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『竜宮綺談』②極海

殆ど不眠不休で阿吽を飛ばすこと、三日。
ようやく、極海が見えてきた。
見渡すばかりの大海原、目が覚めるような青一色の世界。
空と海が繋がっている。
そんな錯覚を抱かせるほどに蒼い。
両者を別(わ)かつのは、唯、空に浮かぶ白い雲のみ。

「阿吽、和修吉竜王に目通りを願い出てくれ。西国の殺生丸が、お会いしたいとな。」

阿吽に、和修吉竜王への挨拶を兼ねた目通りを頼む殺生丸。
それと云うのも、阿吽は、和修吉竜王の眷属なのだ。
和修吉竜王は、多頭の竜王で、阿吽の双頭は、一族の証でもある。そもそも、阿吽自身、殺生丸生誕の折、和修吉竜王から、西国の先代国主、闘牙王に、嫡男誕生の祝いとして贈られた竜なのだ。そうした経緯(いきさつ)からも窺い知れるように、殺生丸の父、闘牙王と和修吉竜王は、昵懇(じっこん)の間柄であった。殺生丸自身、幼い頃は、父に連れられて、この極海の竜王の宮に遊びに来た事もある。
轡(くつわ)を外された兄の阿と弟の吽が、それぞれ海面に向かい滅多に出さない大声で咆哮する。とは言っても、その声は人間の可聴領域をこえた超音波なので、決して人には聞こえない音なのだが。細波(さざなみ)が、海水の表面に細かく立ち、波紋を、同心円状に拡げていく。
ほどなくして、海底から竜王の宮を預かる家宰(家臣の長)が数名の家臣を引き連れて浮上してきた。
極海は、海底の、ある部分で人界の海とつながっている。
それは、丁度、日本と大陸との間、それも、より大陸に近い場所に位置している。その為、必然的に大陸との縁が深い。
そうした影響もあってか、皆、大陸風のユッタリと袖が広がった服を着ている。

「久しいな、劉亀(りゅうき)。」

殺生丸が、先頭に立つ家宰に声をかける。どうやら顔見知りらしい。

「お久し振りでございます、殺生丸様。最後に、貴方様にお会いしたのは、かれこれ、三百年ほど前になりましょうか。今は、西国に戻られ亡き父君の後を継がれました由、お聞きしております。少々、遅くなりましたが、ここで、改めて御祝い申し上げます。真に慶賀の至りにございます。

 千秋万歳をお祈りします。新西国王、殺生丸様。」

家宰が、手を前に組んで深々と頭を下げる。大陸風の挨拶だ。
それに合わせて、後ろに控えた家臣達も、同じように恭(うやうや)しく頭を下げて礼を尽くす。
「劉亀」この名前からも窺い知れるように、人型を取ってはいるが本性は甲羅を経た大亀、霊亀(れいき)である。
その証拠に、背中に大きな甲羅が張り付いている。
霊亀族独特のノンビリと穏やかな風貌と物腰が、相対する者の警戒心を解いていく。劉亀の言祝ぎに、殺生丸が、鷹揚にうなずき、話を進める。

「・・・して、和修吉(わしゅきつ)竜王は、ご息災であられるか。」

「はい、我が主は、至ってお元気にございます。お見受けするところ、貴方様も同様のご様子。オオッ、阿吽よ、久しいのう。そなた達も元気そうで何よりじゃ。」

 劉亀に呼びかけられた阿吽が、猫のように嬉しそうに喉をならす。小型の雷のような音がゴロゴロと周囲に鳴り響く。
その重低音に吃驚して、やはり、気絶したように眠りこけていた邪見が、慌てて、ガバッと跳ね起きる。
無理もない。三日三晩、ほぼ不眠不休の強行軍の旅だった。

「ホッホ、良し、良し、可愛いやつらじゃ。」

 阿吽の甘えぶりに相好を崩して喜ぶ劉亀。いかにも好々爺といった感じだが、この劉亀も、尾洲や万丈のように、和修吉竜王の“懐刀(ふところがたな)”として広く世に知られた存在である。見た目の印象だけで、そうそう簡単に判断できるような単純な御仁では決してない。

「劉亀よ、挨拶は、これくらいにして本題に入るぞ。和修吉竜王に、至急、お会いしたい。折り入って、どうしても、お願いしたい儀が有るのだ。」

短気な殺生丸が、挨拶も、そこそこに、ズバリと本題を切り出した。

「ハハッ、承知いたしました。和修吉竜王様からも、貴方様が、訪ねていらっしゃった時は、速(すみ)やかに宮へお通しするように言付かっております。それでは、御前、失礼致します。」

 そう云うなり、劉亀が、大亀の本性を顕(あら)わにした。
小さな島が丸ごと納まりそうな体躯に、背中全体を覆う堅牢な甲羅、ツルリとした丸い頭部、長い顎髭、これが霊亀族本来の姿である。

  その巨体のまま、海中に向かい、阿吽の時よりも更に大きな超音波の咆哮を放つ。すると、どうだろう。その咆哮に呼応するように海面が波立ち渦が巻き始めた。
ゴォ~~~~、海が唸り声のような音を発し始めた。
渦が大きくなればなるほど、その音も、益々、大きくなる。竜がとぐろを巻くようにドンドン大きくなる渦。
遂には、巨大な竜巻となって空中に大量の海水を巻き上げていく。空中に巻き上げられた海水の部分が、鋭利な刃物で切り取ったかのように空白地帯を作り出す。
それと同時に、海が、大きく真っ二つに割れる。膨大な水量の海水が、自ら意思を持つ
かのようにタプタプと右に左に動いていくではないか。まるで、布を切断するように分かれていく海面。
その結果、水深三千メートルもの海底に落下する海水が 地上では有り得ないような大瀑布を出現させる。
ドドドド―――――ッ、ザバ―――――――ッ。
ポッカリと海底への道が開けた。その道の部分だけ明らかに海水の色が薄い。本来の水圧が、その部分のみ大幅に緩和されているら
しい。
仮に、水中で呼吸が出来たとしても、人間は、わずか五十間(約90m)の水深でさえ耐えられないだろう。
それが地上における千尋の谷に匹敵する深さに存在する竜宮ならば、尚更の事。想像を絶する水圧が、人間は、愚か、陸上の生物という生物全てを押しつぶしペチャンコにしてしまうのだ。喩(たと)え、それが地上で最大の大きさを誇る象であろうと例外ではない。
いや、水棲生物と云えども、深海に適応した特殊な種でなければ生存できない。それほどまでに、深海とは過酷な環境なのだ。水中深く潜れば潜るほど、襲いかかってくる凄まじい水圧が、外敵の侵入を阻
み、莫大な財宝と海の神秘その物を守っている。

「では、阿吽ともども、我が背にお乗り下さい。西国王、殺生丸様。竜宮へお連れします。」

本性に戻った劉亀の声が、破(わ)れ鐘のように殷殷と響く。
その声に従い、阿吽に騎乗したまま、殺生丸が大亀の背に乗る。劉亀が、ユックリと海底に向かい下降し始めた。
海亀特有の大きな足鰭で、淡い水色の海水を掻き分けるように進んで行く。
大亀が海中に消えると、二つに割れた海は、ピタリと吸い付くように塞がり、何事もなかったかのように、元の穏やかな表情を取り戻した。

一方、竜巻によって空中に巻き上げられた大量の海水は、どうなるのか? それは、水蒸気となって大気に取り込まれ、いずれ、雨となって下界に降り注ぐだろう。降り注ぐ雨は、大地を潤し、川となり、そして、再び、海に戻ってくる。
水の持つ特質、大循環である。
大亀の背に乗り、海中を降っていく殺生丸と邪見、そして阿吽。劉亀に従ってきた竜宮の家臣達は、大亀の周囲にピタリと寄り添って付いて来る。
それにしても、先程から全く息苦しさを感じない。何故だろう。周囲にはユラユラと海水が漂っていると云うのに。
邪見が、その事に疑問を感じ言葉を発した。

「どっ、どうして息が、苦しくならないのでしょうか、殺生丸様。」

「・・・劉亀が、我らの周囲に大気の膜の結界を張っている。そのおかげで息が出来るのだ。」

「さっ、左様でございますか。それで着物も濡れないのでございますな。それにしても、凄まじい眺めでございましたな。海が割れる光景など初めて目にしましたぞ。」

「・・・・」

殺生丸自身は、嘗て、あの光景を見た記憶がある。
劉亀が先の話でも触れたように、今を去る事、三百年の昔、まだ殺生丸が少年の域を出ない頃、亡き父、闘牙王に連れられて、この極海に遊びに来た事があるのだ。
その時も、やはり、今回と同じように竜宮への道を開ける為に、竜巻を起こし、海を二つに割った。
『天変地異』、天空と地上に起きる自然界の異変。
主に、地震、暴風雨の事を云うが、先程の超弩級の海割れも、そう呼ぶに相応しい。
あの現象ひとつ見るだけでも、和修吉竜王の持つ神通力の凄まじさが良く判る。
妖界の陸の王者が、西国王である殺生丸なら、海の王者は、この極海の支配者、和修吉竜王なのだ。
ゴオッ・・・水中での音の振動の伝達速度は非常に速い。
驚くべき事に、大気中よりも速く、伝達範囲も格段に広い。
陸上なら、到底、届くはずもない遠方にまで、その音波は確実に伝わる。
水棲生物は、その特性を大いに利用している。
竜宮の門前には大勢の家臣たちが整然と列を成し、今や遅しと西国王の到着を待ち構えていた。
水中から伝わってきた音の波動が、殺生丸と邪見主従の出現を、本人達より先に告げていたのだ。出迎えた家臣一同の丁重な挨拶を受け、竜宮の門をくぐった殺生丸と邪見。
阿吽は、人型に戻った劉亀から、世話を言い付かった舎人によって何処かへ連れて行かれた。


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