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第二十八作目『雛騒動(その壱)ご母堂様来襲』


【上巳(じょうし)の節句】、旧暦(太陰暦)の三月三日に当り桃の咲く時期に重なる事から“桃の節句”とも呼ばれる。
古代中国では上巳の日に川で身を清め不浄を祓(はら)う習慣があった。
これが平安時代に日本で取り入れられ、その後、“流し雛”という風習に変化。
また桃が邪気を祓(はら)い長寿を保つという中国思想の影響を受けて桃の花の入った桃酒を飲むようになった。
平安時代に貴族の子女が人形で遊んだ“ひいな遊び”と上記の風習“流し雛”とが結び付き雛祭りになったと考えられている。
現在のような雛祭りが定着したのは江戸時代からである。
 
ドオン! 
衝撃音と同時に結界が破られた。城内に瞬時に緊張が走る! 
しかし、次の瞬間、犬妖達は警戒を解いた。
漂ってきた匂いは、この西国城の主、殺生丸の御生母様『狗姫(いぬき)の御方』の物。
先の正月、西国王の養い仔、人の仔である“りん様”を満座の許で「養女にする」と宣言され衆目の度肝(どぎも)を抜いた御方である。
華やかな蝶の紋様の内掛けを纏った御母堂様がお供の女官衆を大勢引き連れ空から降りてこられた。
胸元を飾るのは勿論、冥道石の首飾りである。
女官達はそれぞれ手に荷物を持っている。
丁度、城内で執務に励んでいた殺生丸も即座に異変を感じ取り縁側に飛び出してきた。
殺生丸が張り巡らした最高強度の結界を容易(たやす)く破る事が出来るような実力者は、西国には、いや、妖怪世界でも数える程しか居ない。
当然、その相手も特定出来る。
咄嗟に脳裏に浮かんだ相手が、やはり、予想に違(たが)わず目の前に現われた。

 
「・・・何の用だ。母上」


露骨に嫌そうな気配を声にも顔にも滲(にじ)ませて、殺生丸が己の母に尋ねる。


「相も変わらず無愛想な奴だな、殺生丸。そなたに用は無い、りんは何処だ?」

 
そう言った端から、りんが部屋から走り出して来た。
臙脂(えんじ)色の生地に鶯(うぐいす)と白梅をあしらった紋様の内掛けが早春の季節に相応しい。
邪見と相模も一緒である。


「ワアッ! いらっしゃいっ! おっ・・お母さま。」

 
「オオッ! りん! 元気にしておったか? 逢いたかったぞ!」


「お久し振りで御座います、御方様。」

 
「相模か、一月振りだな。それに、其処(そこ)な小妖怪も。」


「・・・邪見に御座います。」

 
依然、母君に名前を覚えて貰えない邪見が、少々、憮然としながら返事をした。


「ん? そうであったか、まあ良い。今日は、りんに土産を持ってきたのだ。」

 
後ろに控えていた女官衆を振り返り、御母堂様が目で合図をした。
すると、荷物を抱えた女官衆がゾロゾロと部屋に入り、一斉に箱から何かを取り出し中央に飾り始めた。
それは見事な細工の雛人形であった。
御殿造りの館に揃いの内裏雛、三人官女、五人囃子(はやし)、左大臣、右大臣。
飾り終わった女官衆が立ち退くと、其処には、女の子ならば誰しも夢に見るような雛飾りが完成していた。
この時代の庶民には、一生、手にする事は愚か、見る事さえも叶わぬ一級品の品々である。


「ウワァ~~! 綺麗! 綺麗! 凄いっ!」


りんが興奮して歓声を上げた。
大きな瞳が、キラキラと輝き、柔らかな頬には赤味が注(さ)している。
元々、愛らしい顔立ちが嬉しそうに花のように綻び、より一層、愛らしさを引き立てる。


「これは、りんの雛人形だ。妾(わらわ)が懇意にしている人形師に特注して作らせた物じゃ。」


「えっ! これ・・・りんの・・なの!?! 本当に?」


「勿論じゃ。そなたは妾の養女(むすめ)になったのだからな。上巳(じょうし)の節句が近付いておる。女の童(めのわらわ)は昔から人形で遊ぶ物じゃ。養母(はは)が、可愛い娘に“ひいな遊び”の為の人形を揃えてやらんでどうするぞ。」


「おっ・・お母さま! あっ・・ありがとう! りん、凄く凄~~~く嬉しいっ!」


貧しい農村に生まれ育ったりんは、こんなに綺麗な人形を見た事も聞いた事も無かった。
殺生丸に出会うまでは生きるだけで精一杯、かつかつの生活を強(し)いられてきた境遇だった。
それでも、まだ家  族が生きていた頃は、貧しい乍らも幸せだった、
仲の良い両親と兄達に守られて。
そんな、ささやかな幸せさえも夜盗達に奪われてしまった。
家族を惨殺され孤児になったりんは村の厄介者として何か事ある毎に虐待された。
目の前で家族を殺された衝撃のせいで口が利けなくなった事にさえも薄情な村の者達から同情の声は無く、気味が悪いと疎(うと)まれ蔑(さげ)まれた。
りんにとって、何より一番、怖ろしいのは妖怪でも亡霊でもなく生きている人間その物だった。
だからこそ、犬夜叉との闘いで重傷を負った殺生丸に近付けたのかもしれない。
明らかに人ではないと判る風采、白銀の髪、金色の瞳、頬に走る二筋の妖線、額にある月の徴(しるし)、右肩に掛かる豊かな白い毛皮、血に汚れてはいたが上等な着物、何もかもが、りんの知っている村人達とはかけ離れた存在だった。
偶然という言葉が在る。
しかし、偶然などは有り得ない、此の世における一切の事象は全て必然。
期せずして、りんは、見えざる運命の手に導かれ、己の宿命の相手、殺生丸に出会うべくして出会った。
そして、それは、殺生丸にとっても同様であった。
不思議な運命と言うしかない。
而も、その結びつきには天生牙が関与している。
人智を超えた力が働いていると言っても過言ではないだろう。
何はともあれ、りんと殺生丸は共に居る。
当然、殺生丸の従者である邪見も、側に。
阿吽は、言うまでもない。

 
  殺生丸が西国に帰還した事により、りんの境遇は、旅をしていた頃とは一変した。
日々の世話は、殺生丸の乳母をしていた女官長の相模に一任され、完全にお姫様の生活である。
おまけに殺生丸の母君が、今年の元旦の宴で“りんを養女にする”と家臣一同を前にして公然と宣(のたま)ったのであるから、もう押しも押されぬ本物の姫君になったと言っても差し支えない。
妖怪世界でも屈指の実力者が二人も後ろ盾に付いているのである。
下手に手を出そう物なら、即刻、首が飛ぶ事を覚悟しなければならない。
唯・・・此処にチョットした問題がある。
この母子は、お世辞抜きにしても仲が良いとは言えないのである。
と云うよりも息子の方が母を毛嫌いしていると云った方が良いだろうか・・・。
その証拠に西国王の眉間には今もハッキリと皺が寄っている。
大切な養い仔を、最近、何かにつけて構いたがり遊びに来る己の母を如何にも忌々(いまいま)しいとばかりに睨んでいる。
この調子では後で邪見が八つ当たりでボコボコにされるのは、ほぼ確定であろう。

・・・面白くない。
りんが、我が母とは言え己以外に、あんなにも嬉しそうな顔を見せるとは!
あんな物(=人形)に誑(たぶら)かされおって! 
おのれっ! 何が“ひいな遊び”だっ!
上巳(じょうし)の節句だっ! 
貴様が、単に、りんと一緒に遊びたかっただけだろうがっ!
ムムッ・・・りんに気安く触るな! 
りん、お前もお前だ! 
そんな蕩(とろ)けそうな笑顔を女狐に向けるなっ!
(再三で申し訳ありませんが、御母堂様は犬妖の為、女狐ではなく雌犬で御座います)
お前が笑顔を見せる相手は、この殺生丸だけで良いっ!ギリギリッ(牙の音)
  殺生丸という御仁は、普段、滅多に感情を見せない。
長年、付き従っている邪見でさえ、主の心情を読み損なう事が多い。
それ程、無表情な御方なのである。
そんな殺生丸が、あからさまに感情を見せる時と云えば、まず間違いなく、りんが絡んでいると見て問題ない。
本日とて例外ではない。

 
「さて、人形も運び終えた事であるし、今日は、これにてお暇(いとま)しよう。」


(さっさと帰れ!)・・・殺生丸の心の声

 
「エ~~~ッ! 帰っちゃうの!?! おっ、お母さま、りん、もっとお話したいのに・・・」


りんが、残念そうに養母を見上げて声を掛ける。

 
「次は、弥生の月、上巳(じょうし)の節句にやって来よう。その時には、りん、心ゆくまで、話を致そう。何しろ
女子(おなご)の祭りだからな。オオッ! そうだ!! 奥仕えの者達、いや、この城に勤めている女
子(おなご)ども全てを集めて宴を催そう。勿論、酒は飲み放題、ご馳走も食べ放題の無礼講じゃ。皆で、思う存分、楽しく過ごそうではないか。」

 
(何っ! 又しても来る積りかっ! 断れっ! りん!)・・・殺生丸の心中

 
「うん、きっとね! おっ、お母さま、約束だよっ!」

 
「手配を頼むぞ、相模。そなたならば抜かりなく目配りしてくれよう。」


御母堂様が、西国城の奥向き全てを差配する女官長の相模を振り返り、宴の準備を申し付けた。

 
「御用の向き確(しか)と承りました。この相模、御方様のご意向に添うよう精一杯、務めさせて頂きます。それでは、道中、お気を付けてお戻り下さいませ。来月のご来駕(らいが)をりん様共々、お待ち申し上げております。」

 
「ウムッ、では、次に逢うのは宴の席じゃ。りん、それまで達者でおれよ!」


こうして王母は、帰って行った。
唯一人(一匹?)憤懣やる方ない西国王を残して。
来(きた)る上巳の節句には、さぞかし華やかな宴が張られる事だろう。
主不在の期間が長らく続いた西国城では、これまで、そのような雅(みやび)な催し事は一切、開かれてこなかった。
久方ぶりに催される事になった上巳の節句の宴に城内の者ども、特に女達はワクワクと心を躍らせ何処となくソワソワと落ち着きがない。
その日を指折り数えて待ち詫びている。
その分、男達は、つんぼ桟敷な状態に置かれている。
それは、西国の王である殺生丸でさえも例外ではなかった。

 
                             『雛騒動(その弐)』に続く
 
 
 
 
 
 
 
 
                  

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