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『愚息行状観察日記(37)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。

「御方さまっ!」
 

権佐が松尾とともに部屋に飛び込んできた。
その時、鏡の中の毒蛾男が振り回した鞭が、りんの頭部に当たった。
ごく軽く触れた感じだったが、実際には相当の衝撃だったのだろう。
りんが増水した川に落ちた。
毒蛾男は、りんの髪紐を狙っていたらしい。
鞭で弾き飛ばされた紅白の髪紐が空中で孤を描き計算したかのようにポトッと男の手に落ちてきた。
川に落ちたりんが息をしようと必死にもがいて水面に顔を出した。
次の瞬間、上流から流れてきた太い丸太が、りんを・・・。
 

「りんっ!」 「「りんさまっ!」」
 

狗姫(いぬき)が、権佐が、松尾が叫ぶ。
狗姫達は知る由(よし)もなかったが、りんが落ちた川の上流には木材の切り出し場があり、そこには丸太が繋留(けいりゅう)されていた。
その切り出し場が、この大水で決壊し、繋がれていた木材が流れてきたのだ。
矢のように川を流れ下る丸太が、凶器となって、りんに襲いかかる。
避(よ)ける間もなく、丸太が、りんの頭部を直撃した。
りんの小さな顔が、ゆっくりと水中に消えていく。
それを見届けた毒蛾男は任務を完了したと思ったのだろう。
ニヤリと笑ったかと思うと背中の羽根を羽ばたかせ雨の中へと消えていった。
非常事態に狗姫が眦(まなじり)を決して矢つぎばやに命令を出す。
 

「天鼓、おるかっ!返事をいたせっ!」
 

「一鼓(いっこ)!」 「きゅいっ」 
 

「二鼓(にこ)!」 「きゅきゅいっ」
 

狗姫の要請に応え、突如、白い兎の形(なり)をした山彦の精が二匹、パッと空中から現われた。
 

「一鼓は権佐につけ。二鼓(は妾(わらわ)に」
 

狗姫の言葉のままに一鼓が権佐の右肩に、二鼓が狗姫の左肩に、スッと取り付いた。
 

「権佐、“遠見の鏡”の前に立て。そうだ、妾(わらわ)の前にだ。事は一刻を争う。今から人界への道を開く。よいか、権佐、必ずや、りんを救出して戻れ」
 

「はっ!」
 

権佐への下知(げち)を下すや否や、狗姫は“遠見の鏡”に向かって、いや、実際には間に権佐を挟んで、印を組み呪(しゅ)を唱(とな)え出した。
 

「アモーガ オン アボキャ シッデイ アク オン アミリタ テイセイ カラ ウン オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ、次元透過の術、“神点”、走波!」
 

狗姫が印を切リ呪(しゅ)を唱え終えた途端、“遠見の鏡”が光を発し始めた。
光はドンドン強くなり目も眩(くら)まんばかりに輝きだす。
眩(まぶ)しさが最大限に到達した瞬間、光は一気に収束し鏡の中に吸収された。
光が消えると同時に権佐の姿も狗姫達の前から消えていた。
人界へと転送されたのだ。
先程まで曇りなく人界の様子を映しだしていた鏡面が、今は全ての光を失った鈍(にぶ)い闇の色に変わっていた。
りんの身が案じられてならないのだろう。
心配そうに松尾が口を開いた。
 

「御方さま、りんさまは大丈夫でしょうか」
 

「判らん。あの怪我と・・・大水だ。権佐が一刻も早く見つけてくれることを祈るしかないな」

 
鏡から発する眩(まばゆ)い光に全身を包まれた。
そう感じた刹那、気が付けば権佐は叩きつけるように降る雨の中に立っていた。
目の前には大水で氾濫する川が流れている。
妖界から人界への転送は上手くいったらしい。
いつも“遠見の鏡”が映し出していた人里に権佐はいた。
ハッ、呆(ほう)けている暇はない。
即座に下流に向かって権佐は駆け出した。
一刻も早く、りんさまを助け出さねば!
傷を負った上、この激流に呑み込まれたりんさま。
急がねば御命そのものが危うい!
銀色の雨を突っ切って、黄、黒、焦げ茶色が雑(ま)じり合った斑(まだら)の閃光が走る。
土を含んで流れ込む大量の泥水のせいで川の水は透明度を失い濁(にご)り始めている。
走りながら妖視で川を走査する権佐。
右肩には体毛を周囲の色に同化させた一鼓(いっこ)がピタリと貼り付いている。
すると信じられない光景が出現した。
川の流れに逆らうように、花が、薄紅色の花が浮き上がってきたのだ。
桜だ! 何千、何万とも知れぬ桜の花びらが!
在りえない! 桜は春に咲く花だ。
今は夏が終わったばかりの秋。
だが、現実に桜の花が川面(かわも)を埋め尽くしている。
ザアアッ・・・無数の桜の花弁は意思を持つかのように川から浮かび上がった。
球体、違う、楕円形の塊りとなって。
桜の花弁の集合体は何かを包み込むような形をしている。
そしてフワリと地面に着地した。
桜の花が霞(かす)むように消え現われたのは・・・りんさま!
桜の花弁が変化した小さな扇が少女を守るように胸元(むなもと)に鎮座していた。
りんの頭部からは血が流れている。
権佐は慌てて駆け寄り、りんの胸に耳を当ててみた。
弱いながらも規則正しい心臓の鼓動が聞こえる。
(有難い、生きておられる!)
幸(さいわ)いにも気絶したせいで、りんは水も飲んでいない様子だった。
権佐は急いで血止めを施し主の大切な姫を腕に抱きかかえた。

 

※『愚息行状観察日記(38)』に続く

 

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