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『錦繍事変(きんしゅうじへん)①』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


朱色、鴇色(ときいろ)、蜜柑色(みかんいろ)、深緋(ふかひ)、雌黄(しおう)、木賊色(とくさいろ)、芝翫茶(しかんちゃ)、松葉、縹色(はなだいろ)、山吹、海松茶(みるちゃ)、鶸色(ひわいろ)、臙脂(えんじ)、この紅葉の見事さを、どう表現すればいいのだろうか。
『筆舌に尽しがたい』とは、当(まさ)にこの事を言うのだろう。
次から次へと色の名を挙げてみるが、きりが無い。
ああ、もう、よそう。
ともかく、赤から黄、茶色から緑と、あらゆる色彩が見事な諧調を保って全山を覆い尽しているのだ。
当(まさ)に錦秋の名に恥じぬ場景が広がっている。
ここは西国でも紅葉の名所として名高い錦繍(きんしゅう)山脈の中に位置する小さな盆地。
周囲をグルリと紅葉に彩られた山々に囲まれたすり鉢状の大地である。
敷地に換算すれば三千坪ほどになるだろうか。
盆地のそこかしこに自生する優に千年の樹齢を数えるに違いない銀杏や楓の大木。
その周囲に沿って、これまた様々な色の毛氈(もうせん)が敷き詰められている。
赤、青、緑、黄、紫、茶、白、黒と頭上の紅葉と競うように鮮やかな色彩が乱舞している。
それは、まるで島のように各家の陣地を主張している。
当然、目ぼしい大木は有力な家々が独占している。
中でも、一際、見事な大紅葉の大樹の根元には血のように赤い猩々緋(しょうじょうひ)の毛氈が敷き詰められていた。
先代の西国王、殺生丸の父、闘牙王の母方の従兄弟に当たる豺牙(さいが)一門の物である。
緋毛氈の上座に当たる位置には、漆黒(しっこく)の絹地に金糸、銀糸の刺繍(ししゅう)で飾られた対(つい)の座布団と脇息(きょうそく)が置かれ主賓の着座を今や遅しと待ち構えている。
 

「宴(うたげ)の準備は万端(ばんたん)、怠りないであろうな」
 

「ハッ、豺牙(さいが)様に命じられた通りに全て整っております」
 

小山のような体躯に縮れた赤毛の男、豺牙(さいが)は家臣の言葉にニヤリと笑った。
太い眉、丸い大きな目、突き出た鷲鼻、大きな分厚い唇、気の弱い者なら怯えて泣き出しそうな魁偉(かいい)な容貌である。
 

「お父さま、殺生丸さまは本当にお越しになるのでございましょうね」
 

赤い髪の美女が豺牙に問いかける。
豺牙ご自慢の愛娘(まなむすめ)、由羅である。
幼い頃に亡くなった美人の母親似なのだろう、由羅は髪の色こそ父親と同じ赤毛だが中々の美姫である。
純白の白絹に秋の草花を散りばめた豪華な打ち掛けを身に纏(まと)う由羅は見ようによっては花嫁のように見える。
豺牙が普段の銅鑼声からは及びもつかない潜めた声で由羅に注意を促す。
 

「間違いない。よいか、由羅。そなたの魅力で、あ奴を骨なしにするのだぞ」
 

「うふふっ、お任せ下さい、お父さま。必ずや殺生丸さまを私の虜(とりこ)にしてみせますわ」
 

己の容貌に相当な自信があるのだろう、由羅は紅い唇をほころばせ高慢な言葉を返す。
外見こそ余り似ていないものの、そこはやはり親子、由羅の内面も父親の豺牙と大して変わりがない。
つまり、どこまでも権力と財力を追い求める欲望の権化なのである。
遠い空にポツリと小さな点が映(うつ)った。
それは良く見ると一列に連なった行列でユックリと盆地に近付いてくる。
列の先頭を走るのは希少な双頭の竜、阿吽に跨(またが)った西国王、殺生丸。
右肩に流れる華麗な白銀の毛皮には従者の小妖怪、邪見がしがみ付いている。
その後に重臣の尾洲と万丈、側近の木賊(とくさ)と藍生(あいおい)、殺生丸の乳母であった女官長の相模、以下、続々と家臣が続いている。
 

「おいでになったようだ。皆の者、そそうのないようお持て成しいたせ」
 

「「「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」」」」
 

野太い声の主の命令に家臣一同が声を合わせて答える。
同時に豺牙は腹心の部下に目をやり声なき合図を交わしていた。
(手筈は良いな?)
(仰せのままに)
これまで豺牙は殺生丸と由羅を結びつけるべく様々な策を巡らしてきた。
当代の西国王、殺生丸には先祖の呪(しゅ)のせいもあって親類縁者が非常に少ない。
だからこそ、殺生丸の父の従兄弟という本来ならば遠縁でしかない豺牙が、当主が不在の間、縁戚として権勢を揮(ふる)うことが出来た。
だが、本来の主、殺生丸が帰還した今、以前のように西国王の縁戚として好き勝手に税を徴収したり領地を強奪する真似は出来なくなった。
それどころか、旧悪を暴(あば)かれる怖れさえある。
このまま手を拱(こまね)いていては縁戚としての立場さえ危うい。
そう考えた豺牙は、より強力な立場を手に入れるべく、即、行動を開始した。
西国王の舅(しゅうと)という外戚(がいせき)として、これ以上ない強力な立場を手に入れる為に、豺牙は、あらゆる機会を通して自分の娘の由羅を売り込んだ。
殺生丸と由羅が婚姻を結んだ後は男子を産んでくれれば万々歳。
そうなれば男孫を後継者として擁立(ようりつ)し、その後見としてジワジワと立場を強め西国の実権を握る。
だが、そうした豺牙の計画を阻害する存在が浮き彫りになった。
三年間、殺生丸が欠かさず三日おきに通う人間の小娘。
邪魔な芽は摘まねばならない。
周到なる準備の下(もと)、豺牙は部下に命じて人間の小娘を始末させた。
まず大水を降らせる為に雨師と風伯に頼み込み大水を降らせた。
その上で毒蛾の蛾々が幻惑の術で増水した川の近くに小娘を誘(おび)き寄せ川に落とし込んだのだ。
状況から見て誰もが溺死したと思っただろう。
もう今から三年も前のことだ。
豺牙は、この宴が事実上の婚礼と周囲の者に認識されるよう画策してきた。
真紅の毛氈、対(つい)の座布団、脇息(きょうそく)、御膳立ては全て調(ととの)った。
後は主役の殺生丸と由羅が揃いさえすれば良い。
殺生丸に饗(きょう)する酒には予(あらかじ)め強力な媚薬を仕込ませてある。
国主の殺生丸を始めとして犬妖族は尋常ならざる嗅覚を有している。
人間なら、到底、気付くはずもない微かな異臭でさえ彼らは感知する。
それをごまかす為に屠蘇散(とそさん)を大量に入れ『薬酒』と銘打って用意させた。
更に酒肴(しゅこう)には精力を増強させる山海の珍味佳肴(ちんみかこう)を取り揃えてある。
要は主賓の場に殺生丸が就いてくれさえすれば、ほぼ豺牙の企(くわだ)ては成就するのだ。
後は済(な)し崩しに婚姻を成立させてしまえば良い。
己が目論みの成功を確信した豺牙は込みあげてくる笑いを押し殺すのに苦労していた。


※『錦繍事変(きんしゅうじへん)②』に続く

 

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