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第二十六作目『冬うらら』


冬ながら風も無く穏やかな日和の冬晴れの日、西国城の中庭を望む縁側に妙な凸凹の一対が座りノンビリと茶を啜っている。
片や、この広大な西国城の奥向き一切を取り仕切っている女官長の相模、もう一方は、西国城主、殺生丸の“壱の従者”を自認する邪見。
人型の女妖としては、かなりスッキリと見目麗しい長身の相模に比べ、緑色の小妖怪、邪見は見るからに狭小矮躯(きょうしょうわいく)可笑しな取り合わせである。
正月も松の内を過ぎ、ありふれた日常の生活が戻ってきた。
年末年始の慌しい日々の中、城内で催された数々の宴を無事、恙無(つつがな)く?終えた二人は、この麗(うらら)かな冬の日差しに当たりつつ、束の間の静けさを楽しんでいた。

 
「・・・・邪見様」


「何ですかな、相模殿」

 
「実は・・・元旦に、殺生丸様とりん様が、母君の城に赴(おもむ)かれた際のご様子についてお尋ねしたくて、
お茶に付き合って頂きまし。」


「成る程・・・で、何が、お聞きになりたいので?」


「はい、りん様は、この度、殺生丸様の母君の“養女”になられたました。その為、私は、あのまま、りん様が、
御母堂様の城に引き取られるのかもしれない、と内心、思っておりましたが、実際には、殺生丸様と共にご帰還遊ばしました。何があったのか、詳しく教えて下さいませ」


「ははぁ、その事で御座いますか。」


あの元旦早々の騒々しい出来事は、未だ城内の、イヤ、城下の、イヤイヤ、それどころか西国領内の者共の意識に鮮明に残っている。
何しろ、西国王と王母が犬妖としての本性を露わにしての飛行など滅多に拝める代物ではない。
二頭の巨大な白銀の化け犬が年が明けたばかりの天空を駆け抜けていく、その勇壮にして華麗な姿。
その雄姿に誰もが目を奪われ暫し見惚れずにはいられなかった程である。
邪見自身、りんと共に阿吽に乗り超至近距離で、その迫力満点の御姿を拝ませて貰っていた。
と言うか、りんを巡って争奪戦を始めた母子に両側を護衛されるような形であったのだが。
当の本人のりんは、ともかく、小心者の邪見は内心、冷や汗を掻く思いで双頭竜の阿吽に跨っていたのである。
何しろ、御主人の殺生丸様と、その御母堂様である。
どちらを応援して良いものやら・・・。
おまけに、どうも、この母子は、お世辞にも仲が良さそうだとは言えないらしく殺生丸様、露骨に母君への反感を隠そうとはしない。
御母堂様は御母堂さまで、そんな御子息の態度を意にも介されず泰然自若としておられるし、いやはや、良く判らない親子関係である。
それにしても見た目はソックリの瓜二つであらせられる。
殺生丸様は、母親似であったのだな。
巨大な二頭の化け犬に両側を護られ阿吽に乗って空を往く事、一時(いっとき=現在の時間にして大体2時間)、武蔵の国の上空に構えた母君の天空の城が見えてきた。
以前、冥道残月破の修行の為に訪れた城、何でも、母君の御実家であらせられるそうな。
殺生丸様の父君が身罷られた後は御母堂様は、この御自分の城に戻られたのであった。
壮大な西国城に優るとも劣らぬ母君の天空の城。
二度目とは云え、その規模には驚かされる。
西国城とは違い外国(とつくに)の影響を受けているのだろうか、何処となく大陸風の建物である。
西国城は、殺生丸様の父君が建てさせた城である為に如何にも和風の様式であるが、この城は大和(やまと)の国が今よりも大陸に強く影響を受けていた頃に建てられたらしい。
城を護る衛士(えじ)達の装いも随分と異国風である。
御母堂様の城に着いて、まず受けたのが、お付きの女官連中の出迎えであった。
予(あらかじ)め云い付けてあったのだろうか、即座に城の中の一室に通され、歓迎の持て成しを受けた。
それは、もう、素晴らしい御馳走を山ほど出して頂いた。
西国城では、まだ目にした事も無い珍しい南蛮の菓子類も高坏(たかつき)に溢れんばかりに用意されていた。
りんが、その美味なる事に驚いた“金平糖”とか云う南蛮砂糖菓子から“ボーロ”なんて訳の判らん珍妙な名前の菓子類を含めて、アレやコレやと多種多様な果物も大皿に山盛りに盛られておった。
その上、りんの大好物の干し柿までもが、これでもか!という程に積み上げられておった。
その豪華な美味珍味の大盤振る舞い、この儂とて呆気(あっけ)に取られた物であった。
御母堂様は、どうもケチケチした事は、お嫌いな御気性のようである。
りんや儂が、用意して下さった御馳走を有り難く頂戴している間も、殺生丸様の御機嫌は相変わらずで・・・。
仏頂面のまま、やたらと酒ばかり聞こし召しておられた。
おかげで儂は滅多にありつけないような美酒を御相伴させて頂いてたのに禄に酔う事も出来なんだわ。
いや、寧ろ、途中からは、自棄糞(やけくそ)になって悪酔いしてしもうた。
だから、お持て成しの記憶が、プッツリと或る時点から途切れているのじゃ。
気が付いた時、儂は、何故か・・・ボッコボコにタコ殴りされたらしく、頭に特大のタンコブを幾つも・・・こさえておった。
判らん! 一体、何が、あったと言うのじゃ??? 
儂・・・何ぞ仕出かしたんじゃろうか??? 
りんに訊いてみても誰に勧められたのか(?)酒に酔っ払って、その時の記憶が、全然、無いと云うし。
まさか・・・お仕置きされた当の御本人の殺生丸様に訊く訳にもいかないし・・・。
アァ~~~思い出せん! 何が、どうして、どうなったのじゃ? 
だから、相模殿に今回の母君の城を御訪問の顛末(てんまつ)を訊かれても、儂・・・答えようが無いのよ。目が覚めた途端(実際は、巨大な水盤に放り込まれた!)、西国に即刻、帰還するとの命令を下され、そのまま阿吽に乗って戻ってきたんじゃが、りんは、殺生丸様の懐に抱き込まれたまま、眠っておったらしい。
ピクリとも動かなんだ。
御母堂様を始めとして女官連中が、ズラッと並んで見送って下さったんじゃが、殺生丸様は以前の時と同じく礼の言葉一つ述べようとはされなくて、前回と同じく儂が丁重に、御礼の言葉を無愛想な主の代わりに申し上げておいた。(こういう処が、下僕としての儂の真骨頂だよな! オホン!)
いずれ、その内、りんに会いに行くと仰る御母堂様に対し、殺生丸様と来たら即座に一言「来なくてい!」。仮にも、御生母様ともあろう御方に、そのような物言いは幾ら何でも・・・身も蓋も無い仰り様だと思う。
とは云え、そっけない返答を返されても当の御母堂様が一向に堪えておられないのも、又、確かで。
それどころか、寧ろ、この上なく楽しい玩具(おもちゃ)を見つけて面白がっておられるような表情が絶世の美貌と讃えられる御尊顔に浮かんでいるではないか。
何だか・・・この先、儂、この親子関係に巻き込まれて、しょっちゅう慌てふためく羽目になるような気がチラッ・・・と。
殺生丸様は、きっと今日のように不機嫌丸出しの態度を取られるだろうし・・・。
ハア、今から考えるだけで頭が痛くなるような先行きが予想されるわい。
それにしても肝心のりんは、一体、あの時、どういった経緯(いきさつ)で酒に酔ったりしたんじゃろう??? 邪見が相模に何と答えようかと必死に頭の中で思考を巡らせていた、その時、長い廊下をパタパタと軽やかな足音の主が近付いてきた。

 
「邪見さまっ! 相模さまっ! こんな処にいたの」
 

 
朱色の地に白い兎が踊る可愛らしい模様の打ち掛けを少し引きずりながら嬉しそうに、りんが駆けてきた。
艶やかな黒髪を一房チョコンと結わえた錦の組紐に付けられた金の鈴が、チリン、チリ――ンと、りんが身動
きする度に澄んだ音色を周囲に響かせる。

 
「まあ、りん様、そのように走られては、なりませぬ。何時かのように転んでしまいますよ」

 
「はぁい、相模さま」

 
 
「りん、琴の稽古は、済んだのか?」


「うん、だから、邪見さま達を捜してたんだよ」

 
「それでは、ささっ、りん様、此方にお座り下さい。今日は、冬にしては珍しい位に麗(うらら)かな陽気なので、
こうして縁側で猫のように日向ぼっこをしておりましたのよ」

 
 
相模が、りんの為に座布団と茶の用意をして座るように勧める。

 
「はぁい、本当にポカポカ暖かい日差しだよね。冬じゃないみたい」

 
 
「このような真冬の陽気を“冬麗(ふゆうらら)”と申します。初冬の頃の暖かな日は“小春日和(こはるびよ
り)”どちらも厳しい冬には滅多にない穏やかな晴天の日の事でございますよ」

 
「ふぅ~~ん、そう云えば、春みたいだよね、風も無くて」

 
「明日になれば、又、木枯らしが吹き荒れ、雪になるやもしれません。だからこそ、こんな日は、思う存分、お
日様の温もりを楽しんでおきましょう。りん様、お茶をどうぞ、大好物の干し柿もございますよ」

 
「えっ! 干し柿もあるの、嬉しいっ!! りん、干し柿、大好き!」

 
「こらこらっ! お前は、御母堂様のお城で嫌と言う程、飲み食いしてきただろうがっ!」


 
「だって、あの時は、ご馳走になってる最中に、邪見さまが、ベロンベロンに酔っ払って、殺生丸様に絡み出し
た上に、お酒を引ったくって、りんに『お前も飲めっ』って、行き成り、顔にぶちまけられたんだもん」

 
「な・・・何!? じゃ、何か、お前が酔っ払ったのは、儂の仕業なのかっ!?!?!」

 
「うん、だから、りん、物凄ぉ~~~く強いお酒のせいで気分が悪くなっちゃって、そのまま気を失っちゃったん
だよ。気が付いたら、西国のお城に戻ってた」

 
「だ、だが・・・西国に戻ってから、お前に、その時の事を訊いても、何も覚えておらぬと云ったではないか
っ!」

 
「あの時は、まだ、お酒が利いてて頭がボンヤリしてたんだもん。最近になって思い出したの」

 
「まあ!・・・・それで、戻ってらした時、邪見様が、アチコチ瘤(こぶ)だらけだった訳ですね。酔っ払って殺生丸
様に絡んだだけでなく、りん様を酔わせて、キツイお仕置きをされた、と。一体、何事が、あったのか?と不思
議に思っておりましたのよ。りん様は、お酒の匂いをプンプンさせて泥酔されてるし、殺生丸様は、母君の城に
向かわれる前以上に御機嫌斜めでいらっしゃるわで、訳が判らなくて。木賊(とくさ)殿や藍生(あいおい)殿と
一緒に顔を見合わせて首を捻っておりましたが、これで漸(ようや)く納得出来ました」

 
  ハウゥ~~~~~!
そ、それじゃ御母堂様の城で儂は・・・とんでもない醜態を曝したのかっ!
と、と、と、待てよ・・・殺生丸様に絡んだって。
一体、どんな風に、何を喋ったんじゃろう?

 
「り・・りん・・わ・・儂・・・殺生丸様に・・ど・・どんな事を申し上げたんじゃ?」

 
考えただけでも恐れ多くて・・・思わず頭を抱え込んだ邪見であったが、怖い物見たさと言うか好奇心から
か、つい、りんに尋ねてしまった。

 
「え~~~とね、最初は、おっ・・お母さまに訊かれて色々とこれまでの旅の間の苦労について喋ってたの。殺
生丸さまが、何か気に入らないと、すぐにお仕置きされた事とか・・・ん~~と、足蹴りに水責め・・しょっちゅう
殴られたり、石をぶつけられるって云ってたの。その内にオイオイ泣き始めてね、こんなに身を粉にして百年
以上お仕えしてきたのに、殺生丸さまは、いつもいっつも儂に冷たいっ!て喚き出し て・・ガバガバお酒を飲
み出したの。そしたら、段々、邪見さまの顔色が、いつもの緑色じゃなくて真っ赤になって、急にゲラゲラ笑い
出したの。それでね、殺生丸さまが、盃(さかずき)に注ごうとしてた御酒をひったくって『りん、お前も飲め!』
って、りんの顔にぶちまけたの。その後は、目が回ってクラクラして、何が、どうなったのか覚えてない」

 
  ガア~~~~~~ン! ガン! ガン! ガガァ~~~~~~~~ン!!! 
なっ、何と云う事じゃ。酔って醜態をさらしただけでなく、選(よ)りにも選(よ)って殺生丸様に絡んだ上に、りんを酔わせたとはっ!!! 
そっ・・それで・・・あんなにボッコボコに殴られたのか。
想像しただけで冷や汗どころか生きた心地がせんような状況ではないか。
あの・・・主に、そんな事を仕出かして、よくもまあ、殺されずに済んだ物じゃ。
もし・・素面(しらふ)だったら間違いなく死んでおるな。
酒に酔ったが故の無礼だからこそタコ殴りの半殺し程度で許された訳だな。
それに御母堂様の城に居たおかげもあろう。
尤も、儂に酒を勧められたのは、その御母堂様であったのだが。
りんは旅の間の色々な苦労と云っておったが・・・。
他には、もう変な事を口走ってはおらんじゃろうな、儂。

 
「り、りん・・・旅の間の色々な苦労って・・・儂が喋った他の事は、覚えておらんか?」

 
「う~~~ん、あっ! そう、そう、殺生丸さまが、犬夜叉に鉄砕牙で左腕を斬られたせいで、代わりの腕を捜し
回った事を云ってたよ。おっ・・お母さまが、『ホォ~~それは、それは』って、その先を訊こうとしたら、殺生丸
様に『邪見、黙れ!』って睨まれたの。それから、急に泣き出したんだ。『殺生丸様は、いつも! いっつも!!
儂に 冷たいっ!!!』って喚き出してね。それから後は、さっき話した通りだよ。あぁ~~とっても甘くて美味
しいっ! この干し柿!」

 
  相模に貰った干し柿の甘さをジックリと味わいながら、りんが、邪見の顔色を、益々、青くさせるような事をシレッと言ってのけた。
りんの云う事を静かに聞いていた相模も、その場の状況を想像しつつ判断しながら考え込むように邪見に話し掛けた。

 
「邪見様、今後は、お酒を飲むのは控えられた方が宜しゅうございますよ。今回は、お酒に酔ったという事で御
目溢(おめこぼ)し頂きましたが・・・殺生丸様の御気性から判断して二度目は、まず無いと思われます。それ
に・・・狗姫(いぬき)の御方、母君様は、昔から面白そうな事には目の無い御方でございます。邪見様のお話
を伺い、殺生丸様の旅の道中について甚(いた)く興味を惹(ひ)かれた御様子。必ずや、そう遠くない内に、此
方をご訪問なさる事でございましょう。りん様に逢いに来るという口実を理由に。くれぐれも御用心なさいませ」

 
「さ・・・相模・・殿・・・そ・・それは、御母堂様が、儂を酔わせて・・アレコレ聞き出そうとなさる・・・と云う事でござ
いますか」

 
「・・・多分」

 
  ど・・どうしよう・・・儂。
もしもの時は・・・・殺生丸様に御用を言い付かった事にして逃げようか。
  果たして相模の予想通りに一月も経(た)たずに今日のように良く晴れた或る冬の日に、何の前触れもな
  く御母堂様がヒョッコリと西国城に現われたのであった。               

         了

 
2007年1月20日(土)作成 ◆◆猫目石

 
《第二十六作目『冬うらら』についてのコメント》

 
  二十五作目の『騒動事始め』の後日談になってます。
書き出したのが(1/9)なので完成させるのに11日もかかった訳です。
字数(五千字台)の割には◆日数がかかった作品となりました。
何しろ、原作に兄上ご一行が登場されたりして気も漫(そぞ)ろになってましたからね。
  登場人物も邪見に相模、りんと僅かに三人です。
それにしては、結構、落とし処に悩んだ作品でした。

 
2007年1月20日(土)★★★猫目石
 
 
 
                               

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