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『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑧』


※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


「ギャア~~~~~~~~ッ、ヒッ、ヒッ、ヒィ~~~~~~~~~~!」
 

凄まじい絶叫が周囲に響き渡る。
それは、牛車の中でウトウトと微睡(まどろ)んでいたりんの意識を覚醒させるのに充分な大音声(だいおんじょう)だった。
ガバッ、目を見開いたりんは掛け布を剥(は)いで跳(は)ね起きた。
 

「なっ、何の音!ハア~~びっくりしちゃった」
 

キョロキョロと周囲を見回す。
牛車の中は誰もいない。
では、外で何か起きたのだろうか。
それに屋形(=牛車の居住部分)の中が明るいのは何故だろう。
今は、もう、とっくに宵の口を過ぎているはずなのに。
りんは徐(おもむろ)に気が付いた。
自分が纏う打ち掛けが光っているのだ。
 

「・・・凄い。これって蛍みたいに光るんだ」
 

物見(ものみ)と呼ばれる牛車の窓を、りんはソッと小さく開け外の様子を窺ってみた。
寝ていた間に陽が落ちたのだろう。
辺りは真っ暗で篝火(かがりび)が方々で焚かれているのが見える。
ユラユラと闇の中に燃える篝火は非日常的で幽玄な趣きを醸し出している。
だが、そうした雅な雰囲気にそぐわぬ不穏な騒(ざわ)めきが、あちらこちらから漏れ聞こえ次第に大きくなりつつあった。
やはり、何かあったのだろう。
もう少し見ていたかったが、養母である狗姫(いぬき)の言い付け「妾(わらわ)が呼ぶまで絶対に外に出てはならぬぞ」を思い出し窓を閉めようとした。
その時、窓の隙間(すきま)から蝶が二匹、ヒラヒラと舞い込んできた。
 

「あれ、この蝶・・・前にも見た・・・よう・・な」
 

りんは三年前から狗姫の養女として天空に浮かぶ城に住んでいる。
それ以前の記憶が、りんにはない。
ポッカリと切り取ったかのように何も思い出せないのだ。
覚えているのは、唯ひとつ、【りん】という自分の名前だけだった。
だが、今、自分の目の前で飛んでいる綺麗な蝶に、りんは見覚えがあった。
特に色鮮やかな四枚の翅(はね)に付いている目のような模様。
ヒラヒラと翅が羽ばたくごとに四つの目もユラユラと揺れ動き、ジッと見つめられているかのような錯覚を起こさせる。
それは、スッポリと白い霧に包まれたように思い出せない三年前の記憶の中に存在している蝶だった。
そして、奇(く)しくも三年前と同じように、りんは毒蛾の蛾々の式鬼“孔雀蝶”に魅入られフラフラと外に彷徨(さまよ)い出てしまった。


由羅が絶叫を上げ気絶したのを見て、さしもの古狸、豺牙(さいが)からガックリと力が抜けた。
その悄然とした姿から、もう抵抗する気力もあるまいと判断した狗姫は権佐に命じた。
 

「離してやれ、権佐」
 

「はっ」
 

羽交い絞めを解かれた豺牙は、その場に頽(くずお)れるように座り込んだ。
呆然(ぼうぜん)と蹲(うずくま)る豺牙。
気絶した娘の側に近付く気力さえないらしい。
由羅は胸元を掻(か)き毟(むし)りながら絶叫を上げて倒れた。
その際、懐から扇が地面に転がり落ちた。
先程の幻惑の舞に使用した扇だ。
半ば開いた形で扇は地面に投げ出された。
その中から蝶が二匹、ヒラヒラと飛び立ったことに気付いた者は誰もいなかった。
漆黒の闇の中、蝶は、小さな隙間から洩れる光に誘われるように飛んでいく。
そして、フッと滑るように牛車の中に入り込んだ。
光源は、りんの纏う打ち掛けだった。
打ち掛けは闇の中で光る蛍のように輝いている。
事実、その打ち掛けは『蛍織り』と呼ばれる反物から仕立てられた物だった。
『蛍織り』、それは、西国、いや、妖界きっての機織名人、“白妙のお婆”が従来の『虹織り』に改良に次ぐ改良を加え開発に成功した織物である。
人間であるりんは妖怪のように夜目が利かない。
そんなりんの為に狗姫が“白妙のお婆”に要請(というよりも殆ど強要)して開発させたのが『蛍織り』である。
仕上がったのが、つい昨日の事、りんも、今日、初めて袖を通したばかりの品だった。
蝶に魅入られフラフラと足取りも定まらず宴の方へ歩いていくりん。
牛車は宴の会場から少し離れた場所にある。
月のない夜である。
墨を溶かしたような深淵の闇の中、りんの『蛍織り』の打ち掛けがポウッと光を発する。
照りつける陽光ではなく穏やかで優しい月光のような輝きが、りんを照らしだす。
まるで、りん自身が蛍になったかのようである。
それは、当然、宴の場にいる妖怪達の目を軒並(のきなみ)惹(ひ)きつけた。
殺生丸と狗姫、その側近連中や他の客達、更に項垂(うなだ)れた豺牙の目までも。
りんを見た瞬間、豺牙は理解した。
三年前、己が指示して襲わせた人間の少女だということを。
潰(つい)えた野望が紅蓮の炎となって一挙に燃え上がる。
豺牙の血走った眼に宿る破れかぶれの狂気。
牙を剥きだし爪を光らせ豺牙は唸り声をあげて、りんに襲い掛かった。
 

「ウガァ~~~~~最早、これまでっ! こうなった以上、お前も道連れにしてやるっ!」
 

事態に気付いた狗姫が叫ぶ。
 

「しまった! りん、逃げろっ!」
 

「りんっ!」
 

殺生丸が瞬時に爆砕牙を抜き放ち走りながら、りんを呼ぶ。
一気に緊迫する場、刹那の攻防。
全てが瞬(まばた)き一つの間に起こり、そして終わった。
豺牙の手が、りんに届く寸前、爆砕牙が炸裂した。
ザシュッ!ガッガガガガガガガガガガ・・・・
袈裟掛けで斬り倒された豺牙の身体が出血する間もなく細胞ごと破壊されていく。
文字通りの爆砕、りんの目の前で砕け散っていく豺牙。
血の一滴、肉片ひとつ残さない完璧な消滅。
究極の破壊力を有する刀、爆砕牙。
その刀を持っているのは・・・りんの・・大好き・・な・・・
 

「殺・・生・・・丸・・さま・・・」
 

記憶が押し寄せる波のように戻ってくる。
膨大な情報量に、りんの精神が悲鳴を上げる。
か細い声で殺生丸の名を呼びながら、りんが支えを失った人形のように倒れていく。
そんな愛娘を、すかさず狗姫が受け止め軽々と抱きかかえた。
松尾と権佐、他の女房衆が狗姫の脇を固めている。
殺生丸の側にも、狗姫と同様に、尾洲と万丈、木賊(とくさ)と藍生(あいおい)、相模が主を守るように立っていた。


※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑨』に続く
 

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