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『苦悶(くもん)』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。

結界を抜けた瞬間、殺生丸の鼻腔に飛び込んできたのは異様な臭いだった。
同時に膨大な量の水が目に入ってきた。
それも透明な水ではない、汚(きたな)い濁(にご)った水。
泥が溶け込んだ黄色とも茶色ともつかぬ黄土色の水、泥水だ。
当然、無色透明の水とは匂いからして別物だ。
雑(ま)じり合った泥が水の匂いを凌駕(りょうが)して臭気を放つ。
これほど大量の泥水が視界を覆っているということは・・・。
未曾有(みぞう)の大雨が降ったということか。
大量の雨水が大地の泥を溶かし水路から溢れ陸地を侵略。
その結果が、この濁った泥水に覆い尽された下界という訳だ。
殺生丸は阿吽に拍車を入れ村へと急いだ。
りんの身が案じられてならなかった。
今回の訪問は、何故か、西国を出る前からモヤモヤと胸に蟠(わだかま)るものがあった。
それは払っても払っても胸の奥にこびり付き、どうしようもなく殺生丸の心を波立たせた。
だからこそ闇雲に阿吽を急(せ)かし人界への道を急(いそ)いだ。
気流を貫くような最高速度で結界に突っ込み、そのまま一気に突っ切ってきたのだ。
そして、今、悪い予感は現実のものとなった。
大水は下界の様相(ようそう)を一変させていた。
大雪のように、イヤ、それよりも遙かに性質(たち)が悪い。
大雪も多少の混乱を齎(もたら)しはするが、大水の場合は比較にならない。
文字通りの大混乱を齎(もたら)す。
泥を大量に含んだ汚水は田畑を人家を全てを呑み込み壊滅的な被害を与えるのだ。
程なく、りんの住む隻眼の巫女の家が視界に入ってきた。
村の大部分が水中に消えていたが、幸い、りんを預かる巫女の家は小高い丘の上にある。
水没は免(まぬが)れたようだ。
だが、様子が可笑しい。
私を見るなり、何時も、笑顔で出迎えるりんの姿がない。
代わりに老いた隻眼の巫女が、それだけではない、犬夜叉が、かごめが、法師が、女退治屋までもが雁首(がんくび)揃えて待っていた。
一体、何があったのだ!?
阿吽を上空に滞空させたまま下界へと降りる。
トン!と殺生丸が沓音(くつおと)も軽く地を踏めば隻眼の巫女が一歩近付いて跪(ひざまず)いた。
老いた顔には苦悩からだろうか、憔悴(しょうすい)の表情が色濃い。
 

「兄殿、・・・りんが行方知れずになりました。お詫びのしようもありませぬ。責めは全て、この老い耄(ぼ)れの婆(ばば)にありまする」
 

地に伏して殺生丸に詫びる老いた巫女を庇(かば)うように、犬夜叉が、かごめが叫ぶ。
 

「楓!」「楓婆ちゃん!」
 

殺生丸の毛皮にしがみ付いていた邪見が悲鳴のような声を上げた。
 

「なっ、なっ、何じゃとぉっ!? それは真かっ!? 楓っ!」
 

不気味なほど静かに殺生丸が巫女に訊(たず)ねる。
 

「・・・何時(いつ)からだ」
 

しわがれた声で老いた巫女が答える。
 

「・・・大雨が降り出した三日前から」
 

邪見が人頭杖を振り回して金切り声で犬夜叉達を責める。
 

「うっ・・うぬらは、一体、何をしてたんじゃっ!?」
 

女退治屋が絞り出すように言葉を重ねてきた。
 

「蝶がっ!見たこともない・・綺麗な蝶が・・飛んでたんだ。りんは・・・それを追って川の方へ。その後・・直ぐに雨が降りだして・・・。これ迄に経験したことがない・・・もの凄い大雨だったんだ。アッという間に水が・・そこら中(じゅう)から溢れ出して・・りんを・・捜しに行くことさえ・・出来なかったんだ!」
 

殺生丸は犬夜叉の方に顔を向けた。
刺し殺すような視線が「貴様は何をしていた?」と問い掛けている。
犬夜叉は顔を顰(しか)めて腹違いの兄に詫びる。
 

「すまねえっ!俺と弥勒は・・・仕事に出かけていなかったんだ」
 

弥勒も犬夜叉と同じように拠所(よんどころ)ない事情を口にする。
 

「誠に申し訳ない。私と犬夜叉は・・・大雨で仕事先に足止めされ、昨日(さくじつ)、戻ってきたばかりなのです」
 

ギリ・・・今にも爆発しそうになる感情を殺生丸は歯を喰い縛って必死に堪(こら)えた。
ツウッ・・・血が一筋、口許を伝って流れ落ちた。
身の内に滾(たぎ)る憤怒は今にも火山のように噴き出しそうな程に熱い。
それとは逆に考え得(う)る最悪の結果を想像すると心が瞬時に凍りつきそうだった。
ガッ・・・殺生丸は右手を固く結んだまま左手を腰に差した爆砕牙に掛けて抑えた。
そうでもしなければ直ぐにも爆砕牙を抜いて目に映る一切を消してしまっただろう。
荒れ狂う心のまま耐え難い苦悶に翻弄されて。
そのまま地を蹴って殺生丸は上空で待機している阿吽に跨(またが)り水の流れに沿って飛び始めた。
りんを見つけ出せればと一縷(いちる)の希望に縋(すが)って。
そんな殺生丸の必死な思いを嘲笑(あざわ)うかのように視界を覆う黄土色の水は混濁した泥と水の中に全てを隠匿(いんとく)し続けた。       了

 

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