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『四方山話(よもやまばなし)=炉端談義=③』

「そっ、そうじゃったか、道理で。殺生丸様は、あの石像どもと、始めの内は、闘鬼神で闘っておられたのじゃ。しかし、何度、倒されても、彼奴らは、起き上がってきおっての。そうしたら、殺生丸様が、何を思われたのか、天生牙を抜かれたのじゃ。その途端に、あ奴ら、その場に跪(ひざまず)きおったのだ。それと同時に扉が開いてな。光が、眩しいくらい射し込んで来たが、別段、石には、ならんかったぞ。」

 
「それは、不思議ですな。扉から溢れる光を浴びても石にならず、その上、あの牛頭、馬頭が、跪くとは。一体、何があったのですか?」

 
「フフン、法師よ。聞いて驚け。石像どもが云うには、『その刀は、この世ならぬ者を斬る刀。我らは、斬られたも同然。』とな。つまり、殺生丸様が、持っていらっしゃる天生牙のおかげなのじゃ。だからこそ、儂らは、あの扉の向こうへ、行けたのじゃ。」

 
「何とっ!」「エエッ!」「そうだったのか!」「・・・」「「!」」

 
各人が、それぞれに、驚きの言葉を発する。

 
「天生牙って・・・やっぱり凄い刀なのね。」

 
かごめが、感心したように呟く。

 
「そうだね、かごめちゃん。」

 
珊瑚も同意する。

 
「おら達は、あの道を通ろうとして、あんなに苦労したのに。」

 
七宝が、当時の事を思い出して愚痴る。

 
「それは、仕方がありませんよ、七宝。それにしても、邪見殿、その道を、一体、誰から聞かれたのですか?」

 
弥勒が、七宝を慰めつつも、疑問に感じた事を、聞き出す。

 
「あの風使いの女、奈落の分身の神楽じゃ。」

 
「成る程、そうでしたか。私達も、火の国の道は、神楽に教えられたんですよ。と云うか、それも、多分、白童子の差し金でしょうが。」

 
「白童子?」

 
「そうか、邪見殿は、白童子に会った事が無いのでしたね。奴は、奈落の分身、白霊山での落とし子なのです。奈落を裏切ろうとして、結局、最後は、私の風穴に吸い込まれて死にましたが。」

 
弥勒が、数珠で封印した自分の右手を見やりながら、言葉を繋ぐ。

 
「神楽・・・か。あいつも助けてやれなかったな。」

 
犬夜叉が、以前の事を思い出して、ポツリと呟く。

 
「ンンッ、助けてやれなかったって。犬夜叉、あの女は、死んだのか?」

 
「ああ・・・奈落に殺された。」

 
「エエッ! 神楽、死んじゃったの。」「何とっ!」

 
りんが、それを聞いて、酷く驚いた表情を見せた。邪見も、吃驚している。

 
「・・・ウウム、そうじゃったか。あの女は、殺生丸様が、闘鬼神を手に入れられた時から、何かと儂らに絡んできおってな。ある時など、四魂の欠片と引き換えに、殺生丸様に、奈落を倒してくれなどと、とんでもない事を持ちかけてきおったのじゃ。尤も、殺生丸様は、四魂の欠片になど、何の関心もない御方じゃから、素気無く断られたがな。その意趣返しもあったんじゃろうな。りんを最初に攫(さら)ったのは神楽じゃった。それもこれも、奈落めが、殺生丸様を自分の城におびき寄せる為だったのじゃ。」

 
神楽を、多少は、哀れに感じたのか、邪見が、少し、しんみりした口調で、説明する。

 
「ちょっと! それって、あの奈落の城での事よね? 邪見。」

 
かごめが、それを聞いて、自分の記憶を確かめるように邪見に訊ねる。

 
「ン? そう云えば、あの時は、犬夜叉が、駆け付けてきおったな。オオッ!思い出したぞ。殺生丸様は、りんを助ける為に飛んでいかれたから、詳しい事情を知ろうとして、犬夜叉が、儂を、タコ殴りにしおったんじゃった。コラッ、犬夜叉、あの時は痛かったぞ!」

 
邪見が、当時の事を思い出して、犬夜叉に、怨み言を並べる。

 
「ケッ、おめえが、サッサと話さないからだよ。」

 
「邪見さまは、殺生丸さまに、良く殴られるけど、やっぱり、犬夜叉さまにも殴られるんだね。」

 
りんが、すかさず、絶妙な突っ込みを入れてきた。

 
「なっ、何を云うんじゃ! りん、もう、それ以上、喋るなっ!」

 
  邪見が、慌てて、りんに口止めしようとするが、時、既に遅し。
すっかり、皆の関心の的になってしまった。特に、かごめや七宝は、こういう話題に目が無い。
ニヤニヤと目が笑っている。

 
「ププッ・・・りんちゃん、邪見は、何時も、そんなに殺生丸に、お仕置きされてるの?」

 
かごめが、笑いを堪えながら、りんに、邪見の、お仕置きの度合いを尋ねる。

 
「うん、三日に一遍は、お仕置きされてるの。殺生丸さまのご機嫌が悪い時は、毎日、連続で。」

 
りんの答えを聞いて、かごめが、嘆息しながら、邪見に話し掛ける。

 
「ハア~~、良く辛抱してるわね、邪見。それとも、あんたって、もしかしてマゾ?」

 
「何じゃ、その、マゾとやらは?」

 
  戦国時代の住人に、現代用語を説明するのは難しい。
かごめなりに、解釈して話してみる。

 
「ウ~~ン、説明しづらいわね。エット、とにかく、どんなに虐められても、その相手が大好きって事よ。」

 
「だったら、邪見さまは、凄~くマゾだと思う。どんなに殺生丸様に殴られても、石をぶつけられたり、蹴飛ばされたり、踏んづけられたりしても、やっぱり殺生丸さまの事が大好きだから!」

 
「「「「「「・・・」」」」」」

 
シ――――ン、りんの言葉に、沈黙が、炉辺に広がった。

 
「なっ、何じゃ! その哀れむような目は?」

 
「・・・邪見、おめえも苦労してるんだな。」

 
長年、兄の冷酷な仕打ちに耐えてきた犬夜叉が、共感を込めて、ボソッと呟いた。

 
「うっ、煩いわい!」

 
「マアマア、皆さん、邪見殿は、稀に見る忠臣という事にしておきましょう。そんな仕打ちを受けても兄上に忠実なのですから。」

 
弥勒が、憤慨する邪見を宥めるように話を纏める。

 
「それにしても、随分、夜も更けてまいりましたな。かごめ様は、明日、ご自分の実家に戻られるそうですが、今回は、何日ほど掛かりますか?」

 
「ウ~~ン、何しろ、今回は受験が、迫ってるから。暫く、あっちに居る事になると思うの。」

 
「かごめも、アッチとコッチの往復で大変じゃな。アッチから戻って来る時は、また、おらの好きなお菓子を持って来てくれるか?」

 
  七宝が、期待を込めて、かごめを見る。
かごめが、アッチの世界から帰って来る度に、持って来てくれるお菓子が大好きな七宝であった。
特に『きゃんでー』なる甘い飴には、目が無い。

 
「勿論よ、七宝ちゃん。今度は、りんちゃんも居るから、一杯、お菓子、持って来るわね。」

 
「ワ~~~イ、また、あの『きゃんでー』が、食べられる。」

 
「チョッと待っててね。まだ、何か、残ってるかも。」

 
ゴソゴソと、かごめが、リュックを探る。中から布に包んだガラスの中瓶が出てきた。

 
「アラッ!、これ、何かしら? アア、そう云えば、消毒薬が切れてたから、ママが、その代わりに持って行くようにって持たしてくれたんだっけ。」

 
「何ですかな、かごめ様、そのギヤマンの瓶は?」

 
弥勒が、興味を引かれたのか、かごめに訊ねる。

 
「これはね、『ウオッカ』って云う外国のお酒。日本酒に比べるとアルコール度数が、かなり高いから、消毒効果が高いんだって。」

 
「オオッ!、般若湯(はんにゃとう)で御座いますな。」

 
  弥勒の目が輝いた。法師や僧侶は、職業柄、大っぴらに酒を飲むとは公言できない。
従って、『般若湯』なる隠語で表現するのである。弥勒は、かなりの酒好きなので、かごめは、アチラから戻る際には、必ず土産として何か持って来るようにしていた。

 
「ケッ! 生臭坊主が。」

 
  犬夜叉が、憎まれ口を叩く。
鼻が利きすぎるのと、かなりアルコールに弱いので、犬夜叉は酒を飲まない。
一度、薬老毒仙の処で、強制的に飲まされた事が有ったが、その後、二日酔いで酷い目に遭っている。それ以来、二度と酒は飲まないと堅く心に誓った犬夜叉であった。

 
「チッ、チッ、チッ、何を仰います。般若湯も飲めないような、お子様に、大人の楽しみを、とやかく言われたくありませんな。」

 
  弥勒が、大人の風格を見せて言い返す。
確かに、半妖である犬夜叉の方が、年齢的には、弥勒より上なのだが、実際の処、精神的には、犬夜叉よりも弥勒の方が、遥かに大人なのは確かだった。

 
「クスクス、そうね。薬老毒仙に、無理矢理、飲まされた時は、犬夜叉、大変だったもんね。これ、持って帰っても荷物になるだけだから、弥勒さま、全部、飲んじゃって。」

 
「宜しいのですか。かごめ様。これは、有り難い。では、皆様も、ご一緒に頂戴しましょう。」

 
  そう云って弥勒が、見回してみても、酒を飲みそうな面子は見当たらない。
かごめや珊瑚、りんや七宝は勿論の事、楓も、飲まないし、犬夜叉も除外。
そうなると、残るは、邪見のみであった。

 
「楓様、すみませんが、盃を二つ、用意して頂けませんか?」

 
「ああ、良いとも。少し待っておいでなされ。」

 
楓が、神棚から、お神酒(みき)用の素焼きの土器(かわらけ)を二つ持って来た。

 
「邪見殿、一献、如何ですかな?」

 
「わっ、儂か。そりゃ、飲めん事もないが。」

 
「では、ささっ、おひとつ、どうぞ。」

 
  楓が出してくれたお供え用の盃。それにトクトクと注がれる酒は無色無臭の液体。
なみなみと注がれた『ウオッカ』なる外つ国(とつくに)の酒をクンクンと嗅ぐ邪見。

 
「何じゃ、この酒は? まるで水のようではないか。何の匂いもせんぞ。」

 
弥勒も、邪見と同じように鼻を盃に近づけてみるが、やはり、匂いは無い。

 
「オヤ、そうですな。かごめ様が、お国から持って来て下さる酒は、こちらの酒と違って無色の物が多いのですが、大抵、匂いが有ります。しかし、この酒は、全く匂いがしませんな。」

 
「何だか、全然、酒らしくない酒じゃな。これでは、飲んでも、大して酔いもせんじゃろうて。」

 
  そう云って、一気に『ウオッカ』を呷(あお)った邪見。
飲み終わった次の瞬間、ボウッと火を吐いて、床に、ひっくり返った。

 
「キャッ!」「ウワッ!」「なっ、何?」「邪見さまっ!」「ヒエッ!」「!?」

 
  小さな盃に、ほんの一杯、飲んだだけなのに、邪見は、見るからにグデングデンに酔っ払っている。緑の顔色に赤味が注して、何ともかんとも形容し難い。
赤いのか緑なのか、もう判別不可能。弥勒の方は飲み終わったと同時に、ゲホゲホと激しく咽込んだ。酒には、相当、強い筈の弥勒だが、かなりの酔いが来ているらしい。フラフラと身体が揺れているではないか。

 
「だっ、大丈夫? 邪見、弥勒さま。」

 
「法師さま、大丈夫かい?」

 
かごめと珊瑚が、心配して訊ねる。
かごめ自身、『ウオッカ』が、かなり強い酒だと知ってはいたものの、どうも、この酔っ払い方は、尋常ではない。通常の『ウオッカ』のアルコール度数は、精々、40度くらい。日本酒やワインの15度程度に比べれば、確かに強いが、普通は、こんな風になる筈が無い。


★★★『四方山話=炉端談義=④』に続く★★★

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