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第三十作目『桜騒動(その壱 寒緋桜)』


広大な西国城の懐深く位置する奥御殿、その庭の更に奥まった場所にポツンと一本だけ咲く桜の木がある。桜と云っても、世間一般に馴染みの深い淡い薄紅色の花では無い。緋桜(ひざくら)である。
その花の色は濃い桃色で寧(むし)ろ紅(くれない)に近い。
この桜の正式名称は“寒緋桜”桜の中で最も早く咲きだす事から“寒”の字が付いている。
午後の仕事に一区切りを付けた女官長の相模が邪見を誘って縁側に座り、見るともなしに、その桜に目を遣り呟(つぶ)いた。

 
「緋桜を見ると、思い出しますね、邪見殿。」


「あの・・・桜騒動ですかな、相模殿。」


「はい、もう二年前の事になるのですね。」

 
“桜騒動”、それは寒緋桜の花見に端を発し西国全体を揺るがす大騒動に発展した事件だった。
りんが殺生丸に連れられ西国に来てから二度目の春に、それは起こった。
梅を追いかけるように咲き出す寒緋桜を見に行こうと“狗姫(いぬき)の御方”が、りんを誘い出したのが事の始まりだった。
昨年の男子禁制の上巳(じょうし)の節句の宴以来、何かにつけて、りんを連れ出しては一緒に遊ぼうとする御母堂様。
童女を溺愛する西国王、殺生丸にとって、それが面白かろう筈がない。
従って御母堂様が何事か思いつかれる度に殺生丸も同行する羽目になる。
花見遊山(はなみゆさん)の話も当然の如く殺生丸の耳に入り、りんを独占させまいと政務の日程を強引に調整させ行動を共にする事となった。
“花見”と云えば宴会が付き物である。
結果的に今回の花見も、又、御母堂様ご一行と西国城の主だった家中の者を巻き込んでの一大行事と相成った。
西国城から巽(たつみ)の方角(=南東)、距離にして半時(約一時間)ほどの場所に寒緋桜に覆われた小高い山が有る。
桜の季節になると、全山が朱に染まる事から“朱山(しゅざん)”と呼ばれている。
一面、朱に覆われた山を阿吽の背から見下ろして、りんが感嘆の声を発する。

 
「凄いっ! 殺生丸さま! りん、こんなに赤い桜を初めて見たよ!」

 
「・・・緋桜(ひざくら)と呼ばれる由縁だな。」

 
山の中腹の比較的、平らな場所に緋毛氈(ひもうせん)を敷き詰め宴が始まろうとした時に、その事件は起こった。
座の中央を占める殺生丸と御母堂様を目指して幼い子供を連れた母親が、ある事を訴えようとして無理矢理、割り込んできたのである。
世に言う“桜騒動”の始まりであった。
母親の名前は、阿那(あだ)、鈍色(にびいろ)の髪に朱の瞳、なまめかしく艶っぽい容貌が、嘗て葬り去った奈落の分身、神楽を何処と無く思い起こさせる女妖である。
子供の名は祖牙丸(そがまる)、見かけは人間の子供に換算すれば五・六歳くらいだろうか。
しかし、問題は子供の容貌だった。
白銀の髪、金の瞳、額にある月の徴、そう、西国王、殺生丸と同じ髪の色に目の色。
阿那(あだ)という母親の訴えも、その事実に起因していた。
犬妖族の国、西国において最も高貴な血筋を顕(あらわ)す白銀の髪、金の瞳を有するのは西国王、殺生丸と生母である母君のみ。
話は五十年前に遡(さかのぼ)る。
当時、殺生丸は猫妖怪である豹猫一族と大昔の遺恨から戦う仕儀となった。
亡き父、闘牙王に関わる因縁から半妖とは言え息子である犬夜叉も戦に携わる事を期待されたが、生憎、巫女に封印され参戦する事は叶わなかった。
戦は辛(かろ)うじて勝利したものの、肝心の豹猫一族を取り逃がし味方にも多大な損害を出す結果で終わった。
その戦いの場において殺生丸が強く感じた思いは父から譲られた“癒しの刀”天生牙への拭(ぬぐ)い去り難い不満と、もう一振りの“力の刀”鉄砕牙に対する渇望。
その思いが殺生丸を荒(すさ)ませた。
己が身に渦巻く激しい鬱屈した思いをぶつけようにも、父は既に世を去って久しく、己以外に父の血を受け継いだ唯一の存在である半妖の異母弟は巫女に封印された。
荒れる心のままに殺生丸は数多(あまた)の女妖の誘いを拒まなかった。
絶世の美姫と美男の両親の間に生まれた殺生丸である。
その震い付きたくなるような美貌に黙っていても女達が列を成して相手をしたがる。
絶大な妖力は、そのまま生命力に直結する。
一晩に五人(=妖)もの女を相手にした事さえあった。
暫く、そんな誰彼構わず相手にする時期が続いた。
しかし一度でも閨(ねや)を共にした女は誰もが例外なく殺生丸の愛人気取りを始める。
そして他の女達と諍(いさか)いを起こす。
その余りの煩(わず)わしさに嫌気がさした殺生丸は素人女とはキッパリ縁を切り、それ以後は口の堅い商売女から慎重に相手を選ぶようになった。
阿那(あだ)という母親の訴えは、丁度、殺生丸が女どもと遊び回っていた時期に符合(ふごう)する。
しかし、殺生丸はその女に全く見覚えが無かった。
当然、その訴えに取り合おうとはせず無視しようとしたが母君である“狗姫(いぬき)の御方”に止められた。

 
「待て、殺生丸。此処は一旦、西国城に戻って、あの女、阿那(あだ)とやらの身元を洗い出すのだ。あの幼子(おさなご)が、真(まこと)そなたの子供であるか、どうかをな。『五十年前』と言えば、其方(そなた)が“来る者拒(こば)まず”で手当り次第に女子(おなご)どもと関係していた頃ではないか。それに、朴念仁(ぼくねんじん)な上に唐変木(とうへんぼく)な其方(そなた)の事だ。どうせ、相手をした女達の顔も禄(ろく)に覚えてはおらんだろう。詮議は、それからだ」

 
「何故・・・五十年前の時の事を知っている? 母上」

 
訝(いぶか)しげに己の母を見据える殺生丸に御母堂様が事も無げに言葉を返す。

 
「何、上巳(じょうし)の節句の宴の際に色々と耳寄りな話を聞かせて貰ったのでな」

 
  チラッと殺生丸の傍らに控える小妖怪を見遣って、ほくそ笑む御母堂様であった。
ゾゾ~ッと邪見の背筋に悪寒が走った。
今宵は折檻の嵐が吹き荒れるだろう。
唯でさえ、顔色が良いとはお世辞にも言えない緑の顔色が、血の気を失って益々、悪くなりつつあった。
ガタガタと身体が勝手に震え出し冷や汗がドドッと流れ始めていた。
主の凍り付くような眼差しが、突き刺さるように痛い。
  その場に居合わせた者達は、皆、突然この降って沸いたような“御落胤(ごらくいん)”の話に驚愕し騒然となった。
最早、花見どころの騒ぎではない。
斯(か)くして花見の宴は始まる前に中止を余儀なくされた。
一行は、訴え出た母子を同行させ西国城への帰還を急ぐ事になった。
  一行が立ち去った後も寒緋桜は誰に見せるともなく、その鮮やかな緋色の花弁を誇らしげに風に揺らしハラハラと散り落としていった。
その様子は、まるで血の涙が風に舞うように錯覚させる。
これから西国に降り懸かる大騒動を予感させるかのように。
西国は憶測の渦中に巻きこまれつつあった。
事態を重く見た西国の重臣達により即座に緘口令(かんこうれい)が敷かれたが人(=妖)の口に戸は立てられぬ。
噂(うわさ)が更なる噂を呼ぶ。
“流言飛語”この言葉の示す状況が、そのまま西国全体に伝播(でんぱ)しつつあった。
果たして阿那(あだ)と云う女は五十年前に殺生丸と関係を持っていたのだろうか? 
そして、祖牙丸なる子供は、本当に殺生丸の子供なのだろうか?                             

                                                                                                                                       
                                                                                                                                (その弐に続く)
 

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