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長い長い時、二百年もの間、その刀は、微動だにしなかった。
主の腰に在るだけで、運命の時を待ち侘びつつ、唯、存在するのみだった。
天の雫が地に落ちて実を結ぶ日を静かに待っていた。
運命の輪が、緩やかに回転し始める、その日、その時を。
冥道残月破を譲り渡した以上、もう、この場に用は無い。
犬夜叉や刀々斎を振り返りもせずに殺生丸が足早に立ち去っていく。
その殺生丸を、りんが、琥珀が、邪見が、阿吽が、追いかけて行く。
一歩一歩、犬夜叉から、鉄砕牙から、遠ざかる毎に断ち切られていく冥道残月破への未練。
気が付けば、もう、陽は、傾きかけている。影が長い。
歩き続けて、既に一刻(=約2時間)にもなろうか。
後に続く者達の息が上がり始めているようだ。りんの足取りが乱れ始めている。
必死に追い縋ってきたのだろう。息遣いが乱れて荒い。
ハッ・・ハッ・・ハア・・ハア・・ハッ・・ハア・・ハッ ドタッ!
りんの足が、もつれて転んだようだ。
「キャッ!」
「りん!」
「りんっ!」
琥珀と邪見が、代わる代わる、りんの名前を呼ぶ。
琥珀が、りんに走り寄って助け起こそうとするのを遮る様に、殺生丸が、フワリと一歩で距離を詰め、隻腕で、りんを抱き起こす。
りんが、転んでもシッカリとその小さな手に握り締めて離さなかったのは・・・天生牙。
それを、りんが、私に差し出す。以前と同じ斬れない刀、“なまくら刀”、こんな刀を持ち歩いて、一体、何の役に立つと云うのだ。
「・・・このような刀、打ち捨ててくれば良い物を。」
「だって、天生牙は、殺生丸さまの刀だよ。」
「・・・敵を倒す事も出来ない“なまくら刀”だ。」
「そんな事言わないで! 天生牙は、“なまくら”なんかじゃない! 凄い刀だよっ! だって、だって、りんは、天生牙で殺生丸さまに助けてもらったんだからっ!」
りんの言葉にハッとした。そうだった・・・確かに。
天生牙は、りんと私を結び付けた刀。
思い返してみれば、天生牙は、常に“癒しの刀”であり、決して“破壊の刀”では無かった。
りんの命を此の世に呼び戻す為に初めて振るった時も、あの世への入り口での牛頭と馬頭との闘いにおいても、川獺の父親の命を救った時も、全てが“癒しの力”故に為せる業。
そして、風の傷から私を護り、魍魎丸との闘いでは、この世で最も硬い金剛石の槍、金剛槍破からさえも私を護り抜いてくれた。
天生牙、お前は、冥道残月破を手放したかったのか。
“癒しの力”と“破壊の力”は、本来、相容れぬ物。
況して、相手の骸さえ残さず冥界に送り込み、そのまま死に至らしめる殺戮の技。
非情極まりない必殺にして滅却の技。
だからこそ、父上は、母を通して、あのような言葉を残されたのかもしれない。
「慈悲の心を持って敵を葬らねばならぬ」・・・・ククッ、到底、私には無理だな。
そんな馬鹿げた真似が出来るのは、不本意ではあるが、やはり、犬夜叉しか居るまい。
そう思い到った時、初めて、殺生丸は、りんが差し出す天生牙を受け取り鞘に収めた。
あるがままの“癒しの刀”として。
パチリ・・・鍔鳴が、主の腰に戻った事を喜んでいるかのように心地良く鳴いた。
それを見て、りんが、心底、嬉しそうに笑った。
私を導く者、それは、天生牙でも、亡き父上でも無く、りん、お前なのかも知れない。
凡百の小賢しげな学究の徒が、偉そうに、ほざく世迷い言などよりも、りん、何も知らぬ、お前の無垢な魂が発する真知こそが、正しいのだろう。
私は、今も忘れない。
冥界に置き去りにされた、お前の魂が発した輝かしい光を。強く美しい輝きだった。