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『月の面影④』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。

りん】が死に瀕(ひん)している。
この三年間、“遠見の鏡”を通して欠かさず見続けてきた人間の少女。
何者にも惹かれなかった殺生丸の心を初めて動かした稀有な存在。
大水で荒れ狂う川から救出したものの【りん】は高熱を発して生死の境をさまよっている。
あの毒蛾妖怪の放った毒をうけたせいだ。
妖界きっての名医、如庵を呼んで【りん】の治療にあたらせているが大丈夫であろうか。
狗姫は【りん】を寝かせている小部屋に足を運んだ。
小柄な御典医が【りん】の枕元で脈を診(み)ていた。
熱が高いのだろう、【りん】の顔は赤く息づかいも荒い。


「りんの容態はどうだ、如庵」


「思わしくございませんな。毒消しと熱さましの薬を与えましたが・・・未だ効果がございません」


「危ないのか?」


「我ら妖(あやかし)であれば、この程度の熱、なにほどの事もございますまい。されど【りん】さまは脆弱なる人の仔、このまま高熱が続けば身体がもちますまい。そうなる前に薬が効いてくれればよいのですが・・・」


そうした会話を交わす我らの前で【りん】が救いを求めるように小さな手を差しのべた。
妾(わらわ)は思わず【りん】の手を握りしめていた。
赤子のように小さな手だった。
紅葉(もみじ)のような手が何とも稚(いとけな)い。
気がつけば狗姫(いぬき)は【りん】に言い聞かせていた。


「死んではならぬぞ、りん」


そう呼びかける狗姫の声が届いたのだろうか。
うっすらと【りん】は微笑み、そのままスゥッと寝入ってしまった。
その後、【りん】の容態は安定し熱も徐々に下がっていった。
完全に熱が下がり【りん】が目を開けたのは四日目の朝だった。
その後、狗姫を始め松尾も権佐もひどく驚くことになる。
【りん】は何も覚えていなかったのである。
唯ひとつ、自分の名前だけは【りん】と記憶していた。
【りん】は、それ以外の全ての記憶を忘れていた。
その場にいた誰もが驚くなか、如庵のみが驚かなかった。
医師という職業柄、このような症例を知っていたからである。
狗姫は如庵に訊ねた。


「このまま【りん】の記憶は戻らぬのか、如庵」


「さあ、それは判りません。もしかすると明日にも戻るやもしれません。はたまた何年も経ってからか。それとも、ズッと戻らないままかも。いずれにしろ当人が最も動揺されておりましょう。今は滋養のある物を摂り体力を取りもどすことに専念すべきかと」


「むぅ、それもそうだな」


【りん】の看病を女房どもに任せた狗姫は小部屋を出て自室に戻った。
筆頭女房の松尾と権佐も同行している。
部屋の中の椅子に座り狗姫は松尾に話しかけた。


「さて、どうするか」


「といいいますと?」


主の意を汲(く)んだ松尾が言葉を返す。


「【りん】の今後の処遇についてよ。毒蛾妖怪に襲われた時点で人界に戻す気はなかったが、まさか、【りん】が記憶を失うとは思いもせなんだからな」


暫し、狗姫は思案をめぐらす。
考えがまとまったのだろう。
つと視線をあげ口唇を開いた。


「考えてみれば【りん】が記憶を失ったのは寧ろ好都合かもしれんな。このまま【りん】はこの城に引き取ろう。妾(わらわ)の養女として」


権佐が狗姫の言葉に素早く反応した。


「御方さまの養女にございますか。さすれば【りん】さまは殺生丸さまの義理の妹君になられる訳ですな」


「まあな、とはいえ、実際には血は一滴も繋がっておらんし種族も違う。近い将来、殺生丸と【りん】が結婚となった場合、多少、煩さ型がヤイヤイ騒ぐだろうが、この程度のこと、どうとでも出来よう。松尾、権佐、今後、【りん】は妾の娘として扱え。唯、暫らくは内密にせねばならん、よいな」


「承知しました」「ははっ」


※『月の面影⑤』に続く

 

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