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第十作目『阿吽の旅語り』 

我が名は「阿」、我が名は「吽」、戦国最強の妖怪と謳われし殺生丸様の双頭の騎竜である。
八大竜王の一、和修吉(わしゅきつ)竜王が眷族。 
和修吉(わしゅきつ)竜王は、多頭の竜王。
我らが双頭は、一族の証(あかし)。
前(さき)の西国王、闘牙王の嫡男、殺生丸様が御誕生の際祝いとして和修吉竜王から贈られしが我ら兄弟。 
阿が兄、吽が弟、それ以来、数百年を主と共にしている。 
竜は神獣・霊獣であり、啼き声により雷雲を呼び、天空に昇り、自由自在に飛翔する。
我らも、又、雷撃を吐き、妖火を携え、空を往く。 竜族は誇り高き一族として知られておる。
かの外つ国(とつくに)では、皇帝の象徴として崇められてきた。 
竜頭、竜駕、竜眼、枚挙に遑(いとま)がない程である。 
そんな我らが、主人として認めた殺生丸様だ。 
あのお方がどれほどの妖力(ちから)を有しておられるか判ろうと言う物であろう。
その妖力も然る事ながら、月の如く玲瓏なる容姿、君臨する者としての生まれ乍らの資質。
殺生丸様の騎竜として選ばれし事は、誠、我らが誇りなり。
父君、闘牙王様の形見の宝刀、鉄砕牙を捜し求める旅に、御供して、早、二百年。
この旅について、特に、りんを拾われてからに焦点を当てて物語る事にしよう
我らは、喋る事は出来ぬが、委細承知、理解はしておる。
竜王クラスになれば、神通力で、意思の疎通を図る事も出来るが、我らは、竜としては、まだ年若く、それは出来ぬ。
それでは、始めるとしようか。 
まずは、我ら以外の供の者について、ご説明致そう。
旅の途中に従者として加わった小妖怪の邪見。
主に惚れ込んで家来になったのは良いが・・・一言多い性格の為、主にお仕置きされる回数が、かなり多い。 グルル~~~~(溜め息)
時には、単なる憂さ晴らしに折檻されている事もある。  
・・・何も言うまい。
その割には、中々、丈夫で、甲斐甲斐しく、主に仕えている。
あんなに邪険にされながら、主人を心から誇りに思っている邪見には、ホトホト感心する。
誇り高き我らが主、殺生丸様、純血の誉れ高きあのお方にとって、半妖の異母弟、犬夜叉は、目の上のタンコブに等しい。 
人間と妖怪との間に生まれし不浄の存在。 
人間でも妖怪でもない。
尊敬していた父君の唯一と言ってもよい汚点、潔癖な主にとって許し難き存在(弟)なのである。
殺生丸様の左腕を斬り落としたのも、奴の仕業らしい。 
それにしても、激しい兄弟喧嘩である。
何でも、父君の形見の宝刀、鉄砕牙を、巡っての争いだったらしい。
代わりの左腕を捜す過程で、主は、あの喰わせ者の奈落と出会われたのである。
結局、生粋の妖怪である主は、鉄砕牙の結界に拒まれる為、手に入れる事は、断念された。
それでも、手に入らない以上、異母弟にも渡したくなかったのか、龍の腕を、手に入れられ鉄砕牙を叩き折りに行かれた。 
凄まじい執念である。 
正直、怖いお方である。
しかし、生憎、土壇場で『風の傷』を会得した犬夜叉に、瀕死の重傷を負わされてしまったのだ。
そんな殺生丸様を、介抱したのが、今、我らの背に乗っている童女、りんである。
童女は、異形の我らを怖れる事なく近寄り、花を摘み、花輪を編み、双頭の頭に飾ろうとする。
りんは、大層、愛らしい童女で、笑顔は、飛び切り、可愛らしい。
人間に、接した事は、殆ど無かったが、大層、脆弱な生き物と聞き及んでいる。
そんな脆弱な生き物の内でも、更に、りんは、幼く、か弱いのだ。 
守ってやらねば!
童女は、妖狼どもに噛み殺されて、一度、死んだらしい。
その童女の命を、主が、初めて自らの意思で、天生牙を振るい、冥府から呼び戻したと邪見から聞き及んでいる。 
実に、驚くべき事ではないか・・・あの、殺生丸様が!
りんは、童女は、主が、特別に大好きで、何度も、何度も、可愛らしい声で、そう告げる。
あの癇症の主に・・・だ。 
正直、あれには・・・恐れ入る。
我らが主は、殺生丸様は、それは激しい気性の持ち主で、あの方の逆鱗に触れた者は、まず、次の朝日を拝む事は叶わぬ、とまで言われた、お方である。 
父君が、人間である犬夜叉の母に、想いを寄せられ、それが為に、命を落とされた事が原因で人間を、悉く(ことごとく)忌み嫌っておられた。
それほど人間嫌いの殺生丸さまが、これまで、一切、他者に頓着された事の無い、我らが主が、拾い上げ、尚且つ、旅の供に加えられた、人間の童女、りん。
それだけでも、瞠目に値する。 
徒や(あだや)、疎(おろそ)かな真似は出来ぬ。
我らは、逸早く(いちはやく)その事実に気付いたが、御供の小妖怪は、これまでの主の行動に気を取られ中々、納得できないようである。 
事ある毎に、人間の小娘と侮り、その度に、主から、キツイお仕置きを受けている。
しかし、りんが、奈落の分身、神楽に攫われるに至り、主にとって、童女の存在が、どれほどの物か、得心がいったようである。
現在、我らが主、殺生丸様の腰には、二振りの刀が佩かれている。 
一振りは、父君から譲られた、天生牙、もう一振りは、鬼の牙から打ち起こされた剣、闘鬼神。
天生牙は、鉄砕牙と同様、父君の牙から打ち起こされた刀であるが、『斬れぬ刀』なのである。
癒しの刀である為、闘いの役には立たぬ。 
ひたすら、覇道の道を進まんと志される殺生丸様が「なまくら刀」と呼ばれるのも無理はない代物なのである。
それが為に、父君が遺された、もう一振りの刀、鉄砕牙を、二百年もの間、捜し求められたのだ。
捜し当てられたまでは良かったのだが・・・鉄砕牙は、半妖の異母弟の物になってしまった。
その鉄砕牙を、噛み砕いた悟心鬼なる鬼の牙、殺生丸様が、目を付けられるのも当然であろう。
天生牙・鉄砕牙を打ち起こした稀代の名工、刀鍛冶の刀々斎から破門された不肖の弟子。
灰刃坊の許に、その鬼の牙を持ち込み、新しい刀を打ち起こさせた。 
それが、闘鬼神である。
禍々しい邪気を放つ妖刀で、一歩間違えば死んだ鬼の怨念に取り憑かれてしまう。
事実、剣を打ち起こした灰刃坊は、その鬼の怨念に取り憑かれ、命を落としている。
半妖の異母弟、犬夜叉でさえ、手を触れる事が出来なかった曰(いわ)く付きの剣である。
それほど禍々しき妖刀を、我らが主、殺生丸様は、難無く手懐けてしまわれた。
あの方の妖力が如何に桁外れであるかを、如実に物語るものであろう。 その圧倒的なまでの実力。
あの刀鍛冶、刀々斎も驚いておった。
闘鬼神を手中にされた以上、最早、鉄砕牙にも引けは取らぬ。
疑問に思っておられた、悟心鬼を倒した際の犬夜叉めの血の変化を確かめるべく闘いを挑まれた。 
後一歩の処まで追い詰めたのだが、刀々斎めが半妖を庇い、辺り一面を火の海に変え、その隙に奴の仲間どもが、気を失った犬夜叉を連れ去ったのだ。 
フッ、運の良い事よ。
そう言えば、確か、あ奴には、ノミ妖怪の確か・・・冥加なる者が付いておったな。
我らが主は、疑問に感じた事は、即、解決せねば、気の済まぬ短気なお方。
己が抱いた疑問に、恐らく、答えてくれるであろう、父君のお知り合い、樹齢二千年もの朴の木の精、朴仙翁を訪ねられた。 
そして、かの樹精より、鉄砕牙が、半妖の異母弟、犬夜叉の妖怪の血を抑える為の守り刀である事を知らされたのだ。
多分、あの時、鉄砕牙に対する執着を、完全に無くされたのであろうな。
犬夜叉が、変化して、己を失い、暴れ回っている所に、兄として駆けつけられ、その暴走を闘鬼神を使って止められたのだ。 
実に、殺生丸様らしい事よ。
闘鬼神は、奈落の分身、悟心鬼なる鬼の牙から打ち起こされた剣、その為なのか、同じく奈落の分身、神楽なる者が、以後、何かにつけ我らが主に絡んでくるようになる。
殺生丸様の強さに目を付け、奈落を殺してくれる事を当てにしてな。
何時ぞやなどは、四魂の欠片と引き換えに、殺生丸様を後ろ盾にしようと目論み、色仕掛け絡みで取引を申し込んできた事もあったな。 
何と愚かな!
我らが主が、誇り高き殺生丸様が、奈落の分身なんぞと、つるむ筈が無かろうが!
あの女は、殺生丸様に懸想していた気配がある。 
その想いが叶う事はあるまいがな。
理由?そんな物、考えるまでも無いだろう。 
我らが主は、犬妖、化け犬なのだ。
あの方の嗅覚の鋭さと言ったら・・・我らには想像も付かぬほど優れておられるのだ。
我らにさえ判別できる喰わせ物の奈落の臭気、如何に隠そうとしても隠し切れぬ。
神楽は、その奈落の分身なのだ。 
つまり、元は同じという事よ。 
どれほど容姿に優れようと鼻を摘まねばならぬような臭いの持ち主を、犬妖である主が相手になどなさるものか!
全くもって、身の程知らずな女よ。
・・・尤も、自分の臭いなど判らぬものかも知れぬがな。
それに引き換え、りんは、何とも言えず良い匂いがする。 
人間である、りんは、自分がどれほど良い匂いをしているか、気付いてもおらぬだろうが。 
まだ、幼子特有の乳臭さが抜けぬが、それでも、仄かな甘い匂いは、心地良い。 
主に比べたら遥かに劣る嗅覚の我らが気付いたくらいだ。 
勿論、主は、りんに出会った時から気付いておられた事であろう。
殺生丸様に、素っ気なく断られた意趣返しであったのかも知れぬ。 
その後、奈落の命令で、りんを攫ったのは神楽だ。 
我らが主、殺生丸様が、大切に保護しておられる人間の童女。
その、りんを攫ったばかりか、殺害を企て、あろう事か、大妖怪であらせられる殺生丸様を体内に取り込み、その強大な妖力を己が物にせんと謀った奈落。 
その卑劣さに本性を露わにし、一気に、奈落を滅せんとなさった殺生丸様であったが・・・。
奈落の奴め、りんの命を餌に、まんまと逃げおおせたのだ。 
元々、我らが主、殺生丸様は、奈落など、歯牙にも掛けておられなかった。
殺生丸様は、強大な血統を誇る犬妖一族の中でも、大妖怪、闘牙王様の高貴なる純血を、更に、色濃く受け継がれた直系の嫡子であらせられる。 
そのような御方が、奈落のようなクズ妖怪の寄せ集めの如き存在を、気になさる筈も有るまいが。 
その下賤の輩(やから)が不遜にも主の大切な養い仔を攫い、手に掛けようとした。
実に、実に、赦し難き言語道断なる振る舞い!その罪、万死に値する!
それ以来、我らが主、殺生丸様は、奈落を滅さんと行方を追って旅を続けておられるのだ。 
奈落自身は、結界を張り、己の臭気を隠しておるが、配下の琥珀なる小僧の臭いまでは隠せぬ。 
我ら一行は、殺生丸様の嗅覚を頼りに白霊山なる聖域の麓近くまでやってきた。 
聖域の結界は、邪まな者、妖気を発する者、一切を浄化してしまう。
我らは、妖気を発して空を飛ぶ。 
それ故、此度(こたび)の追跡行には、御供出来なんだ。
狡賢(ずるがしこ)い奈落は、如何なる方法を用いたのか、白霊山の結界に籠り、己の妖力の更なる強大化を図っていた。 
その間の時間稼ぎに、四魂の欠片を使い七人隊なる亡霊集団を甦らせ、殺生丸様や、犬夜叉達を、襲わせていたのだ。 
邪見の話では、蛇刀使いと鉤爪男にりんが攫われ、殺生丸様が危険も顧みず結界の中まで取り戻しに行かれたらしい。
唯・・・それ以来、我らが主は、以前にも増して、りんの安全に、気を配られるようになられた。
それまでも、危険な場所には、余り、連れて行こうとはなさらなかったが・・・。
白霊山より戻られてからと言うもの、僅かでも危険な場所には、絶対に同行させようとはなさらぬ。
安全と思われる場所に我らと共に残していかれる事が多くなった。 
勿論、りんの護衛の為に。 
それどころか、邪見までも置いていかれる事が、間々ある程だ。 
一体、何があったのであろうか・・・あの主の事だ。 
少々の事では動揺される筈もない。余程、衝撃的な事が、起きたとしか思えぬ・・・。
殺生丸様の嗅覚を頼りに来てみれば・・・・巨大な鳥の死体! 
然も・・・首が無い!
ムッ、あれは、神楽ではないか。 
如何にも擦(す)れた思わせぶりな物言い、何を云わんとするのか?
だが、主は、何か聞き出したい事があったようだ。 
神楽に近付き、問い質されたのである。
あの世とこの世の境に続く道を。 
父君の骸が眠る場所へ行かれるのか・・・・?
邪見を供に、あの女の案内で、火の国まで、出かけられた。 
当然、りんは我らと留守番だ。
前にも言ったが、我らが主は、りんの安全に、万全の態勢を取られるようになった。
りんが、単に、か弱い童女だからと云うだけではない。 
それ以上に・・・そう、まるで掌中の珠を守っておられる、そんな感じさえするのである。 
元々、他者に殆ど頓着された事が無い主が、りんに対してだけは、破格の扱いをなさる。 
それは、何を意味するのか?
殺生丸様が戻っていらっしゃった。
邪見も無事だ。
お喋りな小妖怪は、例によってあの場で何があったのかを、微に入り細に入り語ってくれた。 
白霊山で、一層の妖力の強化を図った奈落の結界は、犬夜叉の風の傷も、殺生丸様の闘鬼神の剣圧でさえも破れなかったらしい。
あ奴の瘴気により、一時は、殺生丸様を除く全員が、命を落とすか!という処まで追い込まれたそうだ。 
宝仙鬼の金剛槍破を受け継いだ犬夜叉が、奈落の結界を破り、殺生丸様が彼奴の身体をバラバラに砕かれたが、それにも拘わらず、何処ともなく消え去ったらしい。
今までの経緯から考えるに・・・恐らく、彼奴は、奈落は、心臓を別の場所に隠しているに違いない。
でなければ説明がつかぬ。 
・・・何という厄介な敵であろうか。
これでは、何度、奴の身体を破壊しようと、埒が明かぬ。 
奴の心臓の在りかを突き止めねば。
そんな時に、あの女が、神楽が、又、現れた。 
奈落が、最近、手に入れた不妖壁なる妖気を隠す守り石(多分、心臓の在りかを隠す為)を捜す手掛かりとなる妖気の結晶を手土産として。
相変わらず、奈落の命を狙っているのか。 
醜悪な奈落に相応しい配下の心情である事よ。
あの用心深い奈落の事だ。 
神楽の変心には、多分、薄々、気付いているであろうに。
自分で自分の首を締めるか。 
以前にも思った事ではあるが、愚かな女であるな。
次に、神楽に遭ったのは、我ら一行が、谷川の縁を歩いていた時であったな。
主が、殺生丸様が、何かを、嗅ぎつけられたようだ。 
ふと、足を止められた。
空から、いきなり、何か、落ちてくるではないか! 
ザッパ――――ン! 
川の水音が激しく反響する。 
神楽ではないか! 
流されて行く。
どうやら、気を失っているようだ。 
殺生丸様は、放っておけと仰られたのだが。 
童女は、りんには、到底、そのような事は出来なかったのだろう。 
助けようと川の中にはいり、足を滑らせ、それを助けようとした邪見までもが流される始末。
結局、主が、全員、助け上げる羽目と相なった。 
勿論、邪見は、特大のタンコブを頂戴した。
守役の務めとは云え、毎度毎度、難儀な事だ。 
それにしても、驚いた!!! 
神楽の胸には、大きな穴が開いているではないか! 
丁度、心臓の辺りだ。
これでは、到底、助からぬであろうと思っていたら・・・。
何と、見る見る内に穴が塞がっていくではないか! 
何とも奇っ怪な! 
流石に、あの不気味な奈落の分身だけの事はある。 
気を取り戻した神楽は、奈落の心臓の在りかと思われる寺の場所を、主に教えて去っていった。
神楽の情報を頼りに寺を訪れてみれば、夥しい妖怪の残骸。
何があったのであろう?
それに、掘り起こされたばかりの墓の跡、何者が埋められていたのか?
その後も、奈落の行方を追って旅を続ける我ら一行であった。 
旅の途中に、ふと、何気なく邪見が、神楽の事を話題にしたが、主が一言、「死んだ」と仰られた。
ああ、そうなのか。 
何時か、そうなるのではないか?と危ぶんではいたが、やはり・・・。
考えてみれば、哀れな女であった。 
あんな奴の分身として生まれたばかりに、非業の死を遂げる事になった。 
せめて、次に、生まれる時は、もっとマシな境遇であるよう祈ってやるか。
旅の途中で、見つけた冥王獣の骨の骸。 
まさか、あの甲羅を、奈落の心臓、赤子の操る魍魎丸が狙っていたとは・・・・。 
それだけではない! 
犬夜叉が宝仙鬼から受け継いだ金剛槍破まで自らの身体に取り込み、鎧甲を強化しようとしていたのだ。 
魍魎丸を追って、闘いを挑まれた殺生丸様。
闘鬼神で四魂の欠片を、鎧甲から取りだそうとなさったのだが。
闘鬼神がその過重に耐え切れず、折れてしまったのだ。
そればかりではない! 
金剛槍破の腕に捕まり、あわや、一巻の終わりか?とまで思われた程だったらしい。
幸い、天生牙の結界によって、命を落とされる事は無かったが。
相当の深手を負われた。
我らは、喋る事は出来ぬが、様々な動物と、意思の疎通を図る事が出来る。 
それ故にこそ殺生丸様ほどではないが、おおまかな状況を、ほぼ正確に掴んでいる。
我ら、竜族の、特殊能力の一環である。 
ともかく、殺生丸様の、お命に、別状が無くて良かった。 
我ら、兄弟、胸を撫で下ろし、ホウッと溜め息を吐いたものである。
しかし・・・闘鬼神が折れてしまった今、この先、どうなさるお積りか?
我らが主は、トンデモナイ意地っ張りでもあられる。 
死んでも、誰かに頼ろうなどと考える御仁ではない。
内心、ハラハラしながら見守っておったわ。 
グルルルルゥ~~(冷や汗)
刀々斎が、やって来たのは、そんな時であった。 
相も変わらず、素っ恍けた(すっとぼけた)風貌、態度の刀鍛冶。 
アアッ、もう!唯でさえ最悪のご機嫌なのに。 
頼むから、これ以上、主を刺激せんでくれ! 
下手すると殺されるぞ!
などと心配していたら。
天生牙に呼ばれたから来たと言うではないか。
何でも殺生丸様のお心に足りなかった物が生まれたらしい。 
それは、何か? 
・・・多分、慈悲心ではなかろうかと。
唯我独尊、冷酷非情と怖れられた我らが主のお心に、慈悲が、芽生えたのは、りんを拾われてからではなかろうか? 
それが、ひいては、神楽に対する哀悼の念を生じさせたのではないだろうか。
 
「天生牙を武器として鍛え直す時が来た」

刀々斎の言葉に驚きを隠せない殺生丸様。 
それは、そうであろう。 我らだとて想像もせなんだわ。
「斬れない刀」が、どう変わるのか?
打ち直す為に、天生牙を持ち帰った刀々斎。 
待ち合わせに奴が指定した場所で、もう三日も待ち続けている。 
選りにも選って魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈する場所で、人間のりんの匂いに惹かれるのか、引っ切り無しに襲い掛かってくる。 
その度に邪見が人頭杖を使って焼殺している。 
痺れを切らした小妖怪が、あの刀鍛冶が、天生牙を持ち逃げした!などと主に喚いていたら、三つ目の妖牛に乗った当の御本人が、ご丁寧にも、邪見を踏みつけてご登場だ。
あれは、ワザとだな。 
奴の悪口を言っておったからな。 
少しは口を噤(つぐ)めば良い物を。
早速、新生天生牙を抜き放ち、試し斬りをなさる殺生丸様。 
主の妖気に、刀が反応する。
強い妖気に惹かれたのか、鬼が地中から、現れ出でた。 
刀身にポウッと蝋燭のような光が灯る。
襲い掛かってくる鬼、一気に天生牙を振り下ろされる殺生丸さま。
ザンッ!ンンッ、斬れてない!? 
いや、違う! 
鬼の背後の空間が三日月の形に裂けたではないか!
その形のままに鬼の身体が斬り取られ、冥界に持ち去られる。 
残されたのは、奇妙な切り口を晒す鬼の骸。 
刀々斎曰く、元々、天生牙は、あの世とこの世を繋ぐ刀。 
それ故に、天生牙を持つ者には、あの世の使いが見え、それを斬る事で、死者を、この世に呼び戻す事が可能になる。
逆に、あの世への道、冥道を斬り、そこから、文字通り、敵を、冥界に送る事も出来るのだと。
その名も冥道残月破。 
ウムッ、我らが誇り高き主、殺生丸様に何と相応しき技であろうか。
喜びに湧く、我ら一同を、祝福するかのように、風が、柔らかく吹き抜けていったのを覚えている。
それからと云う物、殺生丸様は、冥道残月破の習練に余念が無い。 
言い忘れたが、我らが主は物凄い負けず嫌いでもあられる。
その分、努力は惜しまれぬ。
次々と練習台になる妖怪達を求めてあちこちの山を渡り歩き、鬼どもを散々、叩っ斬って、冥界に送り込んでから山を下りられた。
不甲斐無い半妖の異母弟、犬夜叉を見兼ねて、沼渡りなる妖怪を、冥道残月破の一振りで片付けられた事もあったな。 
鉄砕牙に、色々、他の力を付けているものの、完全に使いこなせずに苦心しているようだ。 
殺生丸様に、その事を、指摘されたのが気に喰わなかったのか、怒って殴り掛かってきたが、逆に、殴り返されておったわ。 
未熟者めが! 正しく愚弟だな。
主の鋭い嗅覚が、何かを、嗅ぎつけられたようである。 
素っ飛んで行かれた。
我らも、遅れを取ってはならぬ!  
即、後を追い掛けた。 
ンンッ! あ奴は何者?
見た事が無い顔だ。 
しかし、この臭いは、奈落。
・・・又しても分身を拵(こしら)えたのか?
男の癖に多産な奴だ。
尤も、拵える端から、犬夜叉達にやっつけられるか、自分で始末するかのどちらかだがな。 
奴の足許に倒れているのは、あれは、いつぞやの小僧ではないか?
確か、琥珀とか、言ったな。 
最初に、神楽に攫われた時、戻って来たりんの身体に纏わりついていた臭いの持ち主。 
奈落の新しい分身・・・夢幻の百夜は、辛くも、主の冥道残月破を躱しでっかい折鶴に乗って消え失せおった。 
木立の蔭に、殺生丸様の邪魔にならぬように隠れていた我らとりん、邪見。 
早速、倒れている琥珀の許に駆けつけ、手を差し伸べようとしたりんに主が掛けた簡潔明瞭な言葉。

「触るな、りん」

「毒ヘビだ」

だが、小妖怪には遅かったらしい。
瘴気に塗れた毒へびに噛まれてしまった邪見。 
このまま、小僧共々、放って置く訳にもいくまい。
主の機嫌が、ドンドン悪くなりつつあるのが、手に取るように判る。 
邪見の運命は決まった。
瘴気から回復したとしても只では、済むまい。 
案の定、りんは、あの小僧の身を心配して親身になって介抱してやっている。 
勿論、邪見も含めてだが・・・くわばら、くわばら。
邪見は、流石に妖怪だけあって、人間である小僧よりは、治りが早い。 
しかし・・・治って良かったのか、どうか? 
すっかり回復した邪見が、主に、快気祝いの礼を申し上げると、即遥か彼方へ蹴り飛ばされたのである。 
これまでにも、このような事は、チョクチョクある事はあったのだが、今回程の凄まじい蹴りは、初めて見る。 余程、鬱憤が溜まっていらっしゃったのであろう。 
その後も、殴る、蹴る、石をぶつけられる、と、りんが見ていない時を見計らってお仕置きされるのである。 
いやはや、完全に八つ当たりであらせられる。 
それを、又、邪見めが馬鹿正直に指摘するものだから・・・。
アアッ、また、折檻されておる。 
石をぶつけられた。
あ奴の一言多い性分は、あれ程、お仕置きされても、治らぬと見えるわ。 
懲りんのう。
このままでは、真剣に、邪見の身が、危うい。 
早い処、あの小僧、琥珀を、何処ぞに厄介払いせねば。
それにしても・・・殺生丸様が、我らが主が、これほどまでの焼餅焼きであらせられたとは。
驚きだ。 
元々、他者に対し、殆ど頓着された事が無かった我らが主。
人間嫌いという点でも、筋金入りとして知られる御方が、人間である、りんを。
いやいや、そうでは無い! 
りんに対してだけは、並外れた執着を示されるのだ。 
グルグルグルルルゥ~
あれほど麗しい容姿の主だ。 
その気になりさえすれば、引く手数多であろう事は、容易に想像できる。 
かてて加えて比肩し得る者さえ見当たらない程の絶大なる妖力。
その上、妖怪世界において最大の領土を誇る西国の正当なる跡継ぎ。 
唯のう・・・あれほど好みの難しい方もそうはおられぬ。 
普通の男ならば、涎(よだれ)を垂らしそうな美女にも、一顧(いっこ)だにされぬのだ。
まあ、あの主自体、並みの女では、裸足で逃げ出したくなるような容貌であらせられるから大抵の女どもは、遠巻きに見つめるくらいが関の山なのであろうな。 
それなりに、女妖との付き合いもあったのであろうが、特定の女性(にょしょう)の名前は、ついぞ聞いた事が無い。
つまり、誰にも、真剣になられた事が無いのだ。
そうした以前の事情を考えるにつけ、りんに対する、あの独占欲丸出しには呆れる程である。
そう云えば・・・りんが、神楽に攫われ、殺生丸様が連れ戻してこられた時は、近くの温泉に連れて行くよう指示されたな。 
白霊山では、ご一緒出来なんだが、邪見の話す処によると死人どもから取り戻したりんを川で水浴びさせるように仰せつかったと言っておったわ。
つまり、我らが主は、りんに、大切な養い仔から他の男の臭いがするのが、どうにも我慢出来なかったと、そういう訳か。 
今の処は、りんが幼い故、保護者としての役目を果たされるのであろうな。 
唯、あの主の事だ。 
一度(ひとたび)、御自分の物と定められた以上、りんに近付く男は、容赦されぬであろう。 
独占欲の強さにおいても、並大抵ではない。
とにかく、我らが主は、何事においても、半端な御方ではない!という事なのだ。 
それにしても、あの短気な殺生丸様に、そんな悠長な真似が出来るのであろうか?
どう、贔屓目に見ても、気が長いなどと思えぬ主だ。 
さぞかし、これから、邪見は、八つ当たりの対象となる事であろうな。 
気の毒だが、仕方あるまい。 
これも下僕の務めよ。
耐えるのだ、邪見! 
我が儘な主を持った身の不運と諦めろ。 
何しろ、お育ちがお育ちだ。
お生まれになった時から、西国のお世継ぎとして、周囲の者に傅(かしず)かれて育った御身。
我慢など、なさった例(ためし)が、一切、無い御方なのである。 
欲しい物は、奪ってでも手に入れられるであろう事は、間違いない!
尤も、余りにも恵まれ過ぎて、欲しいと思われる事自体が、今まで、殆ど無かったのではあるが。 
奈落を、討ち果たしておられぬ為、旅は、まだ続くが、先が思い遣られる事である。
死ぬなよ、邪見。   了

                         2006.7/7(金) 作成◆◆

《第十作目「阿吽の旅語り」についてのコメント》

この十作目になる「阿吽の旅語り」は・・・・うっかり操作ミスで最初に書いた物を綺麗サッパリ完全に消してしまったという悪夢のような経験をした作品です。 
もう、その後の落ち込んだ事!!

後悔してもしきれない思いでした。 
何とか立ち直ったものの、やはり完全に復元する事は不可能でした。
こうなったら、悔しいから前以上の作品に仕上げるしかない!と思い直し頑張った結果、何とか前作以上の物に仕上げられたという曰く付きの作品です。

2006.8/10(木)★★★猫目石


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