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閉じた井戸


※この画像はアニメ「犬夜叉」からお借りしてます。

「駄目だ、やっぱり匂いがしねえ」

そう呟くと犬夜叉はゴロリと井戸の底に寝そべった。
文字通りの大の字だ。
かごめの国との通路が閉ざされて以来、かごめの匂いは日ごとに薄まり、もう微かな残り香さえ残っていない。
犬夜叉はそのまま目をつむり逢いたい人へと思いをはせた。
あの日、四魂の玉を消滅させた日に犬夜叉はかごめと別れた。
いや、無理矢理、別れさせられた。
かごめを心配する家族の下(もと)に送り届け、ホッとした瞬間、犬夜叉はこちらに引き戻されていたのだ。

「何故、こんなことになったんだ?」

犬夜叉は無い知恵を絞って必死に考える。
直感タイプの犬夜叉は勘を働かせるのは得意だが、こういう緻密な思考を要する考え事は頗(すこぶ)る苦手である。
出来るなら頭がいい弥勒あたりに頼みたいところだが、そうもいかない。
というのも、かごめが無事と知った弥勒と珊瑚は時をおかず、ささやかながら祝言をあげた。
夫婦(めおと)になったのだ。
つまり、今の二人は現代でいうところの新婚さん。
いかに大雑把で無神経な犬夜叉といえども邪魔はできない。
なので眉間に皺(しわ)をよせつつ犬夜叉は必死に考えをめぐらせる。

む~~~っむむむ~~~~~っ

畜生、一体、誰がこんなことを?

あ”~~~~~分らねえっ!

それでも、かごめをこっちに引きずり込んだ力が関係してるだろうってことくらいは俺にだって見当がつく。

まず四魂の玉を消滅させるのに、どうしてもかごめが必要だった。

だから、わざわざ、あっちの世界からかごめをこっちに来させた。

四魂の玉はかごめの腹ん中にあったからな。

そんでもって、たまたま側にいた百足上臈(むかでじょうろう)にかごめを襲わせ四魂の玉を出現させた。

その後はもう説明するまでもないだろう。

四魂の玉に引き寄せられ有象無象の妖怪どもが襲ってきた。

中でも奈落との戦いは熾烈を極めた。

あいつには桔梗との因縁もあるからな。

そして悪戦苦闘の末に奈落を討ち果たしたと思ったら今度はかごめが冥道に呑み込まれて消えちまった。

夢幻の白夜に冥道の力を吸った刀で斬られたせいだ。

それだけじゃない。

骨喰いの井戸まで消えちまった。

ともかく何かとんでもないことが起きてるってことだけは分った。

だから俺は即座に鉄砕牙で冥道斬月破を撃ってかごめを追いかけたんだ。

冥道の中は真っ暗な闇だった。

その闇の中で聞こえてきたのが、かごめの家族の声だ。

声は聞こえるのに姿は見えねえ。

しかも、あっちの世界の骨喰いの井戸も、こっち同様、消えちまったらしい。

こりゃ、ますます、グズグズしてられないと思ったぜ。

そうして走り回ってたら目の前に現れたのが雑魚妖怪どもだ。

雑魚ばっかだからな、わざわざ冥道斬月破を使うまでもない、風の傷で応戦したんだが。

あいつら、一度は打ち砕かれるものの、またぞろ復活しやがった。

どういうこった?

訝(いぶか)しむ俺に奴らは得々と説明してくれたぜ。

今、いるこの場所が四魂の玉の中だってことをな。

そして目の前でかつての巫女、翠子(みどりこ)と妖怪どもが闘う姿を見せられた。

奴らはかごめも翠子と同じ運命にあるとはほざきやがった。

その証拠とばかりに妖怪どもが俺に見せたのが奈落の首だ。

ご丁寧に巨大な蜘蛛の巣の中央にかかっていたぜ。

奴は死んでいるが、かごめとの戦いのために召喚され復活を待っているのだと。

妖怪どもの言い分によると、かごめが四魂の玉に取り込まれた瞬間、奈落も甦り、両者は永遠に戦いを繰り返すんだとよ。

今、思い返しても頭にくる!

ふざけるんじゃねえぞ!

そんなことの為にかごめは生まれてきたんじゃねえ!

かごめは俺に会うために生まれてきてくれたんだ!

俺は必死にかごめに呼びかけた。

するとかごめが俺の呼びかけに答えたんだ。

後は鉄砕牙の導くままに冥道斬月破を撃ってかごめのもとに駆け付けた。

その後はもう言うまでもないな。

四魂の玉は消えた。

ここまではいい。

だが、その後が問題なんだ。

俺とかごめは引き離されちまった。

四魂の玉が消えた以上、もうかごめに用はない。

だから、あっちに帰れってことなんだろうな。

ふざけんなっ!

俺やかごめの気持ちはどうでもいいってのか?

それに弥勒や七宝、珊瑚に楓婆、みんなの気持ちはどうなる?

かごめは帰ってくるのか?

考えはグルグルと巡って最後はお決まりの結論にたどり着く。

『待つしかない』

あの日から俺は、毎日、井戸に潜りつづけている。
かごめの世界への道が閉じちっまった骨喰いの井戸。
一旦は開いた道なんだ。
だったら、もう一度、開いてもおかしくない。
元々、あの井戸は妖怪の死骸を放り込めば、いつの間にか何処(いずこ)へと消滅させるってえ曰(いわ)くつきの代物だったしな。

「今日は通じるようになるんじゃねえか?」

「今日が駄目でも明日なら通じるかもしれない?」

「明日が駄目なら明後日(あさって)はどうだろう?」

毎日がその繰り返しだ。
井戸の中にも風は潜り込んでくる。
雑多な匂いがここら周辺の情況を教えてくれる。
かごめと別れた頃は風が冷たくて冬の気配が濃厚だった。
でも春の兆しはそこかしこに芽生えていた。
そうだ、あの頃は梅が満開だった。
あちこちに梅の匂いが漂っていたんだ。
そんな犬夜叉の気持ちを慰めるかのようにフワッと新しい風が井戸の中に流れ込んできた。
そして一気に澱(よど)んだ空気をかき混ぜていった。
ひらひらと何かが天井から舞い落ちてくる。
桜の花びらだ。


※この画像はアニメ「犬夜叉」からお借りしてます。

ひらりひらひら はらり はらはら

まるで雪のような儚(はかな)い美しさを感じさせる薄紅色の花弁。
季節は春分のおわり頃、清明に入ろうとしている。
風に乗って漂ってきた野山や川の匂いが明らかに変化していた。
犬夜叉の鼻が鋭敏な嗅覚で雑多な匂いに雑じる桜の匂いを嗅ぎ分ける。

(そうか、もう桜が咲く季節になったのか)

はらはらと舞い散る花弁は犬夜叉にかごめとの別離の日々を否応なく突きつける。
もう既にひと月ちかくたつのだと。
あの日以来、犬夜叉は殆(ほと)んど誰にも会おうとしなかった。
否、会いたくなかったのだ。
手負いの獣が巣に潜り込んで傷を癒すように犬夜叉も身を隠し己が傷心を慰めていた。
だが、それも限界に近付いていた。
きっと仲間達が心配して気を揉(も)んでいるだろう。
七宝の泣き顔が目に浮かぶようだ。

「・・・そろそろ顔を出さねえとな」

犬夜叉はやっと井戸から出る決心をした。
かごめのいない日常が始まる。





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