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 小説第三十八作目『虹織り模様』(『白妙異聞』外伝)

トンカラリン、トンカラリン、パッタン、パッタン、トンカラリン・・・トンカラリン、トンカラリン、パッタン、パッタン、パッタンタン・・・
一定のリズムを保って繰り返される機音に混じる踊るような杼(ひ)の音。
滝のように流れる縦糸に交差する横糸の音。
シュッ、シュルル・・シュルルル・・・
単調になりがちな機音に強弱が付き、まるで、楽器の演奏を思わせる。
いや、実際、それは、名匠による演奏と云っても過言では無いだろう。
“白妙のお婆”という古今東西でも稀な機織り名人が、織機を通して織り出す世にも貴重な“虹織り”は、そのまま無数の糸の絡み合いから生まれる布の名曲に相違ない。
“白妙”の由来でもある白髪のざんばら髪を振り乱し、一心不乱に機を織る姿からは巫女のように神聖なオーラが放射され近付きがたい雰囲気が醸(かも)し出される。
事実、お婆は、機織りという所作を通して己が神と交信しているのかも知れない。
そうでなければ、どうして“虹織り”などと云う奇跡のような布を織り出せようか。
虹の煌めきと滑るような光沢、信じられない程に薄く軽い布、おまけに伸縮自在。
一度、仕立ててしまえば、持ち主の身体に合わせて自由自在に大きさを変える不思議な布。
その上、酷暑の夏には涼風の、極寒の冬には春風を纏いしが如き着心地の良さ。
更に驚かされるのは、その丈夫な事。
僅かでも力を加えれば、すぐにも破れてしまいそうな儚さ、脆さを漂わせながら、強力無双の男が力一杯、引っ張っても裂けるどころか、ビクともしない。
正しく世に比類なく貴重な布。
仮に、万が一、破損するような事が有ろうとも、布自体に籠められた妖力により自動修復するという勝物(すぐれもの)。
その評判は、西国一国に留まらず、広く妖怪世界各国に拡まり、注文は引きも切らず。
各国の王侯貴族、お大尽方が、千金万金を叩(はた)いてでも手に入れたいと願う極上の布。
されど“白妙のお婆”なる名匠は、飛び切りの技術を有する名人に相応しく、その気性も、又、超一級の難物であった。
一度、お婆の機嫌を損ねたが最後、どれ程の金銀財宝を積み上げようが、懇願しようが、二度と“虹織り”を織らせる事は叶わないとまで噂されている。
そんな“白妙のお婆”が、例外中の例外として、二度と注文を受ける気の無かった西国王、殺生丸の依頼を承諾した。
それも、今回の場合は、単なる注文ではない。
婚礼に使用する衣装なのだ。
西国王自身の婚儀、つまり、妖怪世界でも最大領土を誇る犬妖族の大国、西国の国を挙げての一大国家行事、その、とてつもなく重要な晴れの儀式に、王と王妃が着用する衣装を頼まれたのである。
職人として、これ程の栄誉が他にあろうか。
況して、西国王に、その矜持の高さ、他に比肩し得る者無しとまで評される、傲岸不遜な、あの若き大妖に、直々に頭を下げて頼まれたのである。
これが、発奮せずにいられようか。
自然、お婆の機を織る手付きにも熱が籠(こも)る。
いや、この場合、手と言うよりも脚だろうか。
“白妙のお婆”は、白蜘蛛の精なので、四対の手ならぬ脚を持っている。
その手を、いや、はたまた脚を、縦横無尽に動かして織り出すのは“職布の奇跡”とまで絶賛される“虹織り”。
今も窓から差し込む陽射しを受けて、織り上がった部分が、眩しい程の七色の光彩を放つ。
虹を縫い止めたかのような煌めき。
その華麗な光の競演に目を惹きつけられない者は、恐らくこの世に皆無と云って良いだろう。
数々の優れた品質を誇る“虹織り”であるが、その美しさだけでも充分に価値が高い。
軽快な機音は、周囲に心地よく響き、涼しげな水辺の音と調和して小組曲(セレナーデ)を奏でる。

トンカラリン、トンカラリン、パッタン、パッタン、パッタンタン、サラリサラサラ、シュルルル~~シュルシュル~~、トンカラリン、トンカラリン、パッタン、パッタン、パッタンタン、サラリサラサラ、シュルルル~~シュルシュル~~、トンカラ、トンカラ、トンカラリン、パタタン、パタタン、パッタンタン、サラリサラサラ、サラサラリ・・・・

「精が出るのう、白妙の。」

脇目も振らずに機を織る“白妙のお婆”に大胆にも声を掛ける者がいた。
極限にまで集中力を高めて機を織る“白妙のお婆”の邪魔をして許される者は、極々、少ない。
声の主は大きな一羽の白鷺である。
白鷺の中でも最も大きい大鷺(ダイサギ)と呼ばれる種族のようである。

「オウッ、源伍! 白鷺の源伍ではないか。久し振りだの、元気だったかえ?」

「まあな、お主の方は、この機音を聞く限り、達者だったようだな。」

「当然じゃ、そんな処で立ち話も何だ。ささっ、中へ入って来い。ちょいと一休みするから、茶でも飲みながら、世間話を聞かせておくれ。」

その言葉を聞くなり白鷺は、ポンとひょろ長い白髪頭の老爺に変化して、部屋の中に入ってきた。
白鷺の源伍、別名“白鷺のお爺”と呼び習わされる白鷺一族の長老である。
白鷺の名に相応しく、身に纏う衣装も白一色、本性のスラリとした姿態に良く似た手足の長い人型を取っている。

「フム、そうさせてもらうとするか。長旅から帰ってきたばかりなのでな。」

「大陸から戻ってきたのかえ。それは、ご苦労な事じゃ。さぞ、疲れたであろう。」

「何、毎年の事よ。今に始まった事ではないわ。それは、そうと、今回の注文は、相当に気合が入っておるようだな。ンッ? これはっ! 鸞(らん)と鳳(ほう)との組み合わせ。鸞鳳(らんぽう)ではないかっ! ・・・何と恐れ多い。この紋様を使用できるのは、最低でも貴族、または王族、皇族のみぞ。こんな紋様を注文してくるとは、一体、何処のどいつじゃっ!? もし、大富豪でも商人風情ならば、不敬にも程があるぞっ!」

「目敏いのう。流石に白鷺族の長老なだけはある。そう興奮するでないわ、源伍。ホレッ、覚えておらんかえ。以前、この婆を、無理矢理、脅して“比翼連理”の紋様を織らせた西国の化け犬を。 かの闘牙王の嫡男で、先頃、人間の娘と正式に婚約して、この妖界中の妖怪、全ての度肝を抜いた、西国の当代様、殺生丸殿よ。まあ、とにかく座れ。今、茶でも淹(い)れて進ぜようぞ。」

“白妙のお婆”に促されるままに、“白鷺のお爺”こと白鷺の源伍が、粗末な小屋にしては豪華な長椅子に長軀(ちょうく)を折るようにして座った。
ぱっと見は、樵(きこり)が使用する杣小屋(そまごや)のように粗末な外見の“白妙のお婆”の工房兼住居。
しかし、その実、室内に入って、善く善く目を凝らして見れば、室内に置いてある家具や、その他の調度一式、その、どれ一つ取っても、目利きの好事家ならば、目の色を変えるような超一級の品々ばかりである。

「西国の当代様・・・・お主が、二度と注文を受けぬと息巻いておった、あの、若殿か。」

「フォッ、フォッ、そうそう。在る日、いきなり現れて、此方が承諾するもしないも聞かない内に刀を突きつけて『今から云う注文を期日までに仕上げろ。さもなくば、殺す。』と脅かしおった輩よ。あんな無礼千万な真似をする奴の注文を聞いてやる積もりは、全く、無かったのだがな。闘牙王の息子とあっては、無碍8むげ)にも出来ん。何と言っても、あの御方には、恩が有るでのう。」

「フム、闘牙王の“天下無用”の御赦免状か。」

「この“白妙のお婆”が“虹織り”の作者として妖界に名を馳せる事が出来たのも、全て、あの御方、闘牙王の御力添えが有ったればこそ。その大恩ある御方の息子の頼みと有らば、聞かぬ訳にもいくまいが。そう思えばこそ、他の注文を差し置いて必死に仕上げてやった物を、あ奴め!礼の一言も云わずに、謝礼だけ置いてサッサと姿を消しおったのじゃ。あの仕打ちには、心底、腹が煮えたぎったわえ。金輪際、彼奴の注文を受けんと、わしが思うても不思議は無かろう。」

「それが、何故、此度の注文を受けたのだ?」

「フフッ、あの高慢ちきな若殿様が、ワザワザ、この工房に脚を運んで、頭を下げたのよ。西国の当代様が、この“白妙のお婆”に直々にな。ホレ、まずは、一杯、飲んで喉を潤すが良いわ。」

優雅な白磁の器に、お婆が、トクトクと大ぶりの瓢箪から中身を注いで、白鷺の源伍に手渡した。

「ウムッ、忝(かたじけな)い。ンンッ! 白妙の、これは、茶ではない。酒ではないかっ!」

「ホッホッホッ、固い事を申すな、源伍。お茶けよ。お・茶・け!その方が、お前には、嬉しかろうが。それが嫌なら、本物の茶を出してやるぞえ。」

「ウムムッ、まあ、良い。出された物を残しては罰が当たるでのう。我慢して飲んでやるわい。」

そう云いながら、白磁の器に注がれた“お茶け”を、如何にも旨そうに、グビリグビリと飲み干す“白鷺のお爺”であった。

「ハッ! 相変わらず減らず口を叩きおる。源伍よ。素直に『旨い』と云うたら、どうだえ?」

「ウグッ、とっ、とにかく、話を元に戻そう。成る程、そこまで、されては、引き受けねばならんだろうな。では、あれが、来春の予定と巷で喧(かまびす)しく噂されている西国王の婚儀の為の衣装か。」

“白鷺のお爺”は、長い首を、織りかけの“虹織り”がかかる機の方に、ヒョイとしゃくるように向けながら、“白妙のお婆”に問い掛けた。
同時に、空になった器を差し出して、さりげなく“お茶け”のお代わりを所望する。
それにタップリと瓢箪の酒を注いでやりつつ、お婆が応える。

「フム、流石に白鷺一族の長老。鳥族でも高位なだけに情報が早いな。お察しの通りじゃ。源伍。以前、あの若殿様に頼まれ、仕上げた紋様が“比翼連理”。かの有名な大唐帝国の玄宗皇帝と、その愛妾、楊貴妃との熱愛を謳った物じゃ。今回の紋様も、王侯貴族の祝言に付き物の“鳳凰(ほうおう)”にしようかとも思うたがの、それでは、余りに芸が無さ過ぎる。それ故に“鸞鳳(らんぽう)”の紋様じゃわえ。」

「確かに“鳳凰”では、如何にも在り来たり過ぎるな。何しろ、前回の紋様が、あの“比翼連理”ではな。」

「その“比翼連理”にしても、此方が考えた訳ではない。あの若殿様の指示じゃからの。あの化け犬、若いに似合わず相当の教養の持ち主じゃ。今回の婚礼衣装を全面的にわしが請け負った以上、そんな王侯貴族の城であれば、頻繁に、お目に掛かれるような紋様を使ったのでは、余りにも捻りが無さ過ぎるわえ。それでは、音に聞こえし、この“白妙のお婆”の名が泣くと云う物じゃ。それで、大急ぎで、書庫に眠っていた故事来歴の書物を、引っ張り出して来てな。色々と調べ上げた結果、出てきたのが、この“鸞鳳(らんぽう)”の紋様と云う訳じゃ。フン、どうだえ、源伍、この紋様ならば、誰も文句の付け様が有るまい。」

「良く考えたのう、“鸞鳳(らんぽう)”か。この組み合わせは、古来から、夫婦の契りの深さを表すと伝わる。それに知っておるか? 白妙の。 鸞(らん)とは、鳳凰の中でも、特に華麗な鳳凰の事でな、口に鈴を咥えている形が最も高貴な姿だそうだ。それから、天子の御車に付ける鈴は、鸞鈴(らんりん)と呼ばれておっての。何でも、チラリと小耳に挟んだ話では、西国王と婚約した人間の娘。確か“りん”とか云う名前だった筈だぞ。鈴は、『りん』とも読める。即ち、お主は、巧まずして、最良の紋様を選んだと言う訳だな。」

「エッ! そっ、そうだったのかえ!? そこまでは、知らなんだわえ。流石だな、源伍。“白鷺のお爺”の通り名は伊達では無いのう。博識で有名なだけの事は有るわ。」

「それにしても、何時もながら見事な物だな。お主の織る“虹織り”は。これなら、天上の神々のお召し物に使用されたとしても些かも可笑しくない。」

「フフン、お前に褒められると、満更、悪い気は、せんのう、源伍。」

「この“鸞鳳(らんぽう)”の衣装も、さぞかし評判になるだろうて。以前、重陽の節句に西国王と人間の養い仔が纏った、あの“比翼連理”のようにな。」

「“比翼連理”か。前回、あの紋様を織り上げてやったのは、何も、あの若殿に脅迫されたからだけではないぞえ。あ奴が、犲牙(さいが)の奴めが、絡んでいると、お前に聞いたせいもあったのじゃ。」

「犲牙(さいが)か。彼奴のせいで、お主は、危うく“虹織り”を織れなくなる処であったな。」

「ああ、それを救って下さったのが、闘牙王じゃ。ほんに、あの御方は、素晴らしい御方じゃった。この“白妙のお婆”こと、白蜘蛛の妙、返しても返しきれぬ御恩が、あるわえ。」

「その闘牙王の息子が、犲牙(さいが)の鼻を明かす為に、お主の“虹織り”を所望するとはな。つくづく因縁を感じるのう。」

「彼奴の、犲牙めの、鼻っ柱を圧(へ)し折る為とあらば、この“白妙のお婆”、例え頼まれずとも全力を尽くすわえ。犲牙なんぞに西国を良い様に引き回されて溜まるものかっ! あ奴め、自分の娘を当代様と結び付けて、この西国の実権を握ろうと画策しておったそうじゃからの。強欲な処は昔とちっとも変わらん。実に忌々しい輩じゃわえ。」

「ウム・・・何でも重陽の節句に託(かこつ)けて、宴を催し、西国王を自分の屋敷に招き寄せ、強引に、周囲の者達に、当代様と己が娘との婚約を印象付けようとしていたらしい。」

「ヒャッヒャッ・・・さぞかし見物だったじゃろうのう。当代様と人間の養い仔が召したお揃いの“虹織り”の衣装。況して、織り出されているのが“比翼連理”とあってはの。如何に我田引水な犲牙と云えど、グウの音も出なかったろうよ。」

白髪のざんばら髪をユラユラと揺らし、ケラケラと愉快そうに“白妙のお婆”が笑いこける。

「“比翼連理”か。漢詩を僅かでも齧(かじ)った事が有る者ならば、誰一人として知らぬ者は居らぬ男女相愛の故事。かの有名な大唐の詩人、白楽天が詠(うた)いし『長恨歌』から取った、余りにも有名な主題であったな。それ程、有名でありながら、図案化された事は、未だ嘗(かつ)て無かった筈だぞ。・・・それに目を付けるとは。逢った事は無いが、西国の当代様、殺生丸殿、先代の闘牙王とは、全く印象が違うようだが、怖ろしい程の切れ者だな。その紋様を使用する事によって、“恫喝と警告”を同時に為(な)さしめたのだから。」

「それは、どういう意味じゃえ? 源伍。」

「考えてもみろ、白妙の。先の重陽の節句の宴には、犲牙だけではない。多かれ少なかれ、犲牙と似たような事を考えて、自分の娘を連れて乗り込んできた野心家の親共で犇(ひしめ)いていた筈なのだぞ。当代様は、二百年ぶりに西国に帰還されたばかり。国主の座に就かれたばかりの若殿に、己が娘を引き合わせて体良く篭絡し、旨い汁を吸おうと考える古狸どもが、そりゃ、掃いて捨てる程にウヨウヨしておっただろうさ。そうした奴らに、お主の“虹織り”の“比翼連理”の紋様を見せ付ける事で、あわよくば、外戚に伸(の)し上がらんとする目論見を完膚なきまでに叩き潰した。おまけに、己が養い仔に手を出さんとする不埒な奴には、一切、容赦せぬという決意までも強烈に体現させたのだからな。更に付け加えると、当代様は、犲牙の娘からは、頑として盃を受けなんだそうだぞ。詰まる所、古狸どもの思う壷には断じて嵌らん、傀儡(かいらい)には決してならん、との国主としての強固な意思を、犲牙を始めとする満座の者に示して見せた事になる。全く見事な劇的効果よ。其処まで計算し尽くして、かの紋様を使ったのであれば、正しく触れなば切れん、ばかりの傑物だな。剃刀(かみそり)の如く、頭が切れる“御仁”と云って良かろう。あの一件で、それまで西国の若き君主を、甘く見ていた内外の者達は、否が応でも、考えを変えざるを得なくなっただろうて。大した政治的手腕の持ち主であろうが。」

「フム、確かに、お前の云う通りだな、源伍。」

「その後、自らが開いた宴で、面目を丸潰れにされた犲牙は、その意趣返しも兼ねてであろうが、当代様が寵愛する人間の養い仔を敵襲に見せ掛けて抹殺せんと画策してな。西国の艮(うしとら)の方角に位置する万古山脈一帯を根城にする妖猿一族と手を結び、西国城を襲撃させたそうだ。しかし、又しても、西国王自身の獅子奮迅の働きにより、妖猿一族の長である猩々(しょうじょう)は討ち死に、手下共も、皆、捕らえられ、残らず仕置きに掛けられたらしいぞ。勿論、襲撃を手引きした犲牙も、蟄居(ちっきょ、閉門の憂き目に遭ったと聞く。いやいや、それどころか、実際には、あ奴、直接、当代様自身の手に掛かって・・・素っ首、刎(は)ねられたらしいぞ。だが、命を狙われた当の人間、養い仔の、たっての懇願のおかげで、当代様が所有する希代の名刀“癒しの刀”天生牙により命を繋いだらしい。更に、凄いのは、妖猿族の襲撃で、無惨にも殺された西国城の家臣達、その全員が、天生牙のおかげで、冥府から呼び戻されたという事だ。これだけの事情から判断するに、西国の当代様、年は若いが、大した尤物(ゆうぶつ)だと云えるな。」

「フゥム・・・そうであったか。まあ、犲牙には相応しい末路よ。あ奴の今迄の悪行からすれば、命が有るだけでも有り難いと思うべきであろう。それにしても、あの、尊大無比、傲慢無礼の見本のような若殿様の気を変えさせるとは・・・・驚くべき存在じゃの。何と云うたかの、その、来春、当代様と婚儀を挙げる、人間の養い仔。」

「“りん”様だ。さっき聞いたばかりの癖に、もう忘れたのか。それにしても、妙よ。お主、注文を受けておきながら、当代様と祝言を挙げる相手の名前まで覚えておらんのか? いくら、世間に疎(うと)いと云っても、ちと限度が過ぎるぞ。」

「フン! その分、お前が、何かに付けて、やって来ては、ああだ、こうだと、益体(やくたい)も無い世間話を、この婆の耳に、散々、吹き込んでくれるからの。別に、不自由は、しとらんわ。“白鷺のお爺”こと、お節介焼き源伍よ。」

「まあ、良い。それでな、犲牙自身は、蟄居、閉門で身動きが取れなくなったのだが、親が親なら子も子でな。彼奴の長男が、雷牙と云うて、こ奴が、またまた、碌でもない事を企ておったのよ。事もあろうに、自分と愛人の間に出来た子を、当代様の“御落胤(ごらくいん)”と偽ってな、緋桜の宴に乗り込ませたのだ。西国では、上を下への大騒ぎだったそうだぞ。結局、その謀(はかりごと)は、事の真相を逸早く見破った当代様の御生母“狗姫の御方”のお陰で事無きを得たのだがな。それ以来、西国では、その御落胤事件の事を『桜騒動』と呼んでおるらしい。全く、呆れる程、諦めの悪い血筋だな、犲牙の一族は。何処までも悪足掻きしおる。さてさて、話を、もう一度、元に戻すと致そう。その当代様の養い仔なる“りん様”は、数年前に、かの君の母君、あの“狗姫の御方”の養女に迎えられ、今や、押しも押されぬ正式な身分の姫君だ。それにしても、実に摩訶不思議な存在だのう。父君の件で格別の人間嫌いであった筈の当代様に、斯くも深く寵愛され、その上、絶世の美女ながら男顔負けの豪胆さで知られる“狗姫の御方”にまで気に入られるとは。唯の人間とは、到底、思えんぞ。先代様、闘牙王も、人間の貴族の姫を愛妾にされたが、当代様は、それ以上よ。西国の“正妃”に迎えようとされておるのだからな。何とも“超”破格の扱いだのう。此度の婚儀によって当代様の“りん様”に対するご寵愛が、どれ程、深く熱いか、世間の皆にも、重々、知れ渡ろうと云う物だて。」

「ホォ~~それは、それは。お主の話を聞いて、改めて、当代様、殺生丸殿の事を、見直したわえ。そのような話を聞かされては、益々、かの君の婚礼衣装を織る手にも熱が籠ろうと云う物じゃわ。見ておれよ、源伍。この“白妙のお婆”こと白蜘蛛の妙が、渾身の力を込めて織り上げる一世一代の“虹織り”、我が傑作中の傑作、七色の瑞雲の中を舞い飛ぶ“鸞鵬(らんぽう)”が姿を。」

その言葉通りに、晴れの日に西国王と王妃が纏った“虹織り”の“鸞鵬(らんぽう)”の婚礼衣装は、前例が無い程の素晴らしい出来栄えで、妖怪世界全土に『空前絶後』の評判を鳴り響かせた。
その“鸞鵬(らんぽう)”の婚礼衣装は、西国城の宝物庫の奥深く『至宝中の至宝』として、それはそれは大切に今も保管されている。                   了


《第三十八作目『虹織り模様』(『白妙異聞』外伝)についてのコメント》
当初の予定より遅れて、何故か「敬老の日」の公開となりました。
しかし、よくよく考えてみると、これ程「敬老の日」に相応しい作品も無いだろうと思い至りました。
何しろ、登場人物が、御老人二名、“虹織り”の作者“白妙のお婆”こと白蜘蛛の妙と、博識で名高い“白鷺のお爺”の源伍と来てますから。
「まるで『敬老の日』に合わせたようなキャスト(配役)ではないか!」と自分で自分に【突っ込み】を入れたくなりました。
この作品は『重陽』『妖雲』『桜騒動』に関連しております。
上記の作品を読んでから、この作品を読まれると、一層、判りやすいかも知れません。

                                   2007.9/17.(月)★★猫目石

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