忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『愚息行状観察日記(40)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


パタパタ・・・パタパタ・・パタ・・パタパタ・・・
廊下を小走りに近付いてくる足音がする。
 

「御方さま、りんさまの熱が下がったそうでございます。如庵殿が、もう大丈夫だと」
 

部屋に入ってくるなり松尾が微(かす)かに頬を弛(ゆる)ませ狗姫(いぬき)に告げた。
続いて権佐(ごんざ)もやってきた。
 

「そうか、では、そろそろアチラを覗(のぞ)くとするか」
 

狗姫は覆いをかけていた“遠見の鏡”から掛け布を取り払った。
台座に据えられた大型の楕円の鏡“遠見の鏡”は数ある西国の宝物(ほうもつ)の中でも出色(しゅっしょく)の名器である。
本来ならば西国城の宝物庫の奥深く厳重に保管されるべき代物であった。
しかし、西国王妃だった頃の狗姫の「馬鹿馬鹿しい、それでは宝の持ち腐れではないか」との鶴の一声(ひとこえ)で蔵から出され、以来、狗姫の居城である天空の城に安置されている。
 

「“遠見の鏡”よ、隻眼の巫女の村を出してくれ」
 

ブゥ・・・ン、暫し鏡面が歪んだ後、パッと人界の村の様子が映し出された。
二日二晩、降り続いた大雨のせいで村の大部分は今もスッポリと黄土色の泥水に囲まれている。
それでも少しずつ水が引き始めているらしい。
僅(わず)かながら泥塗(まみ)れの地面が見える。
隻眼の巫女の家(小屋)は小高い丘の上にあるので今回の大水にも辛(かろ)うじて無事だったようだ。
小屋の前に隻眼の老巫女、異界の巫女、半妖、法師、女退治屋が立っている。
どの顔も沈痛な面持ちだ。
行方の知れないりんの事を思い煩(わずら)っているのだろう。
遠い空に双頭の竜が見えた。
殺生丸だ。
いつものように、りんに逢う為にやってきたのだろう。
アッという間もなく近づいたかと思うと竜を空中に滞空させたままフワリと地面に降りたった。
毛皮には見慣れた緑色の小妖怪がしがみ付いている。
蝶が舞うように重さを感じさせない優雅な降り方が如何にも殺生丸らしい。
狗姫に良く似た秀麗な面差しは完璧なまでに無表情だ。
にも拘らず不穏な気配が“遠見の鏡”を通してさえビリビリと強烈に伝わってくる。
既に気付いているのか、りんが居ないことに。
あ奴は、まだ何も知らされていない筈(はず)。
だが、殺生丸は昔から異様なほど勘が鋭かった。
アレの第六感、本能が異常を告げているのかも知れん。
隻眼の巫女が憂愁に満ちた表情で殺生丸に何かを告げている。
もう、云うまでもなく、りんの事だろうな。
半妖と異界の巫女が、女退治屋が、法師が、それぞれ必死に殺生丸に訴えている。
殺生丸が腰に差した刀に手をかけた。
朱塗りの鞘の天生牙ではない。
荒削りな彫りが施されただけの白鞘の刀、爆砕牙の方だ。
殺生丸の顔は無表情が一転、今にも憤怒と苦悶が噴(ふ)き出しそうだ。
そのまま地を蹴り待たせていた双頭の竜に跨(またが)り水の流れに沿って飛び始めた。
りんを捜しているのだろう。
遮二無二(しゃにむに)りんを探索する殺生丸の姿を見て権佐が口を開いた。
 

「御方さま、殺生丸さまに、りんさまは、この城においでだと、お知らせした方が宜(よろ)しいのでは?」
 

「それは出来んな」
 

今度は松尾が口を挟(はさ)んできた。
 

「何故にございますか、御方さま?」
 

「考えてもみよ。りんの殺害を目論んだ者どもは、今頃、首尾よく事を成し遂げたと陰(かげ)でほくそえんでおろう。彼奴(きゃつ)らを油断させる必要があるのだ。もし、りんが無事だなどと知れようものなら、せっかく旨(うま)い具合に気が緩んでいる奸物(かんぶつ)どもを忽(たちま)ち警戒させてしまうではないか。そうなったら狡賢(ずるがしこ)い奴らのことだ。直ぐにも証拠を隠滅し何喰わぬ顔で地下に潜伏してしまうだろうな」
 

「ですが!」
 

抗議する松尾に狗姫が覆い被(かぶ)せるように言葉を重ねる。
 

「それだけではない。理由は他にもあるぞ。そなた達も知っておろう。りんが、この冥道石で二度目の蘇生を果たしたことを」
 

狗姫が首飾り仕立てにした冥道石を手に松尾と権佐に向き直る。
 

「勿論でございます。御方さまが直々(じきじき)に私どもにお話下さったのです。どうして忘れられましょうか」
 

松尾が権佐と目を合わせて応える。
 

「ならば判ろう。りんは既に天生牙と冥道石で生き返った身。次に命に危険が迫った場合、もう、打つ手はないのだと。だから、妾(わらわ)は、あの時、殺生丸に言っておいた。『二度目はないと思え』とな。にも関わらず、此度(こたび)の体(てい)たらくは何だ。もし、妾(わらわ)が“遠見の鏡”で、りんを見ておらなんだら、どうなっておったか。間違いなく、りんは、あの毒蛾妖怪に殺されておっただろうな。運悪く川に落ちたと見せかけて巧妙に“溺死”と思わされただろう。今回、このような事態を招いたのは全て殺生丸の認識の甘さにある。己が寵愛する少女に、何故、政敵の手が届(とど)くと考えなかったのか。りんが人界にいるからなどという言い訳は通用せぬ。愛する者の身の安全も確保できないような愚か者に、どうして西国の王たる資格があろうか。これを契機に己の甘さを、トコトン認識するが良い。松尾、権佐、くれぐれも、りんのこと、一言も、アレに洩らすでないぞ。配下の者にも確(しか)と申し付けておけ」
 

そこには数々の政治的危機を強(したた)かに乗り切ってきた前西国王妃の姿があった。
松尾も権佐もハッと胸を突かれ、唯々、黙して主(あるじ)に深く頭を下げた。

 

※『愚息行状観察日記(41)=御母堂さま=』に続く


 

拍手[19回]

PR