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『濁流②=暗躍=』


闇に覆われた結界の中、密談が交わされている。
主らしき男が部下に問い掛ける。
 

「・・・手筈(てはず)は?」
 

密談と意識しているせいだろうか。
普段の胴間声(どうまごえ)とは似ても似つかぬ低い潜(ひそ)めた声。
そんな主に合わせるように部下も声を潜める。
 

「ハッ、仰せの通りに」
 

「雨師(うし)と風伯(ふうはく)は?」
 

「諾(だく)と」
 

「見返りは?」
 

「雨師が貴酒を百斗、風伯が筝(そう)と琴(きん)を五十器ずつ」
 

「フム、かなりの物入りだな。まあいい。儂(わし)が西国の実権を手中にすれば、その程度の損、瞬(またた)く間に取り戻せるわ」
 

「御意」
 

「それで、今回、使う忍びは?」
 

「毒蛾の蛾々を」
 

「あ奴か。だが、くれぐれも獲物には傷を残さぬよう念を押しておけ。襲われた証拠を残さんようにな。飽くまでも溺死という形にするのだぞ。僅かたりとも我らが関与したと疑われんように。判っておろうな」
 

「重々、承知しております」
 

「よし、では、早速、明後日、決行するのだ。明日はいかんぞ。殺生丸が人間の小娘に逢いに行く日だからな。フォッフォッ、精々、最後の逢瀬を楽しむがいい。これで邪魔な存在はいなくなる。次は、傷心の殺生丸を我が娘に慰めさせればよい。そのまま勢いにまかせて娘を娶(めと)らせて。さすれば、儂(わし)は西国王の舅(しゅうと)じゃ。子供でも出来れば外祖父ぞ。由羅には何としてでも男子を産んでもらわねばな。孫を足掛かりにジワジワと実権を握ってくれるわ」
 

「待ち遠しゅうございますな、豹牙(さいが)さま」
 

「フッ、儂(わし)は先代、闘牙王の従兄弟だ。この西国では、一番、血が近い親族なのだぞ。もっと厚遇されても当然であろうが。にも関わらず、殺生丸め、儂(わし)を冷遇しおって。二百年もの間、国を放り出し、このまま人界をほっつき歩いているのだろうと思えば、いきなり帰ってきおってからに。国主の座に就くや否や、不正な蓄財に励む者を次々と摘発し始めおった。長年、西国を支えてきた儂(わし)らの抗議を聞こうともせん。それどころか、抵抗する者は容赦なく牢に繋(つな)がれ断罪される始末よ。免職に蟄居(ちっきょ)、閉門、領地の召し上げは当たり前。それどころか、下手をすれば罪状によっては、打ち首、獄門の刑も有りうる。そうした所業を、殺生丸の奴め、平然と顔色ひとつ変えずやってのけおった。要職は、次々と、あ奴の息の掛かった者に挿(す)げ替えられ儂(わし)は閑職に追いやられてしまった。その上、高貴な犬妖に下賤(げせん)な人間の血を交(ま)ぜようなどと・・・・断じて許さんっ!」
 

次第に興奮してきたのだろう。
豹牙(さいが)と呼ばれた男が声を荒げた。
闇に染まる結界の中、点(とも)された明り取りの火に照らされ男の姿が浮かび上がる。
小山のような巨躯に縮れた赤い髪、荒削りな容貌、尊大な物腰の壮年の男が盃を手に座している。
髪と同色の赤い眉が逆八の字に跳ね上がり魁偉な容貌を、尚更、荒々しく見せる。
豹牙(さいが)は身の内に湧きあがる憤りを掻き消そうとするかのように酒を呷(あお)った。
帰還した殺生丸が、まず断行したのが西国に巣喰う鼠どもの一掃だった。
二百年にも亘(わた)る国主の不在は野心家どもを増長させた。
その最たる者が豹牙(さいが)である。
もし、世に名高い“西国の二本柱”、名臣の中の名臣と称(たた)えられる尾洲と万丈が国政の手綱を、天空の城に座す前西国王妃の“狗姫(いぬき)の御方”が睨みを利かせていなかったならば、間違いなく西国の王位簒奪(さんだつ)を企て実行していたであろう男だった。
しかし、実際には隙のない尾洲と万丈に阻まれ西国の実権を握れなかった豹牙(さいが)は、その鬱憤を晴らすかのように、先代国主の従兄弟という本来なら遠縁でしかない血縁を盾に取り弱者を虐(しいた)げ己の懐(ふところ)を肥やしてきた。
典型的な虎の威を借る狐の如き輩(やから)である。
強い酒が胃の腑を焼くに従い豹牙(さいが)の舌は、益々、滑(なめ)らかになった。
 

「全く、親が親なら子も子だ。大体、先代の闘牙が亡くなったのは竜骨精との闘いで負傷した身でありながら人間の女を助けに行ったせいではないか。それが原因で殺生丸は大の人間嫌いになったと聞いておる。それが今はどうだ。三日おきに人間の小娘に逢いに人界に出かけるなど腑抜けになったとしか思えん。一体、どういう料簡(りょうけん)だ。呆れて物も云えんわ!」
 

ダンッ!
豹牙(さいが)が力任せに盃(さかずき)を膳に叩き付けた。
赤毛の男は並々ならぬ膂力(りょりょく)の持ち主である。
グラッ・・・・
余りの勢いに結界内の空気が揺らぐ。
ビシッ!
衝撃で盃と膳が真っ二つに割れた。
・・・カラン・・・
これからの先行きを暗示するかのように割れた盃が転がっていた。


※雨師(うし)=雨の神
※風伯(ふうはく)=風の神
※閉門(へいもん)=一定期間、門を閉ざして出入りを禁じる刑罰。
※蟄居(ちっきょ)=閉門のうえ、一室に謹慎させる刑罰。
※獄門の刑=首切りの刑を受けた者の首をさらす刑罰。さらし首。


※『濁流③=襲撃=』に続く



 

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