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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
「りん・・・何処にいる」
しわがれた声が闇の中に落ちる。
薄べりを敷いた寝床に老婆が横になっている。
いつ何時であろうと変わらぬ紅白の巫女装束。
老人である楓の眠りは浅い。
一旦、床についても夜中に目が覚めることが往々にしてある。
そんな時、楓が心に思い浮かべるのは、やはり、りんの事だった。
ビュ~ビュ~~と吹き付ける風が容赦なく隙間を通して家の中にまで入り込んでくる。
囲炉裏の火は、とうに燃え尽き火の気はない。
深々(しんしん)と冷え込む寒気の中、明り取りの窓から月の光が射し込んでいた。
皓々(こうこう)たる月の光、そういえば今宵(こよい)は満月だった。
りんが失踪してから二年が過ぎた。
五年前、犬夜叉の腹違いの兄、殺生丸から楓に預けられた養い仔のりん。
預けられた当初、りんは、まだ幼女だった。
楓に取って因縁浅からぬかごめが娘なら、三年、共に暮らしたりんは孫のような存在である。
りんは月を眺めるのが好きだった。
夜になると何時も夜空を見上げ月を探すのが常だった。
それも誰もが好む大きな明るい満月よりも細い三日月を好んだ。
大好きな殺生丸の額を三日月が飾っていたからだろう。
そんな少女を思い出すたび老女の胸は痛む。
生きているのか、死んでいるのか、それさえも定かではないりん。
大雨の水が退(ひ)いた後、必死に近隣を捜し歩いたが、少女の痕跡は何ひとつ見つからなかった。
生きているのなら、今直ぐにでも迎えに行ってやりたい。
もし、死んでいるのなら遺体だけでも手厚く弔(とむら)ってやりたい。
りんを思うたび後悔と寂寥(せきりょう)が楓を苛(さいな)む。
昼間は、まだいい。
巫女修行の為、かごめが側に付いている。
楓に巫女としての仕事を頼む者、または薬師(くすし)としての腕を頼る村人も来る。
日々の忙しさに忙殺され物思いに耽(ふけ)る暇はない。
だが、独りきりの夜になると、どうしても、りんの事を思ってしまうのだ。
かごめは、夫の犬夜叉とともに少し離れた場所に建てられた家に帰っていく。
りんの失踪当初、憔悴した楓を心配して、かごめが一緒に暮らそうと申し出てくれた。
しかし、楓から断った。
あの頃、犬夜叉とかごめは所帯をもったばかりの新婚だった。
それでなくとも犬夜叉とかごめは三年も離れ離れになっていたのだ。
やっと一緒になれた二人の蜜月を邪魔する訳にはいかなかった。
カサッ・・・小さな物音が外でした。
狐か狸だろうか。
ペタペタ・・・ペタッ・・ペタペタ・・・独特の音が次第に近付いてくる。
バサッ、入り口の筵(むしろ)が持ち上がった。
意外な顔が覗き込んでいた。
「邪見ではないか。久し振りだな」
殺生丸の従者、邪見が緑色の小さな顔を見せていた。
矮小(わいしょう)な体躯(たいく)にキッチリと着込んだ水干と烏帽子(えぼし)が従者としての身分を主張している。
右手には片時も手離さない翁と女の頭が付いた奇妙な杖、人頭杖(にんとうじょう)を握っている。
久しぶりに顔を見せた小妖怪は以前と同じように憎まれ口で老巫女に話しかけた。
「フン、お前は、随分と老いぼれたな、楓」
この小妖怪は相も変わらず口も悪ければ態度もでかい。
苦笑まじりに楓は言葉を返した。
「フッ、ご挨拶だな、邪見。女に向かって、そんな口を聞くものではない。如何にワシが媼(おうな)であろうともな」
「ハンッ、そんなことはどうでもいいわい。今夜、ワシがワザワザ此処に来てやったのはだな、貴様に教えておかねばならん事があるからじゃ。フフン、良いか、楓、今からワシが話す事を聞いて腰を抜かすでないぞ」
「誰が腰を抜かすか。お主でもあるまいに。何だか知らんが勿体(もったい)ぶらんと、さっさと話せ」
元々、邪見は筋金入りのお喋りである。
寡黙過ぎるほど寡黙な殺生丸の従者をしている関係上、主の代弁をする必要があるのは確かなのだが、如何せん、喋りすぎる傾向があるのだ。
いつも余計な一言を吐いては殺生丸から折檻されるのが常であった。
今も話したくてウズウズしているらしい。
そんな邪見の胸の内を見透かして楓は話しやすいよう邪見に水を向けてやった。
「ムッ、では教えてやる。・・・生きておるぞ」
「誰がだ?」
「判らんか、楓よ?」
得意満面な顔が楓を窺(うかが)っている。
それを見た楓の脳裏に稲妻のように予感が走った。
もしかして・・・まさか・・・まさか・・・。
捜して捜して形見の品ひとつ見つけ出せなかった。
あれから、もう二年も経っている。
何度、諦めねばならんと自分に言い聞かせたことか。
生きているのか・・・本当に・・・?
信じても・・・良いのかっ!
唇が戦慄(わなな)く。
どうしようもなく声が震える。
「それは・・・もしや・・・りんのことか!?」
気が付けば楓は邪見の胸元を引っ掴んで力任せに揺さぶっていた。
「グエッ・・・ぐっ・・ぐるじい・・・はっ・・離せぇ・・・」
息も絶え絶えに抗議する邪見。
力を弛めはしたものの、それでも楓は邪見の胸元を掴む手を離しはしなかった。
「すっ、すまん、邪見! だがっ、りんが生きているというのは真(まこと)かっ!?」
「ほっ・・本当じゃ! とっ、ともかく、この手を離せっ!」
「何処だっ! りんは何処にいるのだっ!? 」
「・・・判らん」
ポツリと邪見が呟(つぶや)いた言葉に楓が噛み付いた。
「どういう事だ、邪見!? 今の今、お主が生きていると言ったではないかっ!」
「ええいっ! だから、それを今から説明してやるわい! とにかく、この手を離せっ!」
ようやく楓から開放された邪見は、つい先日、西国で起きた事件について詳しく語った。
斯(か)くして楓は邪見から反魂香(はんごんこう)に纏(まつ)わる話を聞かされ、りんが生きている事を知ったのであった。
二年間、殆ど陽の射さない日陰のような楓の心境に久方ぶりに明るい光が差し込んだ瞬間だった。
【一陽来復】:①冬が去り春がくること。新年がくること。②悪いことが続いた後に、ようやく良い方向に向かうこと。勿論、今回の作品は②の方の意味です。
【媼(おうな)】:年取った女性。老女。
了