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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
ピ———チチチッ・・・
小鳥たちの囀(さえず)りが辺りに響く。
穏やかな陽射しが心地よい春のある日。
愛らしい声が、ワシを呼ぶ。
「楓さま、急いで!」
「そう、せかすな、りん」
「だって生まれちゃいますよ」
「亭主殿は留守か?」
「お仕事ですって」
「まあ、三人目ともなればな」
途中、骨喰いの井戸の側を通り過ぎた。
そうか、もう、あれから三年も経つか。
ワシの名は楓、この村を守る老いた巫女だ。
今から向かうのは臨月の珊瑚の処。
先程、産気づいたと村の者が知らせてくれたのだ。
奈落を滅して風穴の呪いが解けた法師殿は退治屋の珊瑚と夫婦(めおと)になった。
二人の間には、もう既に子供が二人いる。
双子の女の子だ。
二年前に生まれた。
だから今回のお産は三人目になる。
退治屋をしていた珊瑚は女としては大柄で体力もある。
前回は初産(ういざん)で、しかも双子だったから産道が開くのに時間がかかった。
二度目の今回は、もっと早いだろう。
家に駆けつけてみれば、珊瑚が呻(うめ)いておった。
ムッ、やはり、かなり産道が開いておるな。
このまま産ませてしまおう。
「りん、急いで湯を沸かすのだ」
「はいっ!」
囲炉裏の熾(お)き火に、りんが息を吹きかけ火を熾(おこ)す。
干した枯れ葉を放り込めば忽(たちま)ちに火が赤々と燃え出す。
後は水の入った釜を掛け、時々、薪(まき)を足せば良い。
珊瑚は出産経験があるだけに、かなり落ち着いている。
だからだろう、双子の娘達も母親の心配をしながらも怖がってはおらん。
中には初めてのお産で余りの痛みに泣き喚いて暴れたりする者もおるからな。
そうなると、まず、お産そのものよりも産婦を落ち着かせる方が先になる。
半時(=約1時間)ほど経った頃だろうか。
赤子がスルリと産道をくぐり抜け顔を出した。
ワシが赤子を取り上げ、介添えはりんが務める。
ほぎゃっ・・ほぎゃっ・・ほんぎゃ~~~
大きな産声が上がる。
「よしっ、頑張ったな、珊瑚」
「元気な男の子だ」
「生まれましたか」
赤子を産湯(うぶゆ)に浸(つ)からせたと同時に亭主の法師殿が仕事から戻ってきた。
後ろには大きな米俵(こめだわら)を三俵も軽々と担(かつ)いだ犬夜叉がおる。
相変わらずの馬鹿力だな。
村に住み着いた法師殿は犬夜叉と組んで妖怪退治を専門に請け負っておる。
それにしても、随分と荒稼ぎをしてきたものだ。
これまでにも、分限者からは『お札一枚で米一俵』などと法外な退治料をふんだくっておったが。
今回は、お札を三枚も使ったのか。
まあ、法師殿も今日からは三人の子持ちだ。
家族を養う為にも、しっかり稼いでもらわねばな。
りんが、テキパキと産後の始末をしておる。
わしの手伝いを始めて、もう三年、手馴れたものだ。
そういえば、前回の珊瑚のお産の時も、りんが介添えをしたのであったな。
殺生丸から、りんを託されて、まだ一年経つか経たないかの頃だった。
あの頃は、まだ慣れなくて、いささかおっかな吃驚(びっくり)の体(てい)であった、りん。
お産に立ち会うなど初めての経験であったろうからな。
その後、何度も村の女の出産に立会い、今ではワシの助手を立派に務めるまでになった。
お産や月のもの、女に必要な知識が極(ごく)自然に身についたりん。
ンッ?・・・アア・・・そうか。
もしかすると、これも、殺生丸が、りんをワシに預けた理由の一つかも知れんな。
奈落を滅してから三日後、光の柱が立った。
光の柱が消え去った後、骨喰いの井戸が何事もなかったかのように元の場所に現われた。
そして、犬夜叉が骨喰いの井戸を通って戻ってきた。
だが、かごめは戻ってこなかった。
「かごめは無事だ」と告げるなり走り出し姿を消した犬夜叉。
犬夜叉が走り去った後、今度は、まるで計ったかのように犬夜叉の兄の殺生丸が村に現われた。
りんとお供の小妖怪、あの矢鱈(やたら)口煩(うるさ)い邪見を連れてな。
正直な話、あの時は何をしに来たのかと思っておったな。
すると、あの大妖が、徐(おもむろ)に口を開き、何と、ワシに、りんを預かれと申すではないか。
驚いたぞ、まさか、あの犬夜叉の兄が、そんな事をワシに頼もうとは思いもせんかったからな。
「人の仔は人の中で育たねばならぬ」
確かに、あのまま、あの大妖が幼いりんを連れ歩くことは感心せなんだ。
それもあって、りんを預かることを承諾したのであったが。
あれから、もう、三年が過ぎた。
当初、ワシは、もう、殺生丸は村に姿を見せないだろうと思っておったのだが・・・。
予想は、完全に外れた。
姿を見せないどころではない。
あ奴は、殺生丸は、キッチリ、三日おきに、りんに会いに村にやって来るのだ。
それは三年後の今も変わらん。
犬夜叉が、三日に一度は骨喰いの井戸に入っておったのと良い勝負だな。
どうも、あの化け犬兄弟は根本的な処が似ておるようだ。
殺生丸は、いつも、何かしら土産(みやげ)を携えて村に来る。
ある時は食いものを、また、ある時は着物を、別な時は櫛だの、帯だの、果ては家具調度だのと。
それは、もう、実に多岐に亘(わた)る。
おかげでワシの家では貰(もら)い物を納めきれなくて、わざわざ裏に物置小屋を建てて収蔵せねばならん程だった。
どれもこれも、そんじょそこらではお目にかかれんような上等の品ばかりだ。
特に着物や帯には目を瞠(みは)るぞ。
こんな鄙(ひな)びた農村では、一生、目にすることも叶わないような色鮮やかな着物と帯の数々。
色も、そうだが、手触りが、これまた素晴らしい。
最初は麻が多かったが、りんが成長するに従い絹物に変わってな。
何とも艶々(つやつや)とした美しい光沢を放つのだ。
これほどの質と量、大国の大名の姫君の嫁入り道具にさえ引けを取るまい。
イヤ、実際、りんは殺生丸に取って『姫』以外の何者でもないのだろうが。
ワシが、りんを引き取って間がない頃、いずれ、りんが大きくなったら、誰ぞ良い相手を捜して嫁にと考えておった。
だが、こうまで熱烈な殺生丸の、りんへの執着を見てしまっては是非もない。
この村に限らず近郷近在にりんの存在は知れ渡っておる。
巫女であるワシの“養い仔”或いは“狗神の姫”として。
りんは鄙(ひな)には稀(まれ)な器量良しの上に性格も良い。
当然、りんに目を付ける男は少なくない。
年々、美しくなるりんに惚れこむ男は老いも若きも増える一方だが。
如何せん、殺生丸が相手ではな。
諦めるしかなかろう。
端(はな)から勝負にならん。
あらゆる面において。
それでも、そう簡単には諦めきれんのが人の情というものなのだろう。
村の若い衆が遠巻きにチラチラとりんを眺めておるのを良く目にする。
近頃のりんは、めっきり娘らしくなったからな。。
そのせいだろうか、殺生丸が頻繁に村の周辺に出没するようになった。
あれは、明らかに、りんに懸想する男どもに対する威嚇と牽制であろうな。
『りんに手を出すな!』という。
イヤハヤ、殺生丸も、内心、気が気ではないのだろうて。
ともかく、りんが成長した暁には、必ずや、殺生丸が迎えに来るだろう。
それは、最早、確定といってもいい事実だ。
だから、それまでは、婆さまと孫として仲良く暮らしていこうと思っておる。
そうそう、大層、喜ばしい知らせがある。
三年ぶりに、かごめが戻ってきたぞ。
犬夜叉を始めとして七宝や弥勒、珊瑚が、それはそれは喜んでな。
アア、勿論、ワシも嬉しいさ。
何せ、かごめは、桔梗お姉さまの生まれ変わりだからな。
妹であるワシとも浅からぬ因縁がある。
奈落と四魂の玉が滅したのは、かごめが、この時代に来てくれたからこそ可能となった。
そして、これからは犬夜叉と共に此処(ここ)で暮らしてくれるのだ。
桔梗お姉さまが望んで叶わなかった願いを、かごめが叶えてくれる。
こんな嬉しいことが他にあろうか。
「楓さま、殺生丸さまに着物を見せに行ってきます」
「ああ、りん、行っておいで」
先日、殺生丸が持ってきた新しい小袖を身に纏(まと)い、りんが嬉しそうに駆けていく。
邪見が人頭杖を片手に、慌てて、りんの後を追う。
薄紅色の小袖、躍るような手毬文様が、愛らしいりんに良く似合う。
満開の桜の中、柔らかな春風が吹きすぎる。
「・・・春爛漫だな」
春の陽光に目を細め楓はソッと呟いた。
のどかで平和な村の風景。
戦国の世が終わったわけではない。
今も各地は戦乱に明け暮れている。
それでも、ここ数年、楓の村の周辺ではチョッとした小競り合い程度で戦(いくさ)はない。
天候にも恵まれ豊作が続き飢えに泣く者もいない。
(こんな日々が・・・少しでも長く続いて欲しいものだ)
楓は心の中でひとりごち薬草の仕分けを続けた。
了
::【後書き】::
そういえば、今日は四月八日、潅仏会(かんぶつえ)。
お釈迦様の誕生日、花祭りの日でした。
そういう日に、この作品を公開できるとは実に縁起が良いです。
これも巡り合わせでしょうか?
完結編アニメの最終回に刺激されて書き上げた作品です。
楽しんでいただければ幸いです。(●^o^●)
◆◆猫目石
2010.4.8.(木)