくいん】)』

 
  ヒソヒソ・・・ヒソヒソ・・・近頃の西国では、寄ると触ると誰もが声を潜(ひそ)めて内緒話を始める。
先月の花見の宴の席に突然、訴え出た親子の話題である。
何でも子供の方は、この西国の最高権力者、殺生丸の“落とし胤(だね)”つまり『御落胤(ごらくいん)』だと母親が名乗り出たそうなのだ。
花見の宴の後に急遽、出された緘口令(かんこうれい)など何の効果も無い。
  これまで禄(ろく)に浮いた噂(うわさ)一つ無かった堅物と評判の西国の国主、殺生丸に突如、降って湧いた『隠し子』の噂(うわさ)。
この手の話は人であれ妖怪であれ庶民の最も好む処である。
人々(=妖)は、皆、この目新しい噂に大喜びで飛び付きコッソリと面白可笑しく話し合う。
“悪事、千里を走る”とも云う。
それこそ燎原に火が付いたようにアッと云う間に西国中に西国王、殺生丸の『御落胤(ごらくいん)』の話は広まりつつあった。
西国王と御母堂様のご一行が花見から戻ってきた。
出掛けた当初の華やいだ雰囲気など何処にも無い。
特に殺生丸はムッツリと押し黙り眉間には深く皺が刻み込まれている。
りんや邪見、誰もが口を噤(つぐ)み重苦しいような雰囲気に包まれている。
そんな中、“狗姫(いぬき)の御方”御母堂様が信頼厚き盟友でもある西国城の女官長、相模を呼び付けた。


「相模!相模は居らぬか!」

 
「ハイ! 御方様、此処に控えております」

 
留守を預かっていた相模が、菫(すみれ)色の内掛けの裾を乱し、急いで飛び出してきた。

 
「オオッ! 相模、相すまぬが、こちらの客人達を部屋に案内してくれ」

 
  そう云い付けつつ、一行から何処と無く遠巻きにされている母子を差し招く。
母親の方は女っぽさが前面に出た感じが婀娜(あだ)な雰囲気の中々になまめかしい美女である。
しかし、この西国城には美人や麗人が数多(あまた)ひしめいている。
大して珍しくもない。
それよりも相模の目を惹いたのは子供の方であった。
何と!この西国城の主、殺生丸と同じ白銀の髪に金の瞳、額には同じ様に月の徴(しるし)までもが! 
相模は思わず御母堂様を“狗姫(いぬき)の御方”を見遣った。
母君も微(かす)かに頷き、その無言の問い掛けに答えた。
僅(わず)かに逡巡した後、相模は、母子を奥御殿の隣に位置する鴻臚館(こうろかん)に案内するよう部下の女官に申し付けた。
鴻臚館(こうろかん)とは外国(とつくに)の賓客(ひんきゃく)が西国を訪問する際に使用される格式の高い宿泊施設である。
それは、即ち、母子を“国賓級”の客人と認めた処遇であった。
女官に連れられ立ち去る母子を見送った後、“狗姫の御方”は、殺生丸の傍らに控えている年若い側近の両名に火急の用を下命(かめい)した。

 
「木賊(とくさ)、藍生(あいおい)、其方(そなた)達の父御(ててご)を呼び出せ。要件は、こうじゃ。『疾(と)く駆け付けよ! 先の国妃、狗姫(いぬき)が直々に申し付ける! 西国の将来に拘わる由々しき事態ぞ。のんびり隠居などしておる場合では無い!』とな」

 
「ハハッ!」「御意(ぎょい)のままに!」

 
“狗姫の御方”の内意に従い、その場を足早に立ち去る木賊(とくさ)と藍生(あいおい)。

 
「・・・あ奴らを呼び出すのか、母上」

 
「殺生丸、此度(こたび)の事は、この西国を揺るがしかねぬ大事だ。一朝、事ある場合に備え、あの者どもに国の内外に睨(にら)みを利かしてもらわねばならぬ。あ奴らの影響力は、未だ、些(いささ)かも衰えてはおらぬ筈だからな」

 
「・・・・」

 
  今回の騒動の大本とも言うべき過去の行状を先程から反芻(はんすう)しては、あの女の記憶を探っているが、どうしても思い出せない殺生丸であった。
如何に他者に対して関心の薄い殺生丸と云えど、過去、己と関係した女の顔の大半は覚えている自信があった。
しかし、何度、思い返してみても、あの阿那(あだ)という女に見覚えは無い。
それに、あの祖牙丸と云う子供・・己と同じ白銀の髪、金の瞳、額には駄目押しのように月の徴(しるし)まである。
解(げ)せぬ!
思考を巡らす内に早くも、あ奴らが母の呼び出しに応じ駆け付けて来たらしい。
騒々しい足音が、廊下に響いて来た。
ドカドカッ・・タタタッ・・・ドカッ・・タッ・・・タタタッ・・・・ドドッ・・・タタタッ・・・・・ドドドッ・・・・ドカッ・・・タタッ・・・


 「お召しにより駆け付けてまいりました」


「・・・・参上」


中肉中背の方が尾洲(びしゅう)、大兵(だいひょう)の方が万丈(ばんじょう)。
共に“闘牙王の二本柱”として世に名高い名臣中の名臣である。
“知の尾洲(びしゅう)、武の万丈(ばんじょう)”と並び称せられ、その名は他国にまで鳴り響く。
金茶の髪に青い目の尾洲が藍生(あいおい)の父、漆黒の髪に深い琥珀色の目が万丈、木賊(とくさ)の父である。


「来たか、待っておったぞ。尾洲、万丈、壮健そうで何よりだ」


「・・・フン」

 
「御方様に御館様も、お変わりなく。尾洲、只今、参上仕(つかまつ)りました」

 
「・・・お久しゅう、万丈に候(そうろう)」

 
尾洲は“知”を売り物にしているだけに舌が滑らかだが、万丈の方は、若干、口が重い。


「挨拶は、これ位にしておこう。仔細(しさい)は、其(そ)の方(ほう)達の息子から聞いておろうな」

 
「ハッ! 何でも“御落胤(ごらくいん)”が現われたそうで・・・」

 
  そっぽを向く殺生丸。
この両人(=妖)は彼の幼い頃からの守役であった。

 
「・・・して、その真偽は」

 
「それを、これから探索致そうと思ってな。権佐(ごんざ)、其処(そこ)に居(お)るか!」

 
「ハハッ! 御前(ごぜん)に」

 
  何時の間にか庭先に、この広大な西国城の全ての庭を管理・統括する“お庭番”の頭領、権佐が控えていた。
顔は犬、身体は人型の権佐は斑(まだら)のぶち犬である。
茶色に黄色、黒に白と様々な色が混ざり込んだ毛色をしている。
一見、穏やかな風貌に見えるが妖忍としての腕前は妖怪世界でも三本の指に数えられる凄腕である。

 
「あの、阿那(あだ)とやらの女の身元を洗い出せ。祖牙丸(そがまる)なる子供についても同様だ。生国(しょうごく)、生い立ち、誰に仕えてきたのか、その経歴の一切を細大漏らさず調べ上げるのだ。此度(こたび)の事は、この西国の行く末に拘わる一大事じゃ。どのように些細な事であろうとも取りこぼしは、断じて、ならぬ。西国のお庭番の総力を結集して探索致せ」

 
「ハッ! 確(しか)と」

 
“狗姫(いぬき)の御方”の命を受け、権佐は一陣の風のように姿を掻き消した。

 
「さて・・・とりあえず、どうするかな。尾洲、万丈、策があれば申せ」

 
「まずは緘口令(かんこうれい)を出されませ、御方様」

 
「そのような物を出した処で、噂(うわさ)を止める事は出来ぬだろう、尾洲」

 
「噂は噂でも、おおっぴらにするのと隠れてするのとでは、かなり様子が違ってきましょう。それに緘口令(かんこうれい)を出さなければ“御落胤(ごらくいん)”の存在を認めた事になりかねません」

 
「フム・・・それも、そうだな。木賊(とくさ)、藍生(あいおい)、早急(さっきゅう)に緘口令(かんこうれい)公布の手配を致せ!」

 
「ハッ!」「畏(かしこ)まりました!」

 
年若い側近達が矢継ぎ早に出される指示を実行すべく御前を辞して行くのを見送る殺生丸に嘗(かつ)ての守役であった尾洲が、早速、質問を始めた。

 
「して、若君、あいや、お館様。此度(こたび)の騒動について、お心当たりの事を全て、この尾洲めにお聞かせ願えませんか?」

 
「・・・あの女に、見覚えは無い」

 
  すかさず、御母堂様が此処(ここ)ぞとばかりに邪見から仕入れた知識と花見の席で聞いた事を纏(まと)め合わせて先代の腹心の部下達に話して聞かせる。

 
「先程、権佐に云ったように母親の名前は阿那(あだ)と云うそうだ。見るからに女の色気を全開にしたような色っぽい女でな。その阿那(あだ)とやらが殺生丸の『胤(たね)』と主張している子供の方は祖牙丸(そがまる)。何でも殺生丸が五十年程前に『女狂い』していた頃に関係していたそうな。」

 
「五十年前とは、これは、又、随分、昔の話ですな」

 
  御母堂様と尾洲の会話に万丈も口を挟んできた。
尾洲が、どちらかと云えば滑らかな高音に対し万丈の声は殷々(いんいん)と腹に響くような低音である。

 
「・・・してみると子供は、赤子では御座いませんな」

 
「ああ、見た処、人の仔ならば五・六歳と云った処だな。容貌は殺生丸に余り似ておるとは云い難い。しかし、問題は子供の髪の色に目の色だ。我らと同じ白銀の髪に金の瞳、ご丁寧にも、額には月の徴(しるし)まである」

 
「フム・・・厄介ですな」

 
「まあな、尾洲、万丈、其方(そなた)達も知っておるように、この西国において、この白銀の髪、金の瞳を有するのは妾(わらわ)と殺生丸のみ。額の月の徴(しるし)についても同様じだ」

 
「さしあたっては権佐(ごんざ)の報告を待つしかありませんな」

 
「それで・・・その母子は、今、何処に? 御方様」

 
「相模が気を利かせてくれてな、鴻臚館(こうろかん)に留めておる。あそこならば外部から容易に接触出来まいからな。それに“りん”の住む奥御殿に隣接しておるから結界の強度も最高級だ」

 
「流石は、相模殿。それは“上々の首尾”に御座いました」

 
「・・・適切至極(てきせつしごく)なる処置」

 
「本物の“御落胤(ごらくいん)”ならば、殺生丸様が、西国に御帰還遊ばした時に、即座に名乗りを上げた筈。・・・・何故、この時期に名乗り出て来たのか? 」

 
「・・・密謀(みつぼう)の臭い」

 
「お主(ぬし)達も、そう思うか、尾洲、万丈」

 
「はい、裏で誰ぞが糸を引いているような気が致します。」

 
   先程から殺生丸を完全に無視して老人どもが勝手に話を進めている。
所謂(いわゆる)“蚊帳(かや)の外”と云う奴である。
この状況にスッカリ嫌気が注(さ)して、その場を立ち去ろうとした殺生丸に御母堂様が釘を刺した。

 
「何処へ行くのだ? 殺生丸」

 
「・・・・・」

 
「りんの処へ行く積りならば、やめておけ。・・・というよりも、暫く奥御殿には近付くな」

 
「・・・何故だ!?!」

 
「奥御殿と鴻臚館(こうろかん)は、隣接して建てられておるからな。其方(そなた)が奥御殿に出向けば、りんに逢う為と云うよりも、あの母子に逢う為に出向いたと取られかねんぞ」

 
  殺生丸の眉間の皺が、一層、深くなった。
袂(たもと)に隠された隻腕も怒りで握り締められているのだろう。
ギリギリッと牙を喰い縛る音がハッキリと聞こえる程に響いた。
憤懣やる方無いと云った処だろう。
己が身から出た錆(さび)とは云え全く見に覚えの無い女から訴え出られ、そのせいで、りんに逢う事さえ、ままならなくなったのだ。
踵(きびす)を返した殺生丸は奥御殿とは反対の方向にある中庭に脚を向けた。
中庭には阿吽の厩舎(きゅうしゃ)がある。
厩番(うまやばん)に命じて阿吽に轡(くつわ)と鞍(くら)を付けさせ、そのまま西国城を後にした。
  辺りが急に暗くなってきた。
つい先程までの晴天が俄(にわ)かに掻き曇り風が強くなり始めた。
行く先を定めずに阿吽を駆けさせる内に雨も降り出した。
雷まで鳴り出している。
春の嵐の到来だろう。
急に雨脚が強くなった。
叩き付けるような勢いで降り出した。
強い横殴りの風が濡れて重みを増した殺生丸の髪を吹き上げる。
常ならば同行している者達を気遣い何処ぞで難を避けるが今の殺生丸の気分には似合いの天候だった。雨に濡れるのも厭(いと)わず、大荒れの嵐の中、双頭竜に乗って駆ける殺生丸の姿こそ嵐その物を体現しているかのようであった。

 
                         (その参)に続く
 
 
 

拍手[3回]

PR