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『濁流④=惨状=』


「なっ・・・何という・・・」
 

「酷(ひで)え・・・な」
 

目の前の光景に弥勒と犬夜叉は言葉を失った。
見渡す限りの水、水、水。
それも黄土色に染まった泥水。
雨上がりの抜けるように青い空と対照的な色合いが酷(ひど)く違和感を与える。
耕(たがや)したばかりの畑が、収穫を待つ水田の稲が、見慣れた村の風景がどこにもない。
村の大半の家が荒れ狂う濁流に呑み込まれ水没しているではないか。
今しも一軒の家が水に押し出され倒壊しようとしている。
バシャッ!
遂に水圧に耐えかねて柱が折れた。
もう家の体(てい)を成していない残骸がバラバラになって崩れ落ちていく。
そして二人の前でアッという間に下流へと押し流されていった。
時々刻々、増水する大水の中、無理を押して犬夜叉と弥勒は出先から戻ってきた。
三日前、朝から犬夜叉と弥勒は村から遠く離れた町へ赴(おもむ)いた。
妖怪退治を請け負ったのだ。
弥勒が御札で妖怪を誘(おび)きだし犬夜叉が鉄砕牙で妖怪を倒す。
いつも通りの決まりきった慣れた手順。
犬夜叉が妖怪を退治した途端、雨が降り出した。
その時は、いつもの事だと、別段、二人は気にも留めなかった。
まさか、こんな大水になると誰が予測できただろう。
雨は一気に滝のような水量となり犬夜叉と弥勒は帰ろうにも帰れなくなってしまった。
その為、二人は妖怪を退治をした家の主の好意を受け、その晩は、その家に泊まることにした。
しかし、次の日になっても、雨は一向に止(や)む気配がなかった。
やむを得ず、二人は、二日目も、その家で厄介(やっかい)になった。
結局、雨は、二日二晩、休むことなく降り続き、漸(ようや)く三日目の朝になって止んだ。
世話になった分限者の家を早々に辞し村へ帰ろうとした犬夜叉と弥勒は氾濫する川から溢れ出す大量の水に目を瞠(みは)った。
町は地勢的に高台にある為、余り水の被害が出ていなかったのだ。
だが、楓の村は川の下流にある。
普通の雨なら心配する必要はないが、これほどの大雨である。
家屋が浸水している可能性は高い。
弥勒は足を速めた。
 

「急ごう、犬夜叉」
 

「ああ・・・」
 

後から後から溢れ出す水が足元を洗う。
増水する水に覆われ瞬(またた)く間に道は見えなくなってしまった。
 

「弥勒、負ぶされ!」
 

「すまん、犬夜叉!」
 

見るに見かねた犬夜叉が弥勒を背に負ぶった。
僅かに残った地面を見つけては、そこを足場に跳躍を繰り返す。
だが、直ぐに限界が来た。
進めば進むほどに地面が見えなくなっていく。
遂に完全に冠水してしまった。
それからは水との戦いだった。
腰まで水に浸かりながら二人は村へと急いだ。
犬夜叉の火鼠の衣も弥勒の法衣(ほうえ)も忽(たちま)ち水に浸かりドッシリと重みを増す。
だからと言って脱ぎ捨てる訳にもいかない。
グッショリと濡れて重い衣を纏(まと)い二人は水の中を歩く。
しかし、水圧に阻まれ足取りは思うように進まない。
容赦なく水温の低さが体熱を水圧が体力を奪っていく。
それでも気力を振り絞って二人は歩き続けた。
やっと夕方近くなって二人は村の入り口に辿り着いた。
そして、眼前に広がる光景に絶句した。
村の周囲の惨状に自失していた弥勒が、ハッと気を取り直した。
 

「そうだ、珊瑚と子供達は!? それに、みんなは!?」
 

「あっ、ああっ、そうだ、 かごめっ!」
 

同じように気力を取り戻した犬夜叉が周囲を見回す。
ポツンと遠目に楓の家が見えた。
小高い丘の上にある楓の家は今回の大水の被害を辛(かろ)うじて免(まぬが)れていた。
泥水から這(は)いあがり二人は丘へと向かう。
近付くに従い楓の家の周囲に人の姿が見えてきた。
楓の家から人影が飛び出してきた。
 

「珊瑚、子供達は無事か!?」
 

「法師さま!」
 

「怪我はないか、かごめ!」
 

「犬夜叉!」
 

それぞれに愛妻を抱き再会を喜び合う二組の夫婦。
 

「帰ったか、犬夜叉、法師殿」
 

楓が家の中から出てきて労(ねぎら)いの言葉をかける。
だが、どうしたことだろう。
見るからに憔悴した面持ちである。
 

「楓さま、良かった、ご無事でしたか」
 

弥勒が老巫女に言葉を返す。
 

「わしは無事だが・・・村の衆が何人も大水の犠牲になってしまった」
 

「・・・そうですか。しかし、これほどの大水です。人の力では、どうしようもありますまい」
 

楓は村を守る巫女である。
巫女であった姉の桔梗亡き後、五十年の長きに亘(わた)って村を守り続けてきた。
今回の大水で多くの村人の命が喪われたのは痛恨の出来事だろう。
だが、それだけではない。
どうしようもない憂愁と絶望感が楓の全身を色濃く覆(おお)っている。
今まで、どれほどの危難に見舞われようと、この気骨溢れる老女の隻眼から光が消えたことは無かった。
それが、今はどうしたことだろう。
見る影もなく打ち萎(しお)れているではないか。
一体、何があったというのだろう。
 

「どうしたんだ、楓婆(かえでばばあ)?」
 

老女の徒(ただ)ならぬ様子を訝(いぶか)しみ、犬夜叉が楓に声をかけた。
 

「犬夜叉、りんちゃんが・・・戻ってないの」
 

楓の代わりにかごめが答えた。
 

「何だとっ!?」
 

「何ですとっ!?」
 

「それは本当か、楓?」
 

「真ですか、楓さま?」
 

犬夜叉と弥勒の矢継ぎ早の問いかけに楓が重い口を開いた。
 

「三日前・・・大雨が降り出した昼頃から、りんの姿を見かけた者が誰も・・・いないのだ」
 

珊瑚が楓の後に言葉を付け足す。
 

「最後にりんを見たのは家の双子なんだ。綺麗な蝶を追いかけて川の方へ行ったらしい。大雨のせいで川が増水して・・・」
 

珊瑚は、喉まで出かかった言葉を、無理矢理、呑み込んだ。
頭の中に浮かんだ『りんの溺死』という最悪の事態を予想させる言葉を。
一旦、口にしたら、それが本当になりそうで震えが止まらなかった。
りん、楓が、犬夜叉の異母兄、大妖怪の殺生丸から預かった大切な大切な養い子。
この三年間、殺生丸が、三日おきに、りんに逢うために村を訪(おとな)わなかった事は一度もない。
それほど大妖は、りんに深い愛情を注いできた。
犬夜叉の異母兄、大妖怪の殺生丸は世にも稀(まれ)なる二本の名刀を腰に佩(は)く。
壱の刀は天生牙、ひと振りで百人の命を救う癒やしの刀。
弐の刀は爆砕牙、ひと振りで千匹もの妖怪を薙ぎ倒す必殺の刀。
二本の刀は、そのまま殺生丸という大妖怪が持つ“慈悲”と“非情”という相反する資質を示す。
もし・・・りんが、本当に死んでしまったとしたら・・・・。
殺生丸の怒りは、嘆きは、どれほど深く激しいだろう。
想像するだに怖ろしい。
況(ま)して、珊瑚は、三年前、弥勒を救いたい一心で奈落の罠に嵌り、りんを殺そうとして殺生丸に許されたことがある身だった。
当然、殺されると覚悟していた。
だが、信じられないことに許された。
殺生丸は慈悲を示してくれたのだ。
だからこそ、りんが、楓に預けられた時、珊瑚は心に固く誓った。
何があろうと、必ず、りんを守ろうと。
そんな決意にも関わらず、又しても、このような為体(ていたらく)。
珊瑚は激しく己を責めていた。
そして、それは犬夜叉達も同様だった。
殺生丸が、寵愛するりんを、楓に預けた、それは取りも直さず誇り高き大妖が人間である自分達を深く信頼してくれたからに他ならなかった。
その信頼の証(あかし)である、りんが、増水した川に落ちて死んでしまったかもしれない。
一体・・・どうすればよいのか。
暗澹たる思いに一同は、唯々、茫然とするしかなかった。  
 


 

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