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第二十四作目『地獄谷』

雪・・・音も無く後から後から降り頻(しき)る雪の中、奇妙な一行が、空を飛んでいる。
片や、双頭の竜に跨(またが)る珍妙な格好の小妖怪、その後ろには、十代の前半と思(おぼ)しき人間の少年、もう片方は、純白の雪に溶け込みそうな白い毛皮に童女を包み、懐(ふところ)に抱き込んだ美貌の青年。白銀の髪、白絹の着物、白い肌、そのまま雪の精と云っても通りそうな犬妖の殺生丸が率いる一行は、この悪天候の中、何処へ向かおうとしているのか・・・。
時折、吹き付ける風は、身を切るように冷たく、妖怪の端くれである邪見でさえ、身体を震わせる程である。
況(ま)して、人間である琥珀には尚更の事、寒さに耐えかねて、ガチガチと歯を鳴らしている。
全く平気なのは、大妖である殺生丸と、彼の毛皮に包まれ、懐(ふところ)深く大切そうに抱き込まれた幼い人間の少女、りん位な物であろうか。
殺生丸が、犬妖特有の恐ろしく鋭い嗅覚を誇る鼻腔で、風の中に、目当ての場所の匂いを捉えた。
一気に速度を上げ、急降下する。
邪見も遅れてはならじ!と阿吽の手綱を引き絞り、急いで、主の後を追う。
殺生丸が、何かに気付いたのか、後方の邪見に、声を掛けて注意を促す。
 
「邪見、阿吽の方向を変えろ!」
 
「へっ!」

従者が、間抜けな返答を返すか、返さないかの内に、下から熱湯が、勢い良く噴出してきた。
ビシュ―――――――――――――――ッ! 
温度にすれば五十度から九十度は、あるだろうか。
 
「ドワァ~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
 

慌てて阿吽の手綱を引き、方向を変える邪見。
もし、あの熱湯を、まともに被(かぶ)っていればまず、火傷は、免(まぬが)れない処であった。
 
「おっ、驚いたぁ~~~! 肝が冷えたわいっ!!」
 
「危ない処でしたね、邪見様。あれは、何だったんですか?」
 

緑色の小妖怪の後ろに控えた琥珀が、先程の不思議な現象について邪見に尋ねる。
 
「あれはな、間欠泉といって、一定の時間毎に、ああやって熱湯を噴出すのじゃ。」
 

「俺、温泉は、知ってたけど、あんなのは、初めて見ました。」
 
「どの温泉にでも起きるという訳ではない。極めて珍しい現象なのじゃ。」
 

邪見が、長年の見聞で集めた知識の一端を得意気に披露する。
こう見えて、邪見は、中々の物知りで、世間一般の素養は、一通り身に付けているし、その上、長年の旅暮らしで見たり聞いたりした事も多い。
謂わば、妖怪版“耳袋”の語り手と言っても良いかも知れない。
目的の場所に近付くに従い、邪見でも嗅ぎ分けられる程度に、温泉の匂いが強くなってきた。
其処彼処(そこかしこ)に湯煙が、白く立ち昇っている。
切り付けるように冷たい冬の冷気が、地熱と温泉の蒸気で温められ、和(やわ)らぎ始めている。
乳白色の豊富な湯量が、滔々(とうとう)と川に流れ込み、冷水を温水にと変えている。
冷厳な冬に対抗するかのように、温泉の蒸気が、周囲一帯を覆い、冷気を温め、この場所だけは、春を思わせるような気温に変化させている。

 
此処、信濃国(しなののくに)の“地獄谷”は、古くから熱湯が噴出す間欠泉が、地獄の“釜茹での刑”を連想させるのか、長く“地獄の地”として恐れられてきた。
地名も、其れに由来している。
この地から湧き出す温泉は、『万病に効く』と云われ、皮膚病に対する効能も高い。
わざわざ、遥か遠くから湯治(とうじ)に訪れる人が絶えない程である。
しかし、人里から遠く離れ、冬ともなれば完全に雪に覆われ、おいそれとは近付く事さえ出来なくなる場所にある。
その為、この“地獄谷”の湯治場(とうじば)は、雪に閉ざされる期間は、必然的に閉めざるを得ないのであった。
尤も、殺生丸一行にとっては、それこそが、願ったり叶ったりの場所である所以(ゆえん)なのだが。
殺生丸自身は、全く人気の無い、遥か山奥の秘湯に逗留(とうりゅう)する事も一考してみたのだが、そうすると、りん達が雨露を凌(しの)ぐ家屋が無い。
そうした理由から、冬季のみ閉鎖される、この湯治場が、選ばれたのであった。
暫くすると、深い雪の中に湯治場の建物が見えてきた。
春のような暖かい蒸気に満ちた大気が、冷気に曝(さら)され続けた邪見と琥珀の心と身体を、知らず知らず、ホッと解(ほぐ)してくれる。
阿吽も、この温かさが嬉しいのか、グルグルグルゥ~~~と喉を鳴らす。
りんが、はしゃいで、殺生丸の懐(ふところ)から飛び出す。
 
「ウワ~~~ッ! 温かい!! 気持ち良い~~~!!!」
 
「まるで春みたい! 殺生丸さまっ!! ここに連れて来てくれて有り難う!!!」
 

ひとまず、一行は、建物の中に身を落ち着けた。
流石に、湯治場だけあって一通り炊事道具が揃っている。
その上、大勢が寝泊りする場所でもあるので、寝具までもが何人分も置いてある。
これならば、冬の間、此処に留(とど)まったとしても不自由しないだろう。
厳しい寒さに、りんの小さな手足は、霜焼けと皸(あかぎれ)になり、痛々しい様相を呈している。
少なくとも、りんの手足の霜焼けと皸(あかぎれ)が完全に治るまでは、此処に腰を落ち着ける事を、殺生丸は決めた。
天空の母の城を辞して以来、殺生丸は、りんの健康に、一方(ひとかた)ならぬ関心を払うようになっていた。間違いなく冥界での経験に起因している。
最早、天生牙でも、冥道石でさえも、りんの命を繫ぐ事は出来ないという、どうしようもない事実。
もし、万が一、りんの身に何かあったら・・・次こそは最後!!! 
そうさせない為には、童女を護るしかなかった。あらゆる危険を、未然に察知し、排除し、殺生丸自身が、頑是無(がんぜな)い童女を護り切るしかなかった。
何故なら・・・・殺生丸にとって、童女は、りんは、何よりも大切な存在になっていたから。
思い返す度に、今も甦る、あの激しい喪失感と苦痛。
何処までも昏(くら)い冥界の中、隻腕で息絶えた童女を抱きかかえた時、殺生丸は、真の恐怖を味わった。童女が、“愛しい”とさえ自覚していなかった己が心。
そんな感情が、己の中に在る事さえ知らなかった。
何の力も持たない無力極まりない存在の童女、己が、その気になりさえすれば、一瞬の内に、この爪で切り裂いてしまえるような儚い命。
事実、りんは、嘗て、妖狼族の狼どもに噛み殺され、あっけない程、簡単に命を落とした事がある。
その命を、天生牙を振るって冥府から呼び戻したのは・・・己自身。
何故、あのような事をしたのか? 
童女の眩しい笑顔が失われる事が許せなかったのかも知れない。
数百年、生きてきて初めて見た、何一つ他意の無い純粋な笑顔の持ち主。
あの時、既に、己は、童女の笑顔に心惹かれていたのかも知れない。
だからこそ、蘇生した童女を旅の供に加え、連れ歩いて来たのだろうか。
鉄砕牙を使いこなした犬夜叉の放った風の傷を受け、身動きすらままならぬ深手を負った己に、臆(おく)する事なく近付いてきた稀有な存在。
媚びもせず諂(へつら)いもせず、何の見返りも求めず・・・。
これまでにも己に近付いてきた輩は居た。
だが、そいつらは、己の力を利用しようと阿(おもね)る奴らばかりだった。
神楽―――そう云えば、あの女もそうだったな。
奈落から自由になりたいが為に己の力に目を付けて近付いてきた。
奈落とて同じ事。
己が最も嫌う唾棄(だき)すべき者ども。
阿諛追従(あゆついしょう)しかしない不誠実極まりない輩達。
そんな浅ましい性根の者達を見慣れた己には、りんの存在は“不可思議”としか云い様のない物で・・・・。
見極めたかったのかも知れない、童女の真意を。
何故、手負いの獣そのままの己を救おうとしたのか? 
其処に、何らかの作意が在ったのではないか、と。
猜疑心に満ちた己の心は、此処でも、見事に肩透しを喰った。
元々、何も無い処に、そんな物が存在する筈も無く、天真爛漫な童女は、日々、無邪気に花を摘み、愛らしい声で、小鳥が囀(さえず)るように話しかけて来た。
りんから己に向けられる感情は、日溜まりのように暖かく柔らかな心地良い物で、何時しか、“りん”は、己に取って、何者にも代え難い存在へと変わっていった。
喪う事など、到底、想像さえ出来ない程に。
(りん・・・お前は、何時の間に、こんなにも、私の心を捉えたのだ?)
物思いに耽(ふけ)る殺生丸を、騒々しい物音が、現実に引き戻した。
どうやら、りんと邪見が、何やら言い争っているらしい。聡(さと)い妖耳で、聞き耳を立ててみる。
 
「どうして、みんな一緒に、温泉に入っちゃいけないの? 邪見さま。」
 
「馬鹿者っ! 『男女、七歳にして席を同じゅうせず』という諺が、あるのじゃっ!」
 

「りんは、七歳じゃないもん!」
 

「お前は、違うじゃろうが、琥珀は、とうに七歳を超しておるし、儂にしても同じ事じゃ。」
 
「つまんないの。じゃあ、殺生丸さまと一緒に入るのは、良いのかな?」
 
「阿呆っ! もっと悪いわいっ!! お前は、儂の説明をチャンと聞いておったのか!?」
 
邪見が、そう云った舌の根も乾かない内に、従者の小さな身体は、遥か彼方の宙を舞っていた。
殺生丸に、思いっきり、蹴り飛ばされたのだ。
余計な事を云うな、馬鹿者!! 
折角、りんが、一緒に入ろうと言っている物を!
フン、気の利かない奴だ。
 
「アレェ~~~邪見さま、飛んでっちゃった。大丈夫かな?雪の中に埋まっちゃわないかな?」
 
「その内、戻ってくる。それよりも・・・りん、私と一緒に温泉に入りたいのか?」
 

「うんっ!」
 
「・・・そうか・・・」
 
「琥珀も一緒に入ろう! 人数が多い方が、きっと楽しいよっ!!」
 
「えっ!?」
 
りんが、そう云った途端、殺生丸が琥珀をギロッと睨みつけた。
それも、りんの立っている位置からは、絶対に見えない角度で。
(貴様、まさか、りんと一緒に入ろうなどと考えてはおるまいな?)
殺意の籠(こも)った無言の恫喝を漂わせて、射竦(いすく)めるように金色の獣眼が光る。
(こっ、怖い! しっ、真剣に怖いよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)
全身に冷や汗を浮かべながら、しどろもどろで琥珀が、りんの誘いを断ったのは、云うまでも無い。
 
「いっ、いいよ。俺は、後から邪見様と一緒に入るからっ!」

「ふ~~~ん、そうなの。」
 
こうして殺生丸は、首尾よく、溺愛する童女と一緒に温泉に浸(つ)かったのであった。
雪に覆われ、一面、白一色に変わった風景の中、空から舞い降りる雪を眺めつつ入る温泉は、湯煙情緒満載で、風流の極みとも云うべき眺めであった。
これで酒でも、あれば文句無しなのだが。
生憎、用事を言付けようにも邪見は、さっき、蹴り飛ばしたばかりで、まだ、戻って来ていない。
まあいい、暫し、可愛いりんと一緒の入浴を楽しむとするか。
りんは、先程から、湯に潜ったり出たりを飽きもせず繰り返して遊んでいる。
漸く、飽きたらしい。私の傍に寄って空を見上げている。
 
「静かだね、殺生丸さま。まるで、りんと殺生丸さましか、この世に居ないみたい。」
 

「もし、そうだとしたら・・・嫌なのか?」
 
「えっ! ううん、りんは、それでも良いけど、殺生丸さまは嫌じゃないかな?と思って。」
 
「・・・そんな事はない。(お前さえ、私の側に居れば良い)」
 
 
雪が音を吸収するのだろう。
聞こえてくるのは、唯、コポコポと湧き出す温泉の湯の音のみ。
静かで平和な世界地獄谷”などという怖ろしげな地名からは、想像もつかないような安らかな癒し
の空間。
まるで、神が、この地に宿り給うたような清浄な美しさが雪によってもたらされている。
りんの眼では、判らないだろうが、殺生丸の妖視には、かなり遠くで、同じように温泉に浸かっている獣達の姿が見えた。
猿は集団で、狐は一匹で、更に遠く離れた場所には鹿の親子が、それぞれに暖を取る為か、又は、傷を癒す為か、心地良さ気に首までユッタリと浸かり、目を細めている。
(雪の降る間は、人間達も近づけぬ。獣どもの湯治場に早変わりという訳か。)
(フッ、そう云えば・・・・私も犬妖、獣である事に違いは無いな。)
殺生丸は、妖視に映る獣達を眺めながら、ふと、そんな思いを抱いた。
太陽が雪雲で覆い隠されているせいで、時間の経過が、掴みにくい。
夕暮れが近付いていたようだ。
急に、辺りが暗くなってきた。
それと同時に雪も、漸く止み、星が見えてきた。
風で雪雲が飛ばされたのだろう、冴え冴えとした空に浮かぶのは、冬の半月、上弦の月だ。
これから、次第に膨らみ、満月へと近付いてゆく。
りんに対する殺生丸の想いも、今は、まだ、庇護する者への保護者としての情が大半を占めている。
しかし、その想いも、月が満ちていくように、りんが成長するに従い、変化の度合いを高めていくのだろう。
雪が融けて水に変わるように、それは、必然で、そんなに遠い未来の事ではない。 了

2006.12/17(日)作成◆◆猫目石

《第二十四作目『地獄谷』についてのコメント》
とにかくトラブルで難儀した作品です。 
日記に書いたように二度目の消去経験作品でサックリ綺麗さっぱり消してしまった物です。 
一度めのように大長編でなかったのが◆せめてもの幸いでした。 
当初の題は『湯煙道中』でしたが◆こんなトラブルを経験すると験を担ぐ気分になってきて『地獄谷』と改題しました。 
実際◆『湯煙道中』よりも『地獄谷』の方がインパクトがあって強烈 
これは良いとばかりに悦に入ってます。
ついで乍ら◆◆◆昨日◆目出度く◆壱万四千打◆を達成致しました。 
此処に謹んで御礼を述べさせて頂きます。
これも拙宅のような◆しがないブログにお越し下さる皆様の御蔭で御座います。
これからも自分の力の及ぶ限り◆喜んでもらえるような小説を書いていく所存でございます。
ご訪問◆有り難う御座いました。

2006.12/17(日)★★★猫目石
 
 

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