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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
遠見の鏡”に飛び込んできたのは衝撃的な光景だった。
小娘は長身の男の腕に抱かれていた
いや、正確には違うな。
男の腕は小娘には触れていないのだから。
つまり、小娘は空中に浮いているのだ。
手甲に具足、豪奢な陣羽織を纏(まと)った武将姿の若い男。
長い黒髪は束ねず総髪のまま。
それ自体、命を持つかのように空中でうねる黒髪。
見た処は人間、だが、その男の背後から伸びる何本もの禍々(まがまが)しい触手。
そして、何よりも男の前に小さな玉が浮かんでいる。
邪気に満ち満ちた黒い玉。
察する処、あれが四魂の玉であろうな。
となると導き出される答えは一つ、あの男が半妖の奈落という訳だ。
その奈落に向かい女退治屋が武器を投げ付けた。
あれは手裏剣のように敵に投げつける飛び道具。
それも、あの大きさからして殺傷力は手裏剣とは比べ物にならぬほど大きいはず。
まともに喰らえば命がない。
間に合わぬ!
奈落もろとも小娘が殺される!
そう思った刹那、小娘を抱いていた男が消えた!?
幻!?
だからか、小娘に男の手が触れていなかったのは。
髪一重の差で飛び道具は小娘から逸(そ)れた。
落下していく小娘は何処から湧(わ)いたのか、あの人間の小僧が助けた。
運良く双頭竜に騎乗していた小僧が、そのまま空中で小娘を受け止めたのだ。
狗姫(いぬき)は堪(こら)えていた息を吐いた。
傍(かたわ)らの松尾の顔も心なし青褪めている。
胸元を掴んでいる手の微(かす)かな震えが動揺の激しさを物語る。
「フゥッ・・・危なかったな」
「間に合わないかと・・・思いました、御方さま。もう・・・肝が潰(つぶ)れるかと」
「そのような事になっていたら・・・想像するだに怖ろしいな。もし小娘が死んでいたら殺生丸の心は闇に沈んでしまっただろう。憎悪一色に染まり、手に入れた爆砕牙で破壊の限りを尽くすだろう。それこそ敵も味方も区別せぬほどに・・・な」
「そんな事にならなくて・・・本当に宜(よろ)しゅうございました」
奈落なる者の幻が消えたと同時に、あの若衆侍の左腕が肩口からもぎ取られていた。
あ奴は奈落の分身と聞いている。
つまり、本体が損傷を負ったから、当然、分身である若衆侍も同じ傷を受けたという訳か。
次の瞬間、女退治屋の飛び道具が風を切り戻ってきた。
飛び道具は若衆侍をスレスレに掠(かす)めて肉壁に突き刺さり止まった。
殺生丸が投げ返したのだ。
己の目の前で大事な小娘が殺されかけたのだ。
今、アレの心の内に燃え盛(さか)る怒りの炎の激しさは如何ばかりか。
「怒っておるだろうな、殺生丸」
「それは当然でございましょう、御方さま。りん様が殺される処だったのでございますから」
「フ・・・ム、あの女退治屋、命乞いをしている様子はないな。もし、あの女が自分の命を惜しんで哀れっぽく泣いて縋(すが)ったりしようものなら、殺生丸のことだ。瞬時に己が爪で抹殺しただろうな」
対峙(たいじ)する殺生丸と女退治屋、鏡を通してさえヒシヒシと伝わってくる無言の重圧、息詰まるような緊迫した場面だ。
そんな中、不意に薄暗い大蜘蛛の体内に光が差し込んできた。
肉壁に生じた綻(ほころ)びから洩れてきた光だ。
殺生丸が光の差す方向へ飛んでいく。
小僧と女退治屋も後に続く。
ひとまず女退治屋への詮議(せんぎ)は『お預け』らしい。
「まずは当面の敵を片付けてからといった処かな、松尾」
「そうでございますな、御方さま。ともかく今は奈落を倒すのが先決かと」
光の差す方向へと急ぐ殺生丸と他の面々。
小僧は双頭竜に小娘と共に、女退治屋は猫又に騎乗している。
大蜘蛛の体内が、アチコチで破綻を見せ始めている。
肉壁が裂け凝縮した妖毒が溶岩のように噴き出す。
そのまま気体となり撒(ま)き散らされる瘴気。
あの色から判断するに並の濃度ではないな。
我らは、ともかく、人が吸い続ければ正気を保つことさえ困難になるだろう。
そう、有害な瘴気を防御する術か、または防毒面でも無ければな。
すると、あの女退治屋、何を思ったのか、己の命綱ともいうべき防毒面を小娘に装着させたのだ。
そして、自分は防毒面なしで猫又を急(せ)かし、宿敵の奈落の許へと駆けていった。
狗姫(いぬき)はポツリと呟(つぶや)いた。
「・・・不退転の決意」
「御方さま?」
「あの女退治屋、死ぬ積もりだな。敵の中核に近付けば近付くほど瘴気は更に強くなる。脆弱(ぜいじゃく)な人間の身には、到底、耐えられぬ程にな。にも拘(かかわ)らず女退治屋は小娘に己の防毒面を譲った。それは取りも直さず二度と戻らぬ決死の覚悟の現われだ。壮絶だな」
【詮議(せんぎ)】:①評議して物事を明らかにすること。②罪人を取り調べること。
【中核(ちゅうかく)】:物事の中心となる重要な部分。
【対峙(たいじ)】:①高い山などが向かい合って聳(そび)えること。②人や軍勢がにらみ合ったまま動かないでいること。当作での使用は②の意味。
【不退転(ふたいてん)】:①【仏】修行の過程で、既に得た悟りや徳を失わないこと。不退。必定。②堅く保持して動じないこと。屈せず頑張ること。当作での使用は②の意味。
※『愚息行状観察日記(26)=御母堂さま=』に続く