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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
「おっ、御方さまっ!」
「ほほぉ~~」
“遠見の鏡”に写し出された光景に松尾が驚いて声を上げた。
よくよく見ると鏡の中の者ども、井戸の周囲に集まっていた法師や女退治屋、巫女、子狐妖怪も、皆、一様に驚愕(きょうがく)の表情を浮かべている。
まあ、無理もないか。
あの殺生丸が人間の小娘の前に膝をついているのだからな。
妾(わらわ)は既に見たことがあるが他の者達は初めて目にする光景であろう。
ンッ、いつ見たかだと。
ほれ、皆も覚えておろうが。
まだ天生牙が冥道残月破を纏っておった頃、冥道を拡げんが為、殺生丸が、妾(わらわ)に、その方法を教えろとこの城にやってきた時のことを。
あ奴のたっての頼みで冥道石を使って冥界の犬を呼び寄せてやったのだが。
冥界の犬は殺生丸の冥道残月破を喰らいながら冥道に呑み込まれもせず平然としておった。
まあ、あんな細い痩(や)せこけた三日月の冥道ではな。
現世の者ならばイザ知らず、冥界の者を呑み込むことは不可能だった。
挙句、冥界の犬め、小娘と小僧を呑み込んで冥道の中に逃げ込んでしまったのだ。
それで殺生丸も犬を追って冥道の中に踏み込む羽目となった。
あの時は、随分、驚かされたな。
極めつけの人間嫌いであった殺生丸が、人間の子供を二匹も伴って、我が城を訪問しただけでも驚きだったのに、あろう事か、それらを助けようとしたのだからな。
結果、天生牙の冥道は拡がりはしたのだが、冥界の邪気に触れ小娘が絶命してしまった。
か弱い人間の身に冥界の邪気は強すぎるからな。
冥界に入った途端、小娘は本当に呆気(あっけ)なく事切れてしまった。
にも拘らず一緒にいた人間の小僧の方はピンピンしておった。
不思議に思って後で小僧に聞いてみたら四魂の欠片で命を繋いでおると云う。
それを聞いて納得した。
つまり小僧は死人なのだ。
だから冥界の中にあっても何ら影響を受けない。
既に死んでおるのだからな。
冥界の主を斬り亡者どもを浄化して殺生丸は戻ってきた。
息絶えた小娘を隻腕に抱いてな。
フッ、妾(わらわ)を仇のように睨みつけておったわ。
余程、小娘が死んだのが許せなかったらしい。
事の成り行きに憤(いきどお)る殺生丸に道理を説(と)くは親の務め。
天生牙が死者を呼び戻せるのは一度きりと教えてやった。
殺生丸め、その事実に愕然としておったわ。
あの時、初めて、殺生丸は愛しい命を喪う怖れと悲しみを知ったのだろうな。
然も、己には、どうすることもできないときておる。
心底、途方に暮れておっただろうな。
筋金入りの頑固者ゆえ殆ど表情を動かしはせなんだが。
その代わりに従者の小妖怪が涙にくれておった。
アレの心情を代弁すると申してな。
こんな悲しいことはないとばかりに悲嘆にくれておったわ。
だから妾が冥道石を使い小娘が蘇生させてやった。
思い出すな、あの時、殺生丸は小娘が目を開き息を吹き返すのをジッと凝視していた。
するとな、急に気道が回復したせいか、小娘が咳き込んだのだ。
一度は完全に途絶えた気道が再び開いたせいだろうな。
咽(むせ)て苦しかったのだろう。
小娘は涙目だった。
そうしたら、何と、殺生丸の奴、徐(おもむろ)に小娘を寝かせた玉座に近付き、スッと膝を折って跪(ひざまず)いたのだ。
些(いささ)かも躊躇(ちゅうちょ)せずにな。
そして隻腕を伸ばし小娘の頬をソッと撫でてやったのだ。
妾(わらわ)は初めて見たぞ、あ奴が、あんなにも優しく他者に触れるのを。
凡(およ)そ、妖怪であれ何であれ、容易に他者に触れる事も触れさせもしない息子だった。
幼い頃から己の力に頼むところが強く並々ならぬ矜持(きょうじ)の高さを見せてきた殺生丸。
狷介孤高(けんかいここう)な気性も相(あい)まって母である妾(わらわ)は勿論、あれ程に慕っていた父親の闘牙にさえ滅多なことでは膝を屈しなかった。
その誇り高き男が、“戦国最強”とまで謳(うた)われた大妖怪が、何の力も持たぬ小さな人間の童女の前に跪(ひざまず)いているのだ。
あの小娘が殺生丸に取って如何なる存在であるのかが一目瞭然であろう。
前回に引き続き今回で二度目になるな。
それにしても、あの気位の高い殺生丸に、ああまでさせる事が出来るのは、きっと、後にも先にもあの小娘だけだろうな。
鏡に映る場景は、まるで誓約を交(か)わしているかのように厳(おごそ)かだった。
イヤ、事実、そうなのだろう。
“遠見の鏡”を通して見ているので殺生丸と小娘が何を喋っているのかまでは判らぬ。
だが、こうしているだけでも、見交わす殺生丸と小娘の間に結ばれた絆(きずな)の強さが目に見えるかのようだ。
神気が漂う。
それを感じ取ったのだろうか。
老いた巫女が殺生丸に向けて深々と頭を下げた。
申し出に対する承諾の印(しるし)だろう。
言の葉を越えた神聖なる契約の証(あかし)。
鷹揚に頷き踵(きびす)を返そうとする殺生丸に女退治屋が必死の形相で声を掛けた。
だが、殺生丸は振り向くことなく何か言い返したようだ。
泣き崩れる女退治屋を法師が抱きとめている。
という事はだ、我が息子殿は、あの女退治屋に『お咎めなし』の沙汰を下した訳だな。
ンッ、小僧も殺生丸に何か言っておるな。
小僧にも同様に言葉を返した殺生丸。
その後は、もう振り返ることなく小妖怪を伴って双頭竜に乗り、その場から姿を消した。
パサッ・・・
狗姫(いぬき)は“遠見の鏡”に布を掛け覆い隠した。
松尾が話しかけてきた。
「若さまは、あの女退治屋を許されたようでございますな、御方さま」
「どうやら、そのようだな。フフッ、あ奴も随分と丸くなったものよ」
「りん様のお陰でございましょうな」
「何はともあれ、これで、あ奴も心置きなく西国へ戻れるだろう」
「はい、それにしても長い放浪にございました。二百年に亘(わた)る国主の不在、正統なる主の御帰還に、さぞや西国の民草が安堵する事でございましょう」
※『愚息行状観察日記(31)=御母堂さま=』に続く