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『降り積もる思い(27)=神無(かんな)=』

神無(かんな)か、アイツも神楽と同じ奈落の分身だった。
だが、同じ分身でも風使いの神楽とは似ても似つかないぜ。
何でかっていうとだな、まず、神楽は俺達と似たような年恰好だった。
そうだな、物慣れた感じこそあったが、年の頃は珊瑚やかごめと大して変わらないんじゃないか。
それに比べ神無の見た目は十歳そこそこだろう。
丸っきり餓鬼なんだぜ。
形(なり)も派手目の神楽とは、まるで違う。
ウ~~ン、何ていうか。
髪も髪飾りも衣装も肌の色も、とにかく何もかも真っ白なんだ。
色目ってもんが全くない。
まるで死装束(しにしょうぞく)だぜ。
そのせいか生気ってもんが殆ど感じられなくってな。
いっつも無表情で、それが却(かえ)って、不気味な感じなんだ。
感情を剥(む)きだしにする神楽とは、それこそ正反対だぜ。
後で判ったんだが、神無はな、『無(む)』その物だったんだ。
だから臭いは愚か気配も妖気すらもない。
おかげで、こっちは、やりたい放題やられてから、やっと気付く有様だった。
エ~~と、あれは・・・・そうそう、確か、小春って小娘を助けたのが切欠(きっかけ)だったな。
小娘とはいっても、もう餓鬼じゃねえ。
いっぱしの女になりかけって感じだった。
川で水汲みしてた珊瑚に、いきなり性質(たち)の悪い地付きの男どもが襲い掛かってきやがった。
女一人に大の男が何人も寄ってたかってだぜ。
ケッ、碌((ろく)でもねえ!
だから、俺が、そいつらを、ぶん殴ってやった。
マア、腕の立つ珊瑚のこった。
別段、俺が手を出さなくったって、どうってことなかっただろうがな。
どうも、ソイツら、誰かを追ってたらしい。
その誰かってのが小春で、珊瑚は間違えて襲われたって訳だ。
でもって、こっからがややこしい。
その小春って小娘と弥勒の間にゃ、三年前、チョッとした経緯(いきさつ)が有ったらしいんだ。
へッ、決まってるだろう。
例によって弥勒の奴が何時もの申し込みをしてたんだよ。
「私の子を産んでくれるか?」ってな。
呆(あき)れたもんだぜ、あの時、小春は十四だから、その三年前っていや、まだ十を過ぎたばっかの餓鬼じゃねえか。
ダァ~~~~ッ、本当に助平な野郎だぜ。
小春の話を聞くと、戦(いくさ)で親兄弟を失い油長者って金持ちに拾われ、毎日こき使われてたらしい。
その頃、弥勒と出会って例の申し込みをされたんだとさ。
まあ、そのままなら淡い思い出で終わったんだろうが。
油長者のドラ息子が小春に目を付けて手篭(てご)めにしようとしたんだとよ。
それを小春の奴、薪(まき)で、したたかにブン殴って気絶させてから逃げ出したそうだ。
ハハァ、馬に乗ってた、あのドラ息子が怪我してたのは、そのせいか。
とりあえず大まかな事情は判った。
だがな、いくら弥勒に惚れてるったって一緒には連れていけねえ。
唯でさえ卑劣な奈落と渡り合う危険な道中だ。
自分の身さえ守れない小娘じゃ足手まといになるだけだ。
下手すると奈落に利用して殺されるくらいが関の山だろうぜ。
そんな訳で小春にゃ悪いが、因果を含めて、人柄の良さそうな分限者(ぶげんしゃ)の家で雇ってもらえるよう弥勒が話をつけたんだよな。
異変は、そこで起こった。
突然、村の衆が総出で俺達を襲ってきたんだ。
何故だ、おかしい。
妖怪の臭いなんて、からっきし無かったんだぜ。
ザザザザザ・・・・
耳障りな羽音と共に現われたのは最猛勝(さいみょうしょう)!
奈落の毒虫、じゃあ、これは奈落の仕業か。
小春が危ない。
村長(むらおさ)の家に駆け付けてみれば小春が倒れてるじゃねえか。
珊瑚に小春とかごめを任せて俺と弥勒は村の衆の相手をする為に外に出た。
こいつら、操られてるから殺す訳にもいかねえ。
チィッ、手加減しつつも相手が多すぎる。
殴っても殴っても埒(らち)があかねえ。
そんな時、又してもアイツが、神楽が現われたんだ。
村の奴らを操ってるのは、こいつか!?
だが、直接、神楽に問い質してみても違うという。
そういえば、神楽の屍舞(しかばねまい)は死体しか操らない。
ってことは、村人を操ってるのは別の妖怪の仕業か!?
クソッ、ここは俺が相手をするしかねえ。
かごめ達は弥勒に任せた。
畜生、神楽の奴、村人を盾にしやがって。
おかげで、俺は風の傷を撃とうにも撃てない。
ひたすら風刃の舞を避け、神楽の隙を窺(うかが)うしかなかった。
そんな時、急に村人が人垣を解いたんだ。
正面にいるのは神楽だけだ。
こんな絶好の機会を逃すか。
ゴッ、喰らえ、風の傷!
渾身の力で鉄砕牙を振り切った。
あれで神楽も一巻の終わりの筈だった。
だが、その時、急に白尽くめの童女が神楽の前に立ちはだかったんだ。
あれは誰だ!?
童女が手に持っているのは鏡。
何をする積りだ?
カッ、閃光とともに戻ってきたのは俺自身の放った攻撃、風の傷。
ばっ、馬鹿な・・・・
風の傷に切り裂かれ血が噴き出す。
倒れた俺を嘲笑うかのように現われたのは奈落。
弥勒が俺を庇って前に立ったが、最猛勝がウジャウジャ飛び交ってる。
風穴を使えば最猛勝を吸い込んじまう。
すると猛毒が弥勒の身体を苛(さいな)む。
事実上、風穴は封じられちまってる。
朦朧とする意識の中、弥勒と奈落の声が聞こえる。
その結果、判ったのは、さっきの白尽くめの童女の名は神無(かんな)。
神楽と同じように奈落から生まれた妖怪で、神楽が【風】、神無が【無】なんだとさ。
だからなのか、臭いも気配も妖気すらなかったのは。
瀕死の俺を更に甚振(いたぶ)る積りだったんだろう。
奈落の野郎、わざと桔梗の名を持ち出しやがった。
俺の首を取って桔梗に見せるだと。
奈落に命じられた神楽が風刃で俺の首を狙う。
クッ・・・・身体が動かねえ。
どうすりゃいいんだ。
万事、休す!
その時、破魔の矢が、神楽の風刃を阻(はば)んだんだ。
かごめ・・・・生きてたのか。
よろけながらも矢を番(つが)え神無に狙いを定めるかごめ。
神無の鏡に村人と同様、魂を吸い取られてたんだ。
魂を吸い取られた人間は神無の意のままに動く操り人形になっちまう。
だが、かごめの魂は尋常の大きさじゃねえ。
吸い切れなかったらしい。
そんなかごめが気付いた衝撃的な事実。
四魂の欠片を奈落が持ってたんだ。
それも、一欠片や二欠片なんてもんじゃない。
殆ど球形になりかかってる大きな塊。
だから、奈落は妖力を増してたんだ。
自分で分身を生み出せるまでに。
だが、何より俺を驚かせたのは、そんなこっちゃねえ!
四魂の欠片を桔梗が奈落に渡したって事実だ。
かごめから桔梗は四魂の欠片を奪った。
それを桔梗は奈落に与えたってのか!?
何故だ? 何故、そんなことをしたんだ!? 桔梗!
奈落は俺たちの仇じゃねえのか!
かごめが神無の鏡に向けて矢を放った。
俺の風の傷のように、はね返されるかと思いきや、かごめの矢は鏡の中に呑み込まれた。
神無が、鏡で、かごめの残った魂を吸い取ろうとしてる。
シュ————ガタガタガタ・・・・
鏡が音を立て抵抗してる。
ピシッ・・・・遂に鏡に罅(ひび)が!
これ以上は無理と神無が判断したんだろう。
ブワッ、神無が鏡の中に吸い込んだ大量の魂を開放した。
シュ————・・・・ドオオオン
村人達に魂が戻った。
勿論、かごめにも。
そこで弥勒が一気に風穴を開いた。
奈落と分身の神楽、神無を吸い込む為に。
ゴォ~~~バキバキ・・・・
だが、一足遅かった。
奈落は分身達を引き連れ虚空に去った後だった。
あっけなく破られた風の傷。
そして憎い仇のはずの奈落に四魂の欠片を渡した桔梗。
判らない、桔梗の真意が掴めない。
お前は何を考えてるんだ。
村を後にした俺達は小屋を見つけて身体を休めた。
俺だけじゃなく珊瑚も怪我してたからな。
神無の鏡に、俺と同じように攻撃を返され、飛来骨を、まともに受けたんだ。
そんな悶々と悩む俺の前に、いきなり死魂虫(しにだまちゅう)が現われた。
桔梗が俺を呼んでる。
傷付いた身体に鞭打って俺は呼び出しに応じた。
死魂虫を従え俺の前に現われた桔梗。
四魂の欠片を奈落に渡したのは、やっぱり桔梗だった。
詰問する俺に動揺もせず答える桔梗。
何か、思惑があってのことらしい。
正直な話、あの頃の俺には桔梗が何をしようとしているのかサッパリ判らなかった。
それでも、奈落を憎い仇だと言い切った桔梗の言葉に嘘はないと感じた。
だから、桔梗を信じようと思ったんだ。
五十年前、俺が桔梗を信じられなかったばかりに奈落の罠に落ちた。
今度こそ、そんなヘマはしねえ。
クッ、奈落の野郎、俺たちを見張ってやがった。
分身の神楽が姿を潜めて俺と桔梗の様子を窺(うかが)ってたんだ。
勘のいい桔梗が破魔の矢で神楽を威嚇して追い払いはしたが。
クソッ、奈落め、油断も隙もねえ。
そして、ケガで思うように動けない俺たちに、畳み掛けるように次なる刺客を差し向けてきた。
第三の分身、悟心鬼を。
 

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