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春爛漫の椿事(ちんじ)



※この画像は『妖ノ恋』さまの了解をえて公開しております。


冬の終わりをつげる梅が咲いた。
そして散った。
陽光の化身のような菜の花はずっと咲き続けている。
しばらくして本格的な春の訪れをつげる桜が咲いた。
桃も負けじと咲きだした。
桜色と桃色、濃淡の違う淡紅色の花弁が艶やかさを競うように咲き誇る。
隻眼の老女、巫女、楓の守る村は、今、春を彩る花々に覆われている。
春の訪れに村人の表情も明るい。
畑仕事にも精がでる。
そんな春爛漫の村里をのんびりと歩く珍妙な三人連れがいる。
その一行に目をとめた吾作は農作業のかたわら女房のお花に話しかけた。


吾作「おい、かかあ、見ろや。ま~た、あの御仁が来とるぞ」

お花「ん? あぁ~~殺生様かい。りんちゃんに逢いにきなすったんだね。腰巾着(こしぎんちゃく)の邪見も一緒だ」


五つか六つだろう。
可愛らしい女児がはずむような足取りで村の中を先導している。
その後から堂々たる美丈夫と緑色の小妖怪がついていく。
女児の名は『りん』。
つい先日、この村を守る隻眼の巫女、楓が預かった幼子である。


美丈夫は『殺生丸』というらしい。
いつの間にか村に居付いた犬夜叉の兄との触れ込みだ。
犬夜叉は半妖だが兄の殺生丸は純粋な妖怪らしい。
というのも犬夜叉の母親は人間だが殺生丸の母親は違うのだ。
いわゆる異母兄弟とかいうやつである。
そのせいだろうか。
身にまとう雰囲気が兄と弟では天と地ほども違う。


犬夜叉は野育ちのせいか基本的に粗野で物言いも荒っぽい。
それに比べ殺生丸は生まれも育ちも本物のお殿様である。
やることなすこと全てが貴族的で洗練されている。
それもあって村人は恐れ多くて殺生丸の傍にもよれない状態だ。
とはいえ殺生丸も犬夜叉も白銀の髪と金の瞳である。
同じ色合いが嫌でも両者の血の繋がりを感じさせた。


柔らかな陽射しの中、長身の妖怪はゆったりと歩をすすめる。
右肩を覆う豪奢な白銀の毛皮が陽光をはじいて眩しい。
厳(いかめ)しい妖鎧、雅(みやび)な流水文様の飾り帯、風にはためく艶(あで)やかな振袖。
溜め息がでるほど見事な若武者姿である。
腰には対照的な二振りの長刀を帯びている。
ひと振りは漆塗りの黒鞘におさめた天生牙。
もうひと振りは雷紋が施された白木の鞘の爆砕牙。
『慈悲』を象徴する天生牙と『非情』の爆砕牙、それは殺生丸の本質でもある。
白銀の大妖は相反する資質を同時に有する稀有な存在でもあった。


サクッ サクッ サクッ
静かに草を踏みしめて歩く殺生丸。
何気ないひとつひとつの所作が流れるように美しい。
そして何物にも動じない悠揚せまらざる態度。
いかにも上つ方(=貴人、身分の高い人)らしい。


そんな美貌の主(あるじ)の後をチョコチョコと小走りで追いかけるのはお供の邪見。
いわずと知れた殺生丸の従者である。
ギョロリとした出目、尖った嘴(くちばし)のような口許、緑色の矮小な体躯。
蛙なのか河童なのか、はたまた鳥か、実に判断に苦しむ。
なんとも奇妙な風体(ふうてい)の小妖怪である。
それでも従者らしく焦げ茶色の水干を身につけ、禿げ頭にはチョコンと烏帽子(えぼし)を乗っけている。
片時も手離さないのは翁と女の頭がついた不気味な杖、人頭杖である。


お花「そういや、お前さん、聞いたかい? 村外れの袂橋(たもとばし)でのこと」


お花は亭主の吾作に、先頃、村でもちきりの噂話をはじめた。
袂橋とはこの村と隣村の間に流れる川に掛けられた橋である。
川そのものが境(さかい)になっているのだ。
昔、話し合いの結果、橋は二つの村が協力してかけられた。
それゆえ、橋のど真ん中が村と村との境だと決められている。


吾作「あぁ、何かあったんか?」

お花「それがさあ、聞いておくれよ。村の悪たれどもが、りんちゃんにちょっかいかけたんだって」

吾作「悪たれどもっつうと、あれか。村長(むらおさ)んとこの一郎太と近頃よくとつるんでる洟垂(はなた)れの餓鬼どもか」

お花「そうそう、あの馬鹿どもったら、隣村への御用をいいつかったりんちゃんを袂橋んところで通せんぼしたんだってよ」

吾作「はあっ、何だってそんなことを?」

お花「そりゃ、決まってるだろ。りんちゃんの気を惹きたかったんだよ」

吾作「へっ?」

お花「鈍いねえ、あんた。一郎太は可愛いりんちゃんと仲良くなりたかったのさ。でも、あの年頃は、中々、素直にゃなれないからね。それで粋(いき)がって仲間と意地悪したんだよ」

吾作「あいつら、まだ十(とお)にもならない餓鬼じゃねえか」

お花「餓鬼は餓鬼でも男は男ってことさ。りんちゃんは鄙(ひな)には稀な器量よしだからね。早目に粉かけとこうってんだろ」

吾作「けっ、餓鬼が一丁前に色気づきやがって。それで、どうなったんだ?」


吾作がそう聞いた途端、女房のお花はゲラゲラと笑い転げた。
腹を抱えて大笑いである。
爆笑といってもいい。
笑いすぎて目尻には涙までにじんでいる。


お花「あははっ、そっ、それがさ、笑えるんだよ。殺生丸さまがいきなり現れて馬鹿どもをギロッとひと睨みなさったんだって。一郎太も連れの餓鬼どもも蛇ににらまれた蛙みたいにカチンコチンに固まっちゃってさ。あ~はっはっ、ほっ、ほうほうの体(てい)で逃げ出したらしいんだよお」

吾作「阿呆だな、あいつら」

お花「だよねえ。あはっ、あははは、ひい~っひっひっ、ひゃひゃひゃっ、あ~~笑いすぎて苦しいぃっ」


その後、しばらく、村では寄るとさわるとこの話が蒸し返され笑い話の種にされた。
一郎太と連れの悪戯仲間はそのたびにコソコソと隠れるように逃げ回ったそうな。
以後、村の若い衆の間で下の合言葉がひそひそと実(まこと)しやかに囁(ささや)かれるようになったという。


白銀のお殿さまには姫がござる。

姫には絶対に手をだすな。

出せば呪われ祟(たた)られる。

                    了


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