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『降り積もる思い(30)=獣郎丸と影郎丸=』

獣郎丸と影郎丸、悟心鬼の次に出てきた奈落の分身だ。
だがな、こいつらは今までの奴らに比べ飛び切り不気味な奴らだった。
まず最初に獣郎丸に出喰わしたんだが、その時、奴は鋼牙を追ってた。
夜目にも判る長い白い髪、青い瞳、役者装束。
だが、奴の口許を覆う轡(くつわ)と両腕を縛(いまし)める鎖が異様な感じだった。
獣郎丸の野郎、動く者は全て敵だとでも思っているのか、視線を俺に向けるなり急に襲い掛かってきやがった。
怖ろしく凶暴な野郎だったぜ。


チッ、鋼牙の奴、俺が獣郎丸に襲われてる隙にサッサと逃げ出しやがって。
相変わらず逃げ足だけは早かったな。
矢継ぎ早に繰りだされる獣郎丸の攻撃を躱(かわ)すこと二度、蹲(うずくま)る奴の背後に奈落が現われた。
胡散臭(うさんくさ)い狒々(ひひ)の毛皮を被った姿だ。
俺を見て獣郎丸の轡(くつわ)と鎖を解いてやる奈落。
シュ———バチバチ・・・バキッ!・・・カラン
轡(くつわ)と鎖が完全に外(はず)された。
次の瞬間、獣郎丸が本体である奈落の首を刎(は)ねた!
何の躊躇(ちゅうちょ)もせずにだぜ。
マア、用心深い奈落のことだ。
当然、ああなるのを予想してたんだろう。
案の定、首を落とされたのは本体じゃなく傀儡(くぐつ)だったんだけどな。
にしたって、本来なら味方である奈落の首を、ああも迷いなく打ち落とすかよ!?


敵ながら呆(あき)れたぜ。
おまけに、何だ、こいつ!?
口許からダラダラと涎(よだれ)を垂らしやがって。
餓鬼じゃあるまいに、みっともねえ!
顔面に一発喰れてやったんだが、スンナリと殴られやがった。
あの奈落の分身が、アッサリやられるのは妙だとは思ったんだが、邪魔者はトットと片付けとくに限る。
そう思って散魂鉄爪で一気に叩きのめそうとしたんだが・・・・。
クッ、獣郎丸の一撃と相殺されちまった。
互角!?
シュッ・・・・バシュッ!
目にも留まらぬ攻撃が俺の頬をかすめた。
血が滲(にじ)む。
どういうことだ、コイツ、腕が伸びるのか?
変化?
途惑いながらも応戦したんだが、やっぱり可笑しい。
届くはずのない距離で攻撃が入ってくる。
このままじゃ埒(らち)があかねえ。


堪り兼ねて鉄斎牙を抜いて獣郎丸の腕を切り落とした。
とそう思ったんだが、そんな感触はねえ。
どういうことだ!?
その時、後ろの地面から何かが飛び出して俺の土手っ腹に風穴を開けやがった。
バッ・・・・ドッ!
畜生、やられた。
違和感の正体が、やっと判った。
獣郎丸の前にボッと跳び降りた奇妙な物体。
回虫のような体に蟷螂(かまきり)みてえな鎌が付いてる。
小さな顔は獣郎丸とソックリだ。
奴が、もう1匹の敵、影郎丸だ。
獣郎丸と同時に生まれた双子のような存在で普段は獣郎丸の体内で眠ってるんだ。
成る程な、最初は獣郎丸1匹と思わせといて油断させ、ここぞという時に意表を衝いた攻撃を仕掛け相手を翻弄するって訳か。


正体を現した以上、もう見境なしに殺(や)ろうってのか。
二匹が別個に行動しはじめた。
獣郎丸と影郎丸の俊敏さは並じゃねえ。
弥勒が風穴で奴らを吸い込もうとするんだが相手が速過ぎて間に合わねえ。
奴らにとっちゃ格好の餌食(えじき)だ。
珊瑚も飛来骨で攻撃しようとしたんだが獣郎丸に弾かれちまった。
俺は俺で腹を喰い破られてたしな。
かごめが、俺を心配して駆けつけてきた処を神出鬼没な影郎丸に狙われちまった。
(しまった、万事休す!)と思った時、不意に鋼牙が現われて影郎丸を蹴り飛ばして、かごめから遠ざけてくれた。
フゥ~~~助かった・・・あん時だけは心の底から痩せ狼に感謝したぜ。
俊足を誇る鋼牙だ。
影郎丸だけでも相手してくれりゃ、コッチに勝機はある。
俺の相手は獣郎丸だ。


チョコマカと逃げ回る影郎丸、闘争本能のみで向かってくる獣郎丸。
クソッ、鉄砕牙が重くて思うように振り回せねえ。
唯でさえ、こっちゃ、腹を喰い破られて体力が落ちてるってのに。
長引かせると不利だな。
———タン
ゲッ、獣郎丸の野郎、鉄砕牙の刃の上に乗りやがった。
とんでもない平衡感覚だ。
そのまま距離を詰めて俺に圧(の)し掛かり胸元に噛み付きやがった。
バキッ、顔面を殴ったんだが、それ程、痛手を受けている風でもない。
畜生、こっちゃ、アチコチ血だらけだってのに。
鋼牙は鋼牙で、中々、影郎丸を仕留められない。
何せ、形(なり)が小さいうえに土ん中に身を隠せるからな。


バシッ、ドガッ!
ウワッ、左腕を切られた。
影郎丸だ。
クソッ、地中から跳び出して襲ってきやがった。
息吐く間もなく今度は獣郎丸が。
バキッ!
グワッ、又しても胸元を抉(えぐ)られた。
今度は爪でだ。
おまけに反動で木に叩きつけられちまった。
クッ、強烈だったぜ。
随分、痛め付けられちまった。
鋼牙は鋼牙で油断してたのか影郎丸の鎌で太股を切られるし。
チッ、役に立たねえ野郎だぜ。


そんな俺達を見て頃合だと思ったのか。
影郎丸の奴、かごめの肝を喰うと抜かしやがった。
許さねえ、誰が、そんな事させるかっ!
頭に血が上(のぼ)る。
気が付いたら片手で鉄砕牙を振り回して影郎丸の右の鎌を斬り捨ててた。
正気に戻ったら又ズシッと鉄砕牙が重くなったけどな。
影郎丸の方は土中に潜んで何時襲うってくるか判らないし。
とにかく目に付く獣郎丸だけでも片付けとかなくちゃな。


変幻自在の攻撃を仕掛けてくる影郎丸と獣郎丸。
こいつらに対抗するには、どうしても鋼牙と息を合わせる必要があった。
不本意じゃあるけどな。
この際、文句は云ってられねえ。
背に腹は変えられねえだろう。
それにしてもしぶとかったぜ、獣郎丸の奴。
鋼牙の蹴りを喰らっても顔色ひとつ変えやしねえ。
それ以前にも俺に何度か殴られてたってのにな。
これ以上、戦いが長引いたら、いくら頑丈な俺でも体がもたない。


そう感じてたら珊瑚が策を講じてくれた。
土の中に毒を沁み込ませて中に隠れてる影郎丸を誘(おび)き出してくれたんだ。
毒で動きが弱まってる影郎丸を鉄砕牙で斬ろうとしたら逆に獣郎丸の一撃を喰わされちまった。
畜生、以前なら軽々と振り回せたのに鉄砕牙が重い分、どうしても振りが鈍い。
その分、反応が遅れちまう。
クッ、胸元が血だらけだ。
さすがに堪(こた)えるな。
これ以上はヤバイぜ。
そんな俺を見て、鋼牙の奴、調子こきやがって。
自分一人で獣郎丸を殺(や)る気で向かっていきやがった。


だが、可笑しい。
影郎丸の気配が感じられない。
奴は何処だ!?
まっ、まさか?
鋼牙を止めようとしたんだが間に合わねえ。
こうなったら一か八(ばち)かだ。
一気に片を付けてやる。
鋼牙の後ろから鉄砕牙を振り下ろす。


思った通りだ。
影郎丸の奴、獣郎丸の腹ん中に治まってた。
ガボッ、影郎丸が獣郎丸の口から吐き出される。
鋼牙に影郎丸の鎌が振り下ろされる。
と思った刹那、俺と影郎丸の気配に気付いた鋼牙が神業に近い速さで飛びのく。
ゴッ、ババッ!鉄砕牙に分断される影郎丸と獣郎丸。
ザア・・・・霞のように獣郎丸と影郎丸が消え失せていく。
フゥ~~~~やっと終わったぜ。
手間かけさせやがって。
後で鋼牙がゴチャゴチャ文句いってたが、そんなもん、無視だ、無視。


 

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