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『愚息行状観察日記(22)=御母堂さま=』


 ※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


小娘が拉致されて数日、コレといった動きはなかった。
だが、ソロソロ何かが起きてもいいはずだ。
そう思って“遠見の鏡”を見ていた矢先、それは起こった。
夥(おびただ)しい数の妖怪が集結し始めている。
圧倒的なまでに膨大な数量の妖怪。
空一面を覆い尽くすほどの凄まじい数だ。
その中心部には巨大な大蜘蛛が陣取っている。
見るからに邪気に塗(まみ)れた汚(けが)らわしい姿。
実に醜悪極まりない。
その大蜘蛛を眼下に見据える位置に殺生丸がいる。
という事はだ、あの大蜘蛛が、奈落なる半妖の変化した成れの果てという訳か。
狗姫(いぬき)は傍らに控えている松尾に声をかけた。
 

「やっと物事が始まりそうだぞ、松尾」
 

「若さまが動かれますか、御方さま」
 

鏡の中の殺生丸に妖怪どもが無謀にも襲いかかる。
苦もなく爆砕牙で奴らを破壊し粉砕していく殺生丸。
そんな殺生丸の背後に例の若衆侍、夢幻の白夜が姿を現した。
何事か話しかけているようだ。
やはり敵とも味方とも思えぬ風情。
 

「何を喋っておるのやら」
 

「左様でございますな、御方さま。遠鼓(えんこ)の精でも張り付いておれば私どもにも聞けましたでしょうに」
 

「まあな、そうしてみようかとも思ったのだが・・・止(や)めた」
 

「何故にございますか?」
 

「考えてもみよ、松尾。あの並外れて気配に聡(さと)い殺生丸に気付かれずに済むと思うか?」
 

「無理でございましょうなあ。若さまが相手では」
 

「だろう。だから止(や)めておいたのだ」
 

ここで遠鼓の精なるモノについて説明しておこう。
“遠鼓の精”とは大きな長い耳を持つ山彦の精である。
見た目はウサギに似ている。
普段は白い体毛の遠鼓の精だが必要に応じて体色を自在に変化させ周囲に溶け込むという特性を持っている。
更に殆ど気配を感じさせない。
結果、非常に気付かれにくい。
その為、権佐など妖忍に飼われ敵方の情勢を探る際に良く使われる。
通常、二匹を一対で使役する。
一匹が遠方で聞き取った音声を山彦で伝送、もう一匹が受信するのだ。
丁度、現代の携帯電話と同じような機能を持っていると思えば良い。
手っ取り早く云うなら狗姫(いぬき)は盗み聞きを断念したのであった。
大蜘蛛が糸を吐いた。
瘴気その物で出来た蜘蛛の糸だ。
蜘蛛の糸に触れた妖怪どもは、皆、体を溶かされ奈落に取り込まれていく。
大蜘蛛が体を開いた。
自ら敵を体内に迎え入れるかのように。
真っ先に殺生丸が飛び込んでいく。
何の躊躇(ちゅうちょ)もせずに。
余程、小娘のことが気懸かりらしい。
次いで半妖が奇妙な形(なり)をした巫女とともに飛び込んでいった。
猫又に乗った法師と女退治屋が後に続く。
目当ての人物を取り込んだからだろう。
大蜘蛛が開いた口を閉じた。
それから四対の脚を折り曲げピッタリと体に密着させた。
まるで玉のような形状。
巨大な黒い玉と化した大蜘蛛が空中に浮かんでいる。
 

「さて、殺生丸は、あの大蜘蛛の体内に率先して飛び込んでいった。このままでは見えんな。“遠見の鏡”よ、大蜘蛛の体内にいる殺生丸を写せ」
 

狗姫(いぬき)の命令に“遠見の鏡”が曇る。
暫くすると薄暗い大蜘蛛の体内を歩く殺生丸が映った。
 

「フム、見た目よりも大蜘蛛の体内は広いようだぞ、松尾」
 

「左様にございますな、御方さま。あの奈落とかいう半妖、想像以上の数の妖怪を取り込んでいるものと推察されます。恐らくは万単位。ほんの一部分だけで、この広さと奥行きです。恐らく全容は巨大な城にも匹敵するかと思われます」
 

「ムッ、女が倒れているぞ、松尾。あれは・・・半妖と一緒にいた巫女ではないか。どうした事だ」
 

「右腕に怪我を負っているようでございますな。着物に血が滲(にじ)んでおります」
 

血の匂いに惹きつけられたのだろう。
雑魚妖怪どもが集まってきた。
それを見た殺生丸が巫女に襲いかかろうとする雑魚どもを爪で引き裂く。
何の衒(てら)いもなく無造作に。
 

「フ~~ム、殺生丸の奴め、小娘の時も思ったが、随分と優しくなったものだ」
 

狗姫が少し驚きながら言葉を紡ぐ。
 

「真に驚かされますな。昔の若さまでしたら、あの巫女が襲われても眉ひとつ動かされなかったでしょうに」
 

松尾も幼少の頃から殺生丸を知っている。
その驚くほど狷介孤高(けんかいここう)な激しい気性を。
だからこそ、かごめを庇(かば)う姿に驚きを隠せない。
 

「ホッ、巫女が目を覚ましたぞ、松尾」
 

「あの様子だと、巫女は、どうも、若さまと顔見知りのようでございますな」
 

「フム、どうやら、巫女は殺生丸に付いていくようだぞ」
 

「それが最上の策にございますな。奈落なる敵の体内にございます。誰よりも強い若さまのお側が最も安全な場所にございましょう」



【狷介(けんかい)】:頑固で自分の意思を堅く守り、人と打ち解けないこと。また、そのさま。

【孤高(ここう)】:唯ひとり、世俗とかけ離れて高い理想を抱いているさま。


※『愚息行状観察日記(23)=御母堂さま=』に続く
 

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