忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『愚息行状観察日記(36)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


「いかんっ!」
 

長い白銀の髪を揺らし佳人が叫んで立ち上がった。
眸の色は金、頬に走る赤い一筋の妖線が白皙の美貌を更に際立たせている。
女としては長身、絶世の美女である。
立ち姿までもが女神のように麗しい。
妖界で最大領土を誇る西国の王、殺生丸の生母にして王太后の狗姫(いぬき)である。
そして、この天空に聳(そび)える巨城の主でもある。
 

「松尾っ! 松尾はおるか!」
 

「何事にございますか、御方さま」
 

常ならぬ主の声に慌てて筆頭女房の松尾が駆けつけてきた。
部屋に入るなり松尾は狗姫の様相に目を瞠(みは)った。
いつも鷹揚に構えている主が血相を変えていたのだ。
 

「説明している暇はない。権佐が来ておったな。大至急、呼んでまいれっ!」
 

「はっ、はいっ!」
 

三年前、人界を放浪していた狗姫の嫡男、殺生丸が、二百年ぶりに西国に帰還した。
そして、先代の闘牙王亡き後、長らく空位であった西国王の位に就いたのは耳目に新しい。
二百年もの間、亡き夫の遺言を忠実に守り西国を狙う野心家どもに睨みを効かせてきた狗姫にとっては、やっと肩の荷が下りた慶事であった。
そんな狗姫の、ここ数年の楽しみは、“遠見の鏡”で人界を覗(のぞ)くことである。
何故、妖界ではなく人界なのか。
それは覗き見る対象が“りん”という幼い人間の娘だからであった。
大妖怪の狗姫が、何故、人間などを具(つぶさ)に観察するのか。
答えは簡単である。
“りん”という人間の娘が殺生丸の許婚(いいなづけ)、所謂(いわゆる)狗姫に取って将来の嫁だからに他ならない。
殺生丸が、極めつけの“人間嫌い”なのは妖界に遍(あまね)く知れ渡っている事実である。
だが、そんな息子が、どういう巡り合わせなのか、“りん”という幼い人間の娘を愛した。
いや、西国に帰還した今も尚、揺るぎない愛情を注ぎ続けている。
この三年間、殺生丸は、三日おきに欠かさず娘に逢いに人界を訪れているのだから。
その行動の一部始終を狗姫は“遠見の鏡”を通して見てきた。
だからこそ、今回の異常事態も逸早(いちはや)く察知した。
鏡の中、りんが、突如、現われた異形の妖怪に襲われている。
まるで滝のような雨が激しく降りしきる人里。
篠突く雨の中、濡れもせず女のような顔立ちの男が立っていた。
女とも見紛(みまが)う顔を彩(いろど)る原色の紋様が何とも毒々しい。
男の背には蝶のような大きな羽根が、いや、あれは蝶ではない、蛾だ。
それも、恐らくは猛毒の鱗粉を撒き散らす毒蛾の羽根だろう。
男は薄い結界を全身に張り巡らしているらしい。
結界が雨粒を弾いて男の全身を白く浮き上がらせている。
鞭を振りまわし徐々に川の方へとりんを追い込んでいく毒蛾の妖怪。
わざと鞭の狙いを外しているのが判る。
猫が鼠を甚振(いたぶ)るように男はりんを弄(もてあそ)んでいるのだ。
その証拠に鞭は髪の毛ひと筋の差でりんに当たっていない。
怖ろしいほどの精度で繰り出される鞭。
相当な手練(てだれ)だ。
傷ひとつ残さぬよう厳命されているのだろう。
気付くべきだった。
あの鮮やかな蝶が、りんの前に現われた時に。
大雨で川の水嵩が信じられない早さで増している。
明らかにりんは誘い込まれている。
この襲撃の目的は“りんの命”。
増水した川に落とし込んで溺死させる積りなのだろう。
それも偶発的な事故と思わせるよう証拠ひとつ残さぬように。
こうした巧妙かつ卑劣な手口を使うのは間違いなく・・・あ奴だ!
大した実力もない癖に欲だけは並外れて深い男。
己の欲の為、他者を陥れることに何の痛痒も感じない唾棄べき輩(やから)。
ギリッ・・・狗姫が唇を噛みしめた。
鋭利な牙が剥(む)きだしになる。
ようも、この狗姫を出し抜いてくれたわ。
覚えておれ、この借りは必ず返すぞ、豹牙(さいが)!


※『愚息行状観察日記(37)=御母堂さま=』につづく

 

拍手[15回]

PR