忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑨』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。

天空に浮かぶ巨大な城を時ならぬ衝撃が襲う。
ドオォ-----------------------------------------------ン!
バチッ!バシッ!バリバリッ!ババババッ!
すわっ、戦争かっ!?
凄まじい物音が鳴り響く。
同時にビリビリと震動する城内。
何があったのだろう。
松尾が音のした方を見遣って口を開いた。
 

「御方さま、あれは!?」
 

狗姫(いぬき)が舌打ちしながらぼやく。
 

「チッ、殺生丸め、結界を打(ぶ)ち破りおったな。全く堪え性のない。一体、誰に似たのやら」
 

「・・・・・・・・・」
 

内心、『貴女さまにに瓜二つです』と思いつつも口にはしない賢明な松尾であった。
程なくバタバタと騒々しい足音が廊下から聞こえてきた。
 

「申し上げます、御方さま。西国王、殺生丸さま、火急の御用ありとお越しに・・・」
 

そう御注進する衛士(えじ)達の後からスッと姿を現したのは、つい今し方、報告したばかりの御仁、西国王、殺生丸その妖(ひと)であった。
常ならば秀麗な容貌に悠揚迫らざる物腰で周囲の羨望と憧憬を一身に集めるはずの御方。
だが、今は眉間に皺をよせ帯電した雷のようにピリピリと張り詰めた気を全身に纏(まと)っておられる。
わずかでも触れたら、即刻、落雷の憂き目に遭うのではないかと誰もが恐れ戦(おのの)くほどに。
西国王の総身から漂う余りにも剣呑な雰囲気に百戦錬磨の兵(つわもの)達でさえ腰が引けてしまっている。
緊迫する雰囲気の中、対峙する王太后の狗姫と西国王の殺生丸。
長い白銀の髪、金色の眼(まなこ)、圧倒的なまでの美貌、真に良く似た母子である。
長身の殺生丸に対し母の狗姫は二寸(約6cm)ほど低いが、それでも女としては相当に高い。
明らかに違うのは両名の頬に走る朱の妖線のみである。
狗姫の妖線が一筋に対し殺生丸は二筋。
徐(おもむろ)に殺生丸が口を開いた。
 

「・・・りんは?」
 

「部屋で休んでおる」
 

そのまま匂いを頼りに、りんの居る部屋へ向かおうとする息子を母のi狗姫が引き止める。
 

「待て、殺生丸。結界を力任せに破るような非礼を働いておきながら挨拶もなしか」
 

ピタリと歩みを止めた殺生丸が母に向き直って問い質す。
 

「ならば訊(たず)ねよう。何故・・・三年もの間、あれを匿(かくま)いながら私に知らせなかった?」
 

殺生丸の目が完全に据(す)わっている。
相手の返答如何(いかん)では唯ではおかない積りだろう。
中央の瞳孔と虹彩を残し瞳が真っ赤に染まる。
頬に走る朱の妖線も大きく太く変化する。
それと同時にグワッと妖気が膨(ふく)らみ周囲を圧する。
小物ならば立っていられない程の純度の高い妖気が放射された。
しかし、狗姫は碌(ろく)に慌てもせず『柳に風』と殺生丸の妖気を受け流す。
その様子は実に自然で然(さ)り気ない。
 

「フゥッ、痴(し)れ者が。そんな事も判らんのか。考えてもみろ、殺生丸。仮に、もし、そなたに知らせたとしよう。するとどうなる?そなたのことだ。りんが無事と知れば矢も盾もたまらず此処に逢いに来るだろう。さすれば遠からず、りんの存在が敵に知れ渡るだろう事は必定。そして又しても付け狙われる羽目になっただろう。既に、一度、しくじっている。二度目は絶対に仕損じることのないよう相手も万全を期して掛かってくる。どうして、そんな危険を、わざわざ冒す必要があるのだ」
 

狗姫の指摘にハッとする殺生丸。
 

「それに『敵を欺くには、まず味方から』という。何としても豺牙(さいが)を油断させる必要があったのだ。奴は狡賢い上に怖ろしく用心深い男だからな。今回の『りん殺害未遂』の証拠、あの髪紐についても、あ奴が、りんの殺害に成功したと思いこんでいたからこそ回収できた。でなければ奴は即座に証拠を隠滅したに違いない。何喰わぬ顔で全てを遣り過ごし、こちらに尻尾を掴ませることはなかったはずだ。三年前に比べ豺牙の屋敷周辺の警戒態勢が格段に弛んでいたのは『りん殺害』に関して全く疑われていないという自信が奴にあったからだろう。フッ、事実、そなたは豺牙を塵(ちり)ほども疑わなかったのだからな。お陰で権佐の手の者が侵入しやすかったと申しておったぞ」
 

狗姫の痛烈な皮肉に殺生丸がグッと詰まった。
母親を睨んでいた殺生丸の目から赤味が消えると同時に妖線も元に戻った。
殺生丸の舌鋒(ぜっぽう)から鋭さが薄れ歯切れが悪くなった。
 

「・・・それでも、秘かに知らせるくらいは出来たはずだ」
 

狗姫が殺生丸の甘さを嘲るように言い返す。
 

「みすみす、りんの命を危険に曝(さら)すと判っていながらか?馬鹿を申すな。そなたも覚えておろう、殺生丸。六年前、妾(わらわ)は言ったはずだぞ。『二度はないと思え』とな。りんは天生牙で一度、冥道石で二度目の蘇生を果たした身。もう後がないのだ。三年前は運良く妾(わらわ)が“遠見の鏡”で見ていたからこそ間に合った。しかし、もし、あと僅かでも権佐が駆け付けるのが遅れていたら危なかったのだぞ。毒蛾の蛾々は、りんを鞭打った際、遅効性の毒を使った。その毒は時間の経過とともにジワジワと効いてきて最後は命を落とさせるという厄介なものだった。川から救出したものの、即、如庵に診せなんだら確実にりんは死んでおっただろうな」
 

「・・・・・・」
 

「それだけではないぞ。毒蛾の蛾々が使った毒のせいで熱を出したりんは、三日三晩、寝込んだのだ。ようやく熱が下がった時、りんは、それまでの記憶の全てを失っていた」
 

狗姫の話に目を瞠(みは)る殺生丸。
鉄壁の無表情に僅かながら動揺が仄(ほの)見える。
 

「・・・記憶を。では、私のことも」
 

「そうだ、何も覚えていなかった。りんが、唯一、覚えていたのは自分の名前だけだった」
 

「だが・・・先程、りんは私の名を呼んだ」
 

「確かにな。あれには妾も驚いた。この三年、りんは一度も、そなたや人界での事を思い出さなかったのだから。恐らく爆砕牙を振るうそなたを見て思い出したのだろう。如庵の診立てでは急激な記憶の回帰にりんの精神が耐え切れず失神したのだろうと結論づけておったわ。衝撃が大き過ぎたのだろう。未だ昏々(こんこん)と眠り続けておる。あの様子では当分、目覚めることはあるまい。それで、殺生丸、此度(こたび)の件の後始末、キッチリと片を付けてきたのであろうな」
 

狗姫の問い掛けに改めて豺牙の所業を思い出したのか殺生丸の目にギラリと物騒な光が戻る。
それは、殺生丸が、りんの前では絶対に見せない冷酷非情な権力者としての顔だった。
 

「豺牙の家中の者は残らず拘束。末端の小物どもは簡単に取り調べた後、放逐(ほうちく)させる。りんの殺害に加担した者は厳しく詮議し罪状を明らかにしてから処刑。奴の領地と財産は全て没収。残る沙汰は尾洲と万丈に任せてきた」
 

「フム、まあ、妥当な措置だな」


※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑩』に続く

 

拍手[26回]

PR