忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『愚息行状観察日記(29)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


「んっ?」
 

「どうされました、御方さま」
 

権佐の報告を受けてから狗姫は冥道石を手にズッと半妖と巫女の様子を窺(うかが)っていた。
狗姫の指示に従い“先見(さきみ)の巫女”白蛇の粋晶(すいしょう)に逢ってきた権佐。
具体的な日数こそ粋晶は教えてくれなかったが、ともかく半妖が戻ってくることだけは判った。
真円の冥道に呑み込まれた異形の巫女。
巫女を救う為、半妖が冥道に入ったのが三日前。
不意に冥道石を覗(のぞ)いていた狗姫(いぬき)が声を発した。
当然、筆頭女房にして狗姫の乳母でもある松尾が何事かと問いかける。
 

「やっと動き出したようだぞ、松尾。半妖が巫女を見つけた」
 

三日間、冥道石を凝視し続けていた狗姫が少し興奮気味に答える。
 

「オオッ、四魂の玉が消滅したぞ。終わったな。これで四魂の玉の因縁(いんねん)は断(た)たれた」
 

狗姫の言葉に松尾が応える。
 

「四魂の玉が出現したのは、確か、人の世を貴族が支配していた時代でございましたな。それから、かれこれ五百年、時は移(うつ)り今は侍(さむらい)の時代にございます。その間、人と妖怪、双方に働きかけ争いの種を蒔き続けてきた悪(あ)しき因縁の玉。こうなって良かったのではございませんか」
 

「そうだな。これで殺生丸も半妖も四魂の玉の因縁から解き放たれた訳だ」
 

徐(おもむろ)に狗姫は立ち上がり、“遠見の鏡”に掛けられていた布を取り去った。
狗姫の思念に反応して鏡面が揺れる。
暫く後に映し出されたのは見覚えのある人里。
奈落が滅したと同時に巫女が冥道に呑み込まれた場所。
そして巫女が消え失せた途端、井戸も消滅した場所だ。
驚いたことに井戸が戻っているではないか。
何事もなかったかのように。
松尾が驚きの声をあげる。
 

「御方さま、井戸が!」
 

「戻っておるな、元通りに」
 

再び出現した井戸から緋色の衣を纏う半妖が出てきた。
火鼠の毛で織った赤い童水干は否応なく目を惹く。
どうした事だ、半妖め、巫女を連れておらんぞ。
井戸の周囲に集まっているのは老いた巫女、法師、女退治屋、子狐妖怪、猫又、それに小僧。
半妖は一同に何かを告げ、そのまま、その場から逃げるように走り去った。
走り去った半妖の代わりに現われたのは殺生丸。
小娘と小妖怪を連れている。
 

「やはり来たか、殺生丸」
 

「御方さま、『やはり』とは、若さまが現われると予想しておられたのですか」
 

「まあな、奈落を滅した今、アレの最大の関心は小娘の事だろうし」
 

殺生丸が年老いた巫女と話をしている。
どうやら話がついたようだ。
小娘が殺生丸に縋って泣きじゃくっている。
 

「どうしたのでしょう、御方さま。りん様が泣いて若さまに何か訴えておられるようですが・・・」
 

「恐らく、殺生丸は、あの老いた巫女に小娘を預かるよう申し出たのだろうな」
 

「何故、そのような事を!」
 

「考えてもみよ、松尾。殺生丸は西国に帰還したら鼠どもの駆除(くじょ)に全力を挙げねばならんのだぞ。そんな処に小娘を連れ帰ったらば、即刻、鼠どもの餌食(えじき)になりかねん。小娘は殺生丸の唯一にして最大の弱点だからな。まして、脆弱なる人間の身、おまけに天生牙と冥道石で既に二度も生き返っておる。もし襲われ殺されでもしたら蘇生はできん。今度こそ確実に死ぬ。無理だな。どう考えても今の時点で小娘を西国に伴うなど危険すぎる。鼠どもを完全に放逐でもせん限り」
 

「だからでございますか。あの巫女に、りん様を託すと」
 

「そうだ。それに、小娘は人の仔だ。人として知らねばならん事が多々ある。人の事は人でなければ教えられぬものだ。それにな、あの村には半妖が住み着いておるらしい。半妖とはいえ闘牙の妖力を受け継いでおるのだ。その力は、人間は、勿論、並の妖怪の及ぶところではあるまい。半妖だけではない。あの退治屋と法師、人間としては尋常ならざる強さを有している。微力ながら子狐妖怪もいる。つまり、未だ乱世の人の世にあって、あの人里は、最強の用心棒達に守られた村という訳だ。そうした事情を考慮して殺生丸も小娘を託そうと思ったのだろうな」
 

「言われてみれば確かに・・・」
 

「それにな、まだある。松尾、あの巫女を見よ」
 

「はい」
 

「年老いておろう、然も、巫女。そなたなら何を連想する?」
 

「そうでございますな。通常、巫女は神に仕える未婚の女性。あの老齢ならば親族も少のうございましょう」
 

「その通りだ。だからこそ、殺生丸は、あの巫女に小娘を託せる。男の影がないからな」
 

「ハッ? 御方さま、今、何と・・・」
 

「『男の影がない』だ。そなたも覚えておろう、松尾。昔から殺生丸は何かに執着すると、よほどの事がなければ諦めようとはせん性質(たち)だった。良い例が鉄砕牙だ。次期国主ともあろう者が西国を出奔、僅(わず)かな手がかりを頼りに二百年も人界を探し回りおってからに。アレが執拗なまでに執着した『力』の象徴である刀。だが、そうした刀への執着さえも、あの人間の小娘に比べれば何程のことはない。殺生丸に取って小娘は『唯一無二』にして『不可欠』の存在なのだ。その大切な小娘の身近に男の影が見え隠れでもしてみよ。アレが許せると思うか」
 

「無理でございましょうなぁ。これまでの若さまの行状から鑑(かんが)みて」
 

ようやく狗姫の言わんとすることに得心がいった松尾は頭を振り振り言葉を返した。
 


※『愚息行状観察日記(30)=御母堂さま=』に続く

 

拍手[9回]

PR