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『錦繍事変(きんしゅうじへん)②』


※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。



りんが生きていると殺生丸が知ってから、かれこれ一年が経とうとしている。
あの方士、方斎の占いでは、りんは、間もなく戻ってくると聞いた。
それ以来、殺生丸は暇を見つけては人界へ渡り、りんを捜し歩いた。
だが、僅(わず)かな手がかりさえ見つからず現在に至る。
本当に、あ奴の易占は当たるのだろうか?
日毎に殺生丸は苛立ちは募(つの)らせていた。
りん、りん、何処にいる!?
今日とて人界へりんを捜しに行きたいのに、くだらぬ催しに顔を出さねばならぬ。
紅葉の宴だと、ハッ、何でも豺牙(さいが)めが強硬に主張したらしい。
豺牙・・・今は亡き父上の母方の従兄弟、本来なら縁戚とも言えぬような遠縁。
にも拘らず、私が西国を留守にしていた間、あ奴は血筋を盾に要職に就き、散々、甘い汁を吸ってきたらしい。
典型的な虎の威を借る狐だ。
大して能力もない癖に権力欲だけは強い輩などに用はない。
少し奴の身辺を調べただけで唾棄するような不正行為がゴロゴロ出てきた。
悪行の証拠を突き付け一日も早く罷免(ひめん)してくれるわ。
罪状が目に余るようなら死罪もありうる。
そんな物騒な思いを抱きながら殺生丸は阿吽から降りた。
すると、こちらの到着を待ち構えていたのだろう。
豺牙がゾロゾロと一門を引き連れてやって来た。
一応、奴が一番近い親戚筋になるからな。
見るともなく目をやれば満面の笑顔が気色悪い。
テラテラと赤い顔は恐らく酒浸(さけびた)りのせいであろう。
『相変わらず、いけ好かない奴だ』と殺生丸は感じた。
心の中では、こちらを青二才と嘲りながら、表面上は甘言を弄(ろう)して従う素振りを見せる男。
殺生丸は豺牙の顔を半眼で眺めつつ、益々、内心の決意を固めた。
 

「ようこそ、おいで下された、殺生丸殿。ささっ、どうぞこちらへ」
 

やけに上機嫌な豺牙が挨拶もそこそこに主賓の座に殺生丸を着かせようと先に立って歩き始める。
用意された宴席を見れば猩々緋(しょうじょうひ)の毛氈に設(もう)けられた豪華な対(つい)の座布団と脇息(きょうそく)。
その設(しつら)えを見た殺生丸は勿論、従者の邪見、重臣の尾洲、万丈、側近の木賊(とくさ)、藍生、女官長の相模が一様(いちよう)に顔を顰(しか)めた。
瞬時に豺牙の狙いを読み取ったのだ。
本来ならば主賓は殺生丸のみ、座布団は一客で良いはず。
それなのに、何故、座布団が対(つい)なのか?
一方の座布団に殺生丸様が座るとして、もう片方には誰が?
見ている限り、豺牙が横に座る気は毛頭(もうとう)ないらしい。
尾洲や万丈は重臣ではあるが家臣の為、殺生丸の横に座る訳にはいかない。
側近の木賊(とくさ)や藍生、女官長の相模にしても同様である。
となると、この場において殺生丸の隣りに座ることが許される身分の者は唯一名、豺牙の娘、由羅のみである。
不味(まず)い! この状況は非常に不味(まず)い!
これが単なる茶を飲む程度のことならば問題はない。
しかし、この場は酒食を供する宴席。
然(しか)も、由羅の装いは純白の絹地に秋の草花を散らした美々しい打ち掛け。
見ようによっては、まるで花嫁のように見える衣裳。
いや、気のせいではない。
明らかに、そう見えるよう意識して装ったに違いない。
『謀(はか)られた!』
殺生丸を始め一行の誰もが豺牙の意図する処に気付いた。
豺牙に誘導されるがまま殺生丸が席に付けば相手の思う壺に嵌(は)まってしまう。
何しろ、この宴には西国の主だった者が集まっている。
このままでは紅葉の宴が婚礼のお披露目の宴と勘違いされてしまう怖れが多分にある。。
殺生丸は西国に帰還して以来、これまで一度も公式の催しに出席したことがない。
謂(い)わば、この紅葉の宴が初の『お目見え』となる。
事前に、そうと知ったせいだろう。
今回の宴に参加する家の数が鰻登(うなぎのぼ)りに跳(は)ね上がった。
そうと知った上での豺牙の強行だった。
豺牙は高を括(くく)っていた。
礼儀から云っても殺生丸が着座を拒否するはずがないと。
それに男なら美しい娘が同席するのを喜びこそすれ否(いな)みはすまいと勝手な思い込みをして。
周囲がやきもきする中、豺牙の娘、由羅はウットリと殺生丸に見惚(みと)れていた。
双頭の竜に乗って空から降り立った西国王は噂に違(たが)わず美しかった。
白銀の髪は陽を弾(はじ)いて煌(きらめ)き秀麗な容貌は寸分の狂いもなく刻まれた彫像のように端整で夢のように麗しい。
三年前に帰還して以来、殺生丸は、西国内では武家の棟梁(とうりょう)に相応しい直垂(ひたたれ)を着用するようになっていた。
以前の振袖と指貫(さしぬき)に妖鎧を装備したお馴染みの戦装束(いくさしょうぞく)は専(もっぱ)ら人界へ赴く時のみとなっている。
今、殺生丸がお召しになっているのは青味を帯びた銀の共布で仕立てられた直垂(ひたたれ)。
光沢のある絹地に織り出された見事な柄行(がらゆき)は優美に空を舞う鷺(さぎ)の姿。
腰に差すのは二本の大刀、朱塗りの鞘の天生牙と白木の鞘に雷紋を彫り込んだ爆砕牙。
優雅にして華麗、尚且つ凛々(りり)しい貴公子ぶりに男女に限らず誰もが目を奪われた。
由羅とて例外ではない。
初めて見た殺生丸に一目で心惹(ひ)かれた。
(何としても、あの若く美しい御方の妃になりたい)
由羅の心にムクムクと願望が湧き上がる。
殺生丸を己の容色で籠絡しようと宴に乗り込んできた由羅は逆に西国王の美貌に魅せられ、あからさまに秋波を送っていた。
このまま、父、豺牙の狙い通りに事が進めば由羅の望みが現実となる可能性は高い。
妖界でも最大領土を誇る大国、西国の王、その妃ともなれば誰もが傅(かしず)き、どんな贅沢も我が儘(まま)も思いのままである。
それは、まさしく由羅が思い描いてきた栄耀栄華に満ち溢れた未来そのものと言っていい。
殺生丸の傍(かたわ)らに妃(きさき)として寄り添う己(おの)がの姿を想像して由羅は独り悦に入っていた。
由羅が白昼夢に浸っている最中(さなか)、周囲がザワザワと騒ぎ出した。
見れば、皆、空を仰ぎ見ている。
不思議に思って視線を空にやれば、静々(しずしず)とこちらに近付いてくる一群が目に入った。
遠目にも一群が煌びやかな女性(にょしょう)の集団とハッキリ判る。
中央の牛車を守るように十数名の女房衆が周囲に控えている。
それは、今回、誰もが出席するとは予想しなかった西国一の貴婦人、前西国王妃にして当代西国王である殺生丸の御生母さま、狗姫(いぬき)の御方の御一行だった。


【直垂(ひたたれ)】::「犬夜叉」コミックス13巻に登場する若殿、人見蔭刀(ひとみかげわき)殿(=奈落)の城内での衣裳を参考にして下さい。


※『錦繍事変(きんしゅうじへん)③』に続く

 

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